戦争
「どうやら、ジェラルドの元に無事書類は届いたようだね」
指先に伝書鳩を乗せるグランツ殿下は、足元に括り付けておいた書類がなくなっていることに気づく。
そして、悲しげに笑った。
「結局、最後までジェラルドは意志を曲げなかったな……」
最終通告の文にも返信が一切なかったことに、グランツ殿下は眉尻を下げた。
が、ここまで徹底的に無視されたらいい加減諦めもつくのか、凛とした表情を浮かべる。
外壁へ設置されたハメット王国の国旗を見据え、彼は伝書鳩を再び飛ばした。
皇城のある方向へ飛んでいくソレを前に、グランツ殿下はイージス卿から弓を受け取る。
「さて────戦争を始めようか」
そう言うが早いか、グランツ殿下は国旗目掛けて弓を射た。
すると、タビアやルカも炎の矢を放つ。
おかげで、外壁に設置されたハメット王国の国旗は全てボロボロになってしまった。
でも、これで開戦の意思は相手に伝わっただろう。
「それじゃあ、各自手筈通りに」
使用した弓を再度イージス卿に預け、グランツ殿下は先陣を切った。
タビアとルカもそれに続き、固く閉ざされた門を破壊する。
と言っても派手な爆破や切断ではなく、高温の炎で扉を溶かすというものだが。
そのため、まだ中に残っている住民へ怪我を負わせることはなかった。
「出るなら、今のうちにしろよ~」
転移魔法防止措置として結界を展開するルカは、住民に向かってヒラヒラと手を振る。
まあ、彼の姿は見えていないので実際に避難を呼び掛けているのはグランツ殿下達だけど。
「────そろそろ、我々も行くか」
チラホラ出国してきた住民を前に、父は外壁へ足を向ける。
と同時に、バハル達が頭を下げた。
「ベアトリス様、どうかお気をつけて」
「くれぐれも……くれぐれも、怪我のないように」
「危険だと思ったら、直ぐに逃げてくるんやで」
「無理は禁物なの」
心配しながらも『行ってらっしゃい』と送り出してくれる季節の管理者達に、私はスッと目を細める。
「ありがとう。行ってきます」
控えめに手を振って微笑み、私は真っ直ぐ前を見据えた。
すると、父はイージス卿を引き連れて駆け出した。
グランツ殿下達の後を追うようにして、ハメット王国の中へ入り、ジェラルドの元に急ぐ。
────と、ここで人の出入りを制限するための結界が完成した。
これでもうジェラルドは逃げられない。
「おっし!一撃目は派手に行くぞ、グランツ!」
すぐそこまで迫ったハメット家の屋敷を前に、ルカはグルグルと肩を回す。
やる気満々の彼に対し、グランツ殿下は苦笑を漏らした。
かと思えば、手のひらを前に突き出す。
そして────とても、大きな……本当に大きな風の刃を放った。
と同時に、ルカが追い風を吹かせる。
すると、風の刃が更にスピードを上げ、それに伴い威力も高まった。
「……以前の殿下とは比べ物にもならないほど、魔法の精度が上がっているな」
『エルフの影響か?』と首を傾げつつ、父はマントで前方を覆った。
その瞬間、凄まじい破壊音と崩壊音が鼓膜を揺らす。
恐らく、風の刃が屋敷に直撃し、壁や床を吹き飛ばしたのだろう。
じぇ、ジェラルドは無事なの……?大丈夫?
予想以上の被害に驚いてしまい、私はジェラルドの身を案じた。
────と、ここで風や煙は収まり、辺りも静かになる。
「ベアトリス、怪我はないか?」
おもむろにマントを下ろす父は、じっとこちらを見つめてきた。
注意深く顔色を窺ってくる彼に対し、私は
「ありません」
と、即答する。
マントのおかげで負傷はおろか、汚れることだってなかったから。
『それより、ジェラルドやグランツ殿下達の方が心配』と思い、私は正面へ視線を戻す。
と同時に、絶句した。
だって────建物の約半分が倒壊していたため。
振動や物音から凄いことになっているのは分かっていたけど、まさかここまでとは思わなかったわ……。
『これは本当にジェラルドの命が危ないのでは?』と思案する中、ルカはスッと目を細める。
「わざと狙いを外したとはいえ、屋敷を半分吹き飛ばされてあの表情かよ」
『もうちょい、動揺しろよ』と呆れるルカに、私はパチパチと瞬きを繰り返す。
何のことかいまいちピンと来なかったものの、彼の視線の先を追って納得した。
というのも、無傷のジェラルドを発見したから。
攻撃されていない方の二階に居たのね。
とにかく、無事で良かったわ。
ホッと胸を撫で下ろし、私は安堵する────が、ジェラルドの冷たい目を見て息を呑んだ。
思わず身を硬くする私の傍で、父は屋敷の塀に腰を下ろす。
イージス卿も、それに続いた。
「なんだか、殺伐としていますね」
「一応、これは戦争だからな。それに────第二皇子からすれば、エルフの登場は予想外且つ不愉快だろう」
チラリとタビアに視線を向け、父は『嫌でも、トラウマを刺激されている筈だ』と零した。
と同時に、ジェラルドが浮遊魔法を使って地上へ降り立つ。
「不意討ちに近い開戦に加え、異種族と公爵の参戦……僕はかなり警戒されているようですね」
『錚々たる顔ぶれじゃないですか』と笑うジェラルドに、グランツ殿下は肩を竦めた。
「そりゃあ、ね……魔物を生み出せる存在に対して、中途半端な対応は出来ないよ」
「その手はもう使えない状態だというのに?」
一切精霊が見当たらないということを指摘し、ジェラルドはふとこちらを見た。
『君の仕業だろう?』とでも言うように。
私が四季を司りし天の恵みだと気づいている……?
『屋敷の襲撃のときにバレたのかしら?』と考えつつ、私はギュッと父の服の袖を掴む。
やっぱり、まだジェラルドと目を合わせるのは怖くて。
でも、以前ほど恐怖や不安を感じることはなかった。
「私の娘をそんな目で見るな」
凍てつくような冷たい声色で威嚇し、父は聖剣に手を掛ける。
と同時に、ジェラルドは両手を挙げた。
「申し訳ありません。不快な思いをさせるつもりはなかったんです」
自身の足元に視線を落とし、ジェラルドは一歩後ろへ下がった。
かと思えば、グランツ殿下へ向き直る。
「兄上────こちらは全面降伏します」
「「「!!」」」
思わず大きく目を見開く私達は、あまりの急展開に戸惑いを覚えた。
だって、これまでさんざん和解を提案しては断られてきたため。
まさか、開戦直後に白旗を揚げられるとは思わなかった。
さすがに圧倒的魔力量を誇るエルフや英雄であるお父様を前にして、勝ち目はないと判断したのかしら?
『特に今は魔物も使えないし』と考えつつ、私は肩の力を抜く。
戦わずして勝てるなら、それに越したことはないから。
「チッ……!絶対、なんか企んでいるだろ!こいつが素直に白旗を振るなんて、有り得ねぇ!」
『怪しさ満点だわ!』と言い放ち、ルカはジェラルドに疑いの目を向ける。
すっかり警戒心剥き出しになる彼の前で、グランツ殿下は
「分かった。降伏を受け入れる」
と、述べた。
かと思えば、僅かに表情を引き締める。
「でも、一つだけ条件がある」
「何でしょう?」
コテリと首を傾げて詳細を問うジェラルドに、グランツ殿下は一瞬だけ口ごもった。
が、意を決して言葉を紡ぐ。
「ここで、しばらく────タビアからの治療を受けてほしい」




