交戦
「……兄上も実力を偽ってきたという訳ですか」
『血は争えないな』と零しつつ、ジェラルドは落雷で風の刃を落とす。
また、火球には突風で対抗した。
さすがに消火までは至らなかったようだが、スピードを落とすことに成功。
その隙に、ジェラルドは────グランツ殿下の前まで、転移した。
と同時に、風の刃を放つ。
ま、不味いわ……!このままじゃ、グランツ殿下が……!
至近距離からの攻撃ということもあり、回避は至難の業……。
防御だって、今からだと間に合うかどうか分からなかった。
最悪の展開を思い描きサッと青ざめる中、ルカがとても小さな……それこそ、手のひらサイズの結界を展開する。
範囲をかなり絞ったおかげか、発動が間に合い、風の刃を弾き飛ばした。
「ふぅ……間一髪だったな」
『ま~じで焦った』と表情を強ばらせ、ルカは額に手を当てる。
「『転移魔法=逃亡』ってイメージが強くて、こういう使い方を想定出来なかったぜ……ここら一帯に結界を張ったことで、もう転移魔法は使わないだろうって油断していた。制限しているのはあくまで結界外への転移であって、結界内の転移は自由なのに」
『警戒するべきだった』と反省しつつ、ルカは先程展開した小型結界の範囲を広げた。
が、ジェラルドより追撃を受ける。それも、電気ベースの。
「チッ……!こいつ、高圧電流を……!」
落雷のような一点集中の攻撃ではなく無差別に電流を流すような範囲攻撃に、ルカは眉を顰めた。
かと思えば、大急ぎで結界の拡大を行う。
その横で、グランツ殿下は突風を吹かせた。
恐らく、ジェラルドごと遠くへ飛ばすつもりなのだろう。
電流は彼を中心に流れているため。
でも、
「すみません、こちらの方が一枚上手です」
何故かピッタリ地面にくっついているジェラルドは、どれだけ風で押されても微動だにしなかった。
フッと笑みを漏らす彼の前で、ルカは
「クソッ……!静電気か!」
と、眉間に皺を寄せる。
「摩擦係数まで利用出来んのかよ……!無駄に厄介だな、こいつ!」
苛立たしげに前髪を掻き上げ、ルカは勢いよく地面を踏みつけた。
その途端、グランツ殿下の体は宙を舞う。
「おっとっと……」
慌てて浮遊魔法を展開し、体勢を整えるグランツ殿下は『ビックリした……』と呟いた。
と同時に、ジェラルドは
「今の攻撃、避けられるんだ」
と、少し驚く。
高圧電流によって、黒焦げになった地面を眺めながら。
「……こちらの想定以上に強いな」
困った様子で溜め息を零し、ジェラルドはふわりと宙に浮く。
が、真上から二十を超える風の刃が降ってきて制止した。
すると、タビアが炎を放つ。
おかげで、ジェラルドは炎の檻に閉じ込められてしまい……風の刃を避けるという選択肢が、取れなかった。
でも、当人は至って冷静で……頭上を覆う形で結界を張る。
「四方を囲う形じゃないのか……それじゃあ、酸欠状態に出来ねぇーな。下手に酸素を奪ったら、炎が消えるし」
『多分、あいつはそこまで計算してないだろうけど』と言い、ルカは悩ましげな表情を浮かべた。
────と、ここでタビアが手のひらを上に向ける。
「とりあえず、こちらから攻めてみるか」
そう言うが早いか、タビアはゆっくりと手を握り締めた。
と同時に、炎の壁が少しずつ内側……つまり、ジェラルドの方へ近づいていく。
「グランツ、また転移魔法を使うかもしれないから警戒しておけ」
「分かったよ。タビアも気をつけてね」
風の刃を追加で用意し、グランツ殿下は結界越しにジェラルドの様子を見守る。
『また体に直接魔法陣を描いているのかな?』と思案する彼を他所に、ジェラルドは頭上の結界を解く。
と同時に、またもや浮遊した。
が、例の如く風の刃が降ってきて……行く手を阻まれる。
こうなることはジェラルドも織り込み済みの筈……どうするのかしら?
などと考えていると、ジェラルドは再び頭上へ結界を展開した。
今度はもうちょっと高い位置で。
そのため、炎の壁と結界の間に僅かな隙間ができ、そこから脱出を試みる。
「こういう時、体の小さいガキは便利だよな。まあ、通さねぇーけど」
タビアの魔法に干渉して炎の高度を上げ、ルカはどうにか退路を塞ごうとする。
でも、追加で展開された結界に阻まれてしまった。
────と、ここでジェラルドが外へ抜け出す。
「上の結界で風の刃を、下の結界で炎の壁を防いでその間に体をめり込ませたのか。かなり強引な手だが、悪くない」
『現に通用している訳だしな』と言い、父はスッと目を細めた。
「魔物なしでもここまで戦えるのか、第二皇子は」
「まだまだ荒削りなところはありますが、将来有望ですね!」
隣に座るイージス卿は明るく笑い、グッと手を握り締める。
『絶対、もっと強くなりますよ!』と力説する彼を前に、父は大きく息を吐いた。
相手は反逆者なんだが、と呆れながら。
「何はともあれ、そろそろ殿下から助力を仰がれてもおかしくないな」
両者一歩も引かない戦いである上、こちらには時間制限だってあるため、光の公爵様の参戦はもう目と鼻の先だった。
おもむろに塀の上へ立つ父の横で、イージス卿も起立する。
「じゃあ、ベアトリスお嬢様は俺が……」
「いや、このまま抱いて戦うからいい」
『お前は脱出時の運搬役だ』と言い切り、父は私の譲渡を拒絶した。
間違いなく戦いにくいと思うけど、遠征のときはこのスタイルで難なく魔物を討伐出来ていたから……何も言えないわね。
早くも諦めの境地に入る私は、父に身を委ねる。
────と、ここでグランツ殿下がこちらを振り返った。
「公爵悪いけど、力を貸してほしい……!」
「分かりました」
二つ返事で応じる父は、いつものように聖剣へ手を掛けた。
が、例の如く抜けない。
魔物を生み出した人物に対抗するためとはいえ、相手はまだ子供だものね。
聖剣が抜刀を渋るのも、無理はないと思う。
『私でも躊躇う』と思案する中、父は素直に手を下ろす。
「……今回は素手で行くか」
「さすがに聖剣はオーバーキルだもんな」
ルカはこちらを振り向いて、『賢明な判断だ』と頷く。
「てか、公爵様という存在そのものが過剰戦力だよなぁ……」
身を持って父の強さを知っているせいか、ルカの言葉には説得力があった。
『マジでチート過ぎ』とボヤく彼を他所に、ジェラルドは浮遊魔法でグランツ殿下の元へ行く。
「チッ……!マジで懲りねぇーな。タビアや公爵様には、見向きもしねぇーじゃん。まあ、確かにこの面子の中だと一番狙いやすいけどよ」
『ベアトリスを抜きにしたら一番弱いし』と述べるルカに、グランツ殿下は苦笑を漏らした。
かと思えば、風の槍を複数顕現させる。
「恐らく、ジェラルドは僕を人質に取って逃げるつもりなんだと思う。このメンバーを全員倒せるほどの力は、ないだろうからね。交渉や取り引きに持っていくのが、一番安全だ」
「その上で、第一皇子の存在は格好の餌という訳か」
『グランツばかり狙っていた理由に納得が行った』と語り、タビアは展開したままだった炎の壁を凝縮した。
と同時に、ジェラルド目掛けて火柱を上げる。
が、結界によって阻まれてしまった。
「それはもう見た」
人差し指と中指をクイッと動かし、タビアは炎の動きを操作した。
すると、火柱は結界の表面を舐めるようにして滑り、溢れ出す。
テーブルに水を零したとき、量が多くて床に落ちるような光景と言えば分かるだろうか。
まあ、今回は重力に逆らって動いているので状況は全く違うが。
とにかく、火柱は結界を乗り越えて奥のジェラルドへ迫って行った。
「っ……」
少しばかり眉間に皺を寄せ、ジェラルドは更に高度を上げる。
おかげで、火柱の回避に成功。
その代わり、グランツ殿下への接近は叶わなかったが。
「タビア、今度は私がピンチなのだけど」
ジェラルドの延長線上に居たグランツ殿下は、迫り来る炎に苦笑を漏らす。
と同時に、風の槍を放った。
ルカの協力で威力が上がったソレを火柱に打ち込み、何とか相殺。
無事に事なきを得た────かと思えば、上から風の刃が降ってくる。それも、五十以上。
「数もやべぇーが、一個一個の威力も桁外れだな」
「相当、分厚い結界を張らないといけないようだね」
ルカの進言を受けて嘆息し、グランツ殿下は『私の全魔力を注ぐ羽目になりそうだ』と零した。
急いで防御態勢を整える彼の前で、父は私を抱き直す。
「イージスとエルフは殿下のフォローに回れ」
「了解です!」
「そういうお前は何をするんだ?」
『まさか、指示出しだけか?』と訝しむタビアに、父はチラリと視線を向ける。
「私は────」




