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破格の条件

「ここで、しばらく────タビアからの治療を受けてほしい」


 そう言って、グランツ殿下は隣に立つタビアを手で示した。


「ジェラルドの体に様々な実験を施されたことは、分かっている。それをやったのが、エルフということも。だから、体の異常が治るまでタビアに面倒を見てもらって」


「……はっ?」


 思わずといった様子で頬を引き攣らせるジェラルドに、グランツ殿下はそっと眉尻を下げる。

でも、決して意見を曲げなかった。


「とにかく魔物を生成する能力がなくなるまでは、ここに隔離する。逃亡防止の結界を張った上で、ね」


 『まあ、もうちょっと範囲は狭めるつもりだけど』と述べつつ、グランツ殿下は前を見据える。


「ジェラルドにとっては、相当辛いことだと思う。過去のトラウマを誘発する可能性があるのは、承知の上だ。でも、今のジェラルドを野放しにするのは危険すぎる。だから、受け入れてほしい」


「『どうしても』と言うなら、人間の医者や魔導師に治療を頼むが……エルフである私が治療を行った方が、確実だろう」


 『最悪、ずっとここに閉じ込められるぞ』と語るタビアに、ジェラルドは何も答えなかった。

ただただ俯いて、黙りこくっているだけ。


 やっぱり、いきなりこんなことを言われても困るわよね……。

でも、治療の件は譲れない。

少なくとも、放置は出来なかった。


 などと考えていると、ジェラルドがゆっくりと顔を上げる。

ニコニコと笑いながら。


「そうですか……では────降伏は取り消します」


「「「!?」」」


 まさかの手のひら返しに、私達は大きく瞳を揺らした。

だって、拒絶されるなんて思ってなかったから。


「な、何故だい……?」


 困惑の滲んだ声で問い掛け、グランツ殿下は目を白黒させた。

こちらはエルフ(タビア)の協力を見送るという譲歩案まで提示しているため、拒絶される意味が分からないのだろう。

『かなり破格の条件の筈……』と戸惑う彼に対し、ジェラルドは悲しげな笑みを浮かべた。


「また誰かに体を弄り回されるのが、嫌だからです。辛い過去を思い出してしまいそうで……」


 ギュッと胸元を握り締めて視線を逸らすジェラルドに、グランツ殿下はハッとする。

治療が目的とはいえ、ジェラルドの体を改造することに変わりはないと悟って。

『嫌がられて当然か……』と思案する彼を前に、


「チッ……!嘘つけ!」


 と、ルカは喚いた。

これでもかというほど目を吊り上げ、苛立つ彼はギロリとジェラルドを睨みつける。


「そんなに過去を怖がっているなら、何で魔物を生成出来る能力を……トラウマの象徴(産物)を使いまくってんだよ!普通、避けるだろ!」


 ジェラルドの矛盾を冷静に突き、ルカは黒い瞳に不快感を滲ませた。

こんな風に人の同情心を利用するやり方は、気に食わないのかもしれない。


「まあ、さすがに『全く過去を怖がっていない』とは言わねぇーよ……!でも、こいつは良くも悪くも目的のためなら手段を選ばないやつだ!つまり────目標を達成するために、過去のトラウマを呑み込める強さがある!」


 一切迷いのない口調で断言するルカに、私は反論出来なかった。

いや、むしろ────心の底から納得してしまった。

だって、逆行前のジェラルドはバレンシュタイン公爵家を引き込むために私を……恋愛感情を利用したから。

ある意味、一番忌むべきものだろうに……。

ジェラルドを長年苦しめてきた”愛“という呪縛に思いを馳せる中、ルカは前髪を掻き上げた。


「多分、こいつは────次期皇帝になることをまだ諦めてないんだ!だから、戦力を大幅強化出来る魔物にこだわっている!現状、反逆という手段でしか皇帝になれないからな!」


 『寄せ集めの雑魚より、魔物の方が使えるのは言うまでもない』と述べ、ルカは腰に手を当てる。

と同時に、グランツ殿下の前へ降り立った。


「絆されるんじゃねぇーぞ!」


 『感情に振り回されるな!』と釘を刺すルカに、グランツ殿下は小さく肩を落とす。

分かっているよ、とでも言うように。


「……ジェラルド、本当に降伏しなくていいんだね?」


「はい。治療を……実験を受けるくらいなら、ここで死にます」


 憂いげな表情を浮かべながらも、ジェラルドはキッパリ拒絶した。

『和解出来なくて残念です……』と力無く笑う彼に、グランツ殿下は曖昧に微笑む。


「分かった。じゃあ、戦争は続行だね」


 悲しげな声色に反して、目は真っ直ぐで……ジェラルドのことをしっかり見据えていた。

きっと、ルカの苦言を聞いて冷静に対処する心構えが出来たのだろう。

『戦わずして勝つなんて、夢のまた夢だね』と肩を竦め、彼は大きく深呼吸する。


「ジェラルド、手加減はしないからそのつもりで」


 『本気で行く』と宣言し、グランツ殿下は手のひらを前に突き出した。

と同時に、ジェラルドは浮遊魔法で上空へ逃げた。

まだ何もされていない筈なのに。

『かなり警戒しているみたいね』と思案する中、ルカはやれやれと(かぶり)を振る。


「あいつの周りだけ窒素で満たしたんだけど、やっぱ同じ手は通用しないか~」


 『前回より、回避能力上がっている~』とボヤき、ルカはポリポリと頬を掻いた。

かと思えば、一つ息を吐く。


「ここは普通に手数で攻めるしかねぇーな」


「当初の予定通り、動こうか」


 下から空気を掬い上げるようにして手を動かし、グランツ殿下は竜巻を巻き起こす。

すると、さっきのようにルカが威力やスピードを上げた。

『死なない程度に痛めつけんぞ』と意気込む彼を前に、タビアも炎の矢を複数顕現させる。


「どうせ、あっちに逃げ場はないからな」


 『焦りは禁物』と言い、タビアは炎の矢を放った。

ヒュンッと音を立てて飛んでいくソレらは、まるで生き物のように不規則な動きを見せる。

おかげで、どこからどう来るか全く予想出来なかった。

でも、ジェラルドは涼しい顔で炎の矢を撃ち落とす。お得意の落雷を使って。


 す、凄い……一発も外さなかった。

矢の動きを正確に分析して、狙いを定めたのかしら?

それとも、単純に動体視力と瞬発能力が優れていて?


 『どちらにせよ、驚きだわ』と瞠目する中、グランツ殿下は直ぐさま竜巻を放つ。

と同時に、ジェラルドはバランスを崩した。

恐らく、強風に煽られた影響だろう。


「なんだ、結界は使わねぇーのか。使ったら、速攻で酸欠状態に追い込もうと思っていたのに」


 当てが外れたとでも言うように、ルカは(かぶり)を振る。

『さすがにちょっと露骨過ぎたか』と思い悩む彼を前に、タビアは火炎魔法を展開した。

すると、風の流れに沿って炎が舞い上がっていく。


「おっ?即席ファイアトルネードじゃん。これなら、あいつもビビって結界を張るかも」


 ニヤリと口角を上げ、ルカは軽く手を叩いた。

その瞬間、何故か炎の勢いが増す。


「風向きや風量を調整して、火力を上げたか」


 『器用なことをする』と感心し、父はグランツ殿下に視線を向けた。

『いつの間にここまで腕を上げたんだ』と思案する彼を他所に、ジェラルドは炎の竜巻に四苦八苦する。


 強風のせいで重心が不安定な上、炎を浴びるリスクを背負っている状況……下手には動けない。

だからといって、安易に結界を張ればルカの術中に嵌ってしまう。

また、距離を取ろうにもあの体勢では難しいだろう。

完全に八方塞がり────と思われたが、ジェラルドは竜巻を結界に封じ込めることで解決した。


「そう来たか。まあ、竜巻との接触を避けるだけなら隔離するのはあっちでいいもんな」


 『無駄に賢いガキだぜ』と言い、ルカは腕を組む。

さっさと体勢を立て直すジェラルドを見つめ、大きく息を吐いた。

────と、ここで竜巻と炎は消える。


「とはいえ、これだけの規模と強度の結界を張れば、あちらも相当魔力を消費している筈。畳み掛けるなら、今だね」


 グランツ殿下は優に三十を超える風の刃を生成し、一気に放った。

すると、タビアも数え切れないほどの火球をジェラルド目掛けて発射する。

そのため、ジェラルドは三桁に近い攻撃を捌かないといけなくなり……僅かに眉を顰めた。

かと思えば、更に上空へ行こうとする。

でも、


「逃がすかよ!」


 ルカの魔法によって、行く手を阻まれた。

いや、強風のせいで身動きを取れなくなったと言った方が正しいか。

さっきの竜巻より威力は低いものの、吹き飛ばされないよう踏ん張るのが精一杯という様子。


「あんなに多くの風の刃を作り出しておいて、まだ余力が……」


 ルカの妨害をグランツ殿下の仕業だと捉えているのか、ジェラルドは困惑を露わにする。

が、直ぐに納得したように目を細めた。


「……兄上も実力を偽ってきたという訳ですか」

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