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最終打ち合わせ

◇◆◇◆


 ────何とか全ての季節の管理者と契約を交わし、逆行や戦争について説明した翌週。

私達はハメット王国の国境付近で、最終打ち合わせと準備を行っていた。

もうすぐ、始まる……いや、始める(・・・)戦争に備えて。


 当初の予定より早く開戦する手筈になっているからね。

ジェラルドに精霊を魔物化させる隙を与えないために。

所謂、不意打ちのようなもの。

まあ、そうは言ってもきちんと戦争の手順は踏むつもりだけど。

ただ、日程を切り上げるだけ。

一ヶ月という猶予はあくまで、宣戦布告に対する返事を待ってもらえる期間のことだから。


 『早めに返事する分には問題ない』と考えつつ、私は草むらの間から様子を窺う。

外壁のせいで、中の状態は分からないものの……何となく目を離せなかった。

この向こうにジェラルドが居るのかと思うと、なんだか落ち着かなくて。


 以前までは顔を合わせると考えただけで、パニックを引き起こしていたのだけど……今はちょっと違う。

もちろん恐怖や不安もあるけど、それ以上に『ジェラルドを止めなきゃ』という使命感があった。


「もう過ちを繰り返させない」


 『ここで彼の間違いを断ち切る』と心に決め、私は表情を引き締める。

と同時に、外壁の向こうからバハル・ベラーノ・エーセン・イベルンが姿を現した。

かと思えば、後ろを何度も振り返りつつこちらへ向かってくる。


「予想はしていたが────凄い量の精霊だな」


 タビアは僅かに目を見開いて、バハル達の後方を見つめた。

予定通り、ハメット王国に居る自我のない精霊を全て引き連れてきたため、その数に圧倒されているのだろう。

『私達の目には見えないけど』と思案する中、グランツ殿下は顔を上げる。


「何はともあれ、これで────自我のない精霊を魔物化される危険はなくなったね」


「ああ。視認出来なければ、仮契約は交わせないからな。こうやって、どこかに隠してしまえば安全だ────と言っても、こんな手法を使えたのは季節の管理者達のおかげだが」


 『通常であれば、有り得ない手だ』と語り、タビアはバハル達を真っ直ぐに見据える。


「火水土風それぞれの精霊のトップである彼らが、避難を命じなければ自我のない精霊は動けなかった……いや、動かなかっただろう。自然を守り、自然を保ち、自然を育てるのが彼らの存在理由であり意義だから」


 『こんな風に職務放棄はしない』と主張し、タビアはふと青空を見上げた。


「とはいえ、長くは持たない。契約を交わしていない者達は生まれた場所のマナしか、吸収出来ないからな。さっさと終わらせるぞ」


 『栄養不足で死なれては困る』と言い、タビアは横髪を耳に掛ける。

同族の尻拭いとして今回参戦することになったからか、妙にやる気満々だ。

『必ず汚名返上を』と意気込む彼の前で、グランツ殿下は懐から地図を取り出す。


「短期決戦で行くことに関しては、こちらも同意だよ。あまり時間を掛けたくない。また取り逃がすことだけは御免だ」


「逃げた先で自我のない精霊を発見し、魔物化する可能性もあるからな」


 グランツ殿下の広げた地図を眺め、ルカは『絶対ここでけりをつける』と奮起する。

前回見事してやられたため、リベンジに燃えているようだ。

『今度こそ、ギッタンギッタンにしてやる!』と述べる彼を他所に、グランツ殿下は背筋を伸ばす。


「その上で、重要なのはとにかく畳み掛けること。だから────宣戦布告の返事をしたら、速攻で仕掛ける。本来であれば、こんな不意打ち忌避すべき行為だけど……今回ばかりは仕方ない」


「まあ、あっちだって色々反則技を使っているしな。こんくらい、許容範囲内だろ」


 『一応、ルール違反ではないし』と肩を竦め、ルカは頭の後ろで手を組んだ。

じっと外壁を眺める彼の前で、グランツ殿下は剣の柄に手を掛ける。


「相手に直前までこちらの動きを気取られないよう、今回は少数精鋭で行く。幸い、あちらはジェラルド一人のようだしね。私とタビアで事足りると思う。でも、万が一のために公爵達も待機しておいてほしい」


「分かっています。ただ、こちらの最優先事項はベアトリスの安全です。少しでも危険だと判断したら、殿下達を置いて逃げます」


 堂々と『見殺しにする』と宣言した父に、私は目を丸くした。

が、護衛騎士のイージス卿や契約精霊のバハル達は当然だと言わんばかりに頷いている。


 いや、あの……気持ちは嬉しいのだけど、ちゃんとグランツ殿下達を助けてあげて。

まあ、あちらにはルカも居るから多分大丈夫だと思うけど。


 ジェラルドの捕獲要員にちゃっかり加わっている黒髪の青年を見やり、私は内心苦笑する。

あの三人の中である意味、一番容赦ないのは彼だと思って。

だって、ルカにはジェラルドに対する負い目や愛情などないから。

『感情に流されず、事に当たれるのは利点でもあるけど』と思案する中、グランツ殿下はこちらを見る。


「ああ、いざという時は逃げてもらって構わない。でも────本当にベアトリス嬢を連れて行っていいのかい?」


 『安全な場所に待機させた方がいいのでは?』と提案するグランツ殿下に、タビアも同調する。


「まだ精霊を元の場所に戻す役目があるが、それは季節の管理者だけで出来る。わざわざ同行させる必要などない」


「一番の脅威であるジェラルドはこちらに居る訳だし、前のようなことは起こらないと思うよ」


 広げた地図を丸めつつ、グランツ殿下は『今なら、まだ間に合うけど』と零す。

すると、父は少し考え込むような動作を見せた。

グランツ殿下やタビアの意見にも一理ある、と思っているようだ。

ただ、屋敷を襲撃された時の恐怖や不安が消えないのか、直ぐに『そうしよう』とはならない。

出来ることなら、私を傍に置いておきたい様子。


「……ベアトリスはどうしたい?」


 私の前まで移動して膝を折り、父は下から顔を覗き込んできた。

いつもと変わらない穏やかな瞳で。


「私が決めると、どうしても自分の感情を優先してしまうから……ベアトリス本人に決めてほしい」


 そう言って、父は私の手を両方とも掴んだ。

まるで、『どっちを選んでもいいんだぞ』と示すように。


 私がどうしたいか……。


 逆行してからよく投げ掛けられる質問に、私はスッと目を細める。

自分の意思や感情を聞いてくれる、ただそれが嬉しくて。

『やっぱり、何度体験しても慣れないな』と思いつつ、私は父の手を握り返した。


「私は────お父様達と一緒に行きたいです」


 守る手間を考えたらお留守番の方がいいんだろうけど、やっぱりこの目で見届けたい。

何より、ジェラルドのことがどうにも気掛かりだった。

自分でもよく分からないのだけど、なんだか放っておけない。


 焦燥感にも似た衝動が身体中を駆け巡り、私は『行かないと』と考える。

────と、ここで父が僅かに頬を緩めた。


「では、そうしよう」


 おもむろに立ち上がり、父は慣れた手つきで私を抱き上げる。

と同時に、グランツ殿下達の方を振り返った。


「そういう訳なので、ベアトリスも同行します」


「分かったよ」


 『当人さえ良ければ、それでいいんだ』と語り、グランツ殿下は肩を竦める。

そして、地図を懐に仕舞うと、代わりに書類を取り出した。


「これは戦争に応じる旨を書き記した(ふみ)だ。伝書鳩でジェラルドの元に届ける手筈となっている」


 グランツ殿下はイージス卿の持っている鳥籠から伝書鳩を持ち出し、足に書類を括り付ける。


「それで伝書鳩が戻ってきたら────ハメット王国の旗を撃ち抜き、戦争開始だ。一気に中まで押し入って、ジェラルドを捕獲する。また、逃亡防止のためタビアには結界を張ってもらう」


 というのは嘘で、実際に結界を張るのはルカだけど。

それも、ハメット王国全体に。


 『本当に凄いわよね』と感心していると、グランツ殿下が伝書鳩を飛ばした。

と同時に、バハル達へ視線を向ける。


「季節の管理者を含める精霊達は、作戦通り待機で頼むよ。万が一、ジェラルドがこちらへ逃げてきたら自我のない精霊達を守ってあげて。それから、栄養失調(マナ不足)で苦しんでいないか見張ってほしい。もし、倒れそうになっている子が居たら、直ぐに教えてね」


「そのときは公爵に助力を仰いだり大技を使ったりして、ジェラルドの捕獲と終戦を早める」


 『出し惜しみはしない』と告げるタビアに、バハル達はコクリと頷いた。

────と、ここで伝書鳩が大きく弧を描いてグランツ殿下の元へ帰ってくる。


「どうやら、ジェラルドの元に無事書類は届いたようだね」

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[気になる点] ジェラルドの生い立ちが主人公よりずっと悲惨なのと逆行ものなせいで、どういう展開になってもベアトリスは自分にだけ都合の良いタイミングで巻き戻して貰ってやり直しが出来て良かったねという気持…
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