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冬の管理者

「秋の管理者エーセンが、四季を司りし天の恵みベアトリス様にご挨拶申し上げます!お会い出来て、ほんまに光栄です!」


 どこか訛った口調でそう言い、エーセンはペコペコと頭を下げる。

出会った当初のバハルやベラーノと同じく畏まっている小鳥に、私はふわりと笑みを零した。


「私もエーセンに会えて、本当に嬉しいです。良ければ、気軽に接してくださいね。私もそちらの方が楽なので」


「は、はあ……では、ベアトリス様も敬語なんかは一切なしで」


「分かったわ」


 間髪容れずに頷いて了承すると、エーセンはホッとしたような素振りを見せる。

と同時に、うんと目を細めた。


「ベアトリス様とこうやって、お話出来るなんて思わんかったわ。もう二度と会えないだろうと考えていたから……いてっ!?」


 バハルに後ろから蹴り飛ばされたエーセンは、顔面から床に突っ込む。

おかげで、かなりいい音が……。

『だ、大丈夫かしら?』と心配する私を他所に、エーセンは勢いよく起き上がった。


「ちょっ……何すんねん、バカギツネ!」


「それはこっちのセリフよ。ちゃんと周りを見なさい」


「はっ!?何言って……あっ」


 ようやく父やイージス卿の姿を視認したのか、エーセンはダラダラと冷や汗を流す。

逆行後の詳しい状況を知らないエーセンでも、人前で私の死を語るのは不味いと判断したようだ。


「……さ、さっきのは言葉の綾や。長く眠っていたせいで、悪い夢を見てしまってな。超ナーバスになってたんよ」


「はぁ……」


 ペシッと尻尾でエーセンの頭を叩き、ベラーノはやれやれと(かぶり)を振った。

『言い訳が下手すぎる……』と呆れ返るトラを前に、小鳥は縮こまる。


「ウチかて、頑張っとるのに……」


「まあ、公爵様とイージスはあんま気にしてなさそうだし、いいんじゃね?」


 真後ろで何やら話し込んでいる二人を指さし、ルカは『ただ寝ぼけているだけだと思ってそう』と呟く。

────と、ここで父がこちらを見た。


「ベアトリス、そろそろ深淵の見える湖へ行こう」


 『日が暮れる』と言って、父は素早く私を抱き上げる。

と同時に、エーセンが宙を舞った。


「なんや?冬の管理者のところに行くんか?なら、ウチが連れて行くで」


 『そっちの方が早いし』と言い、エーセンは一際大きく翼を揺らした。

すると、私達の体は浮き上がり────大穴の中へ急降下。


「!?」


 私は反射的に父へ抱きつき、ギュッと目を瞑った。

その瞬間、下へ落ちていく感覚はなくなり、代わりに前へ押し出されるような感覚を覚える。

『な、何……?』と困惑しながら目を開けると、何かの通路のようなものを浮遊したまま通っていた。


「ど、どこ?ここ……」


「大穴の底にある道やで」


「えっ?深淵の見える湖へ行くんじゃなかったの?」


 事前に聞いていたルートとは違うため、私はパチパチと瞬きを繰り返す。

困惑を隠し切れずにいる私の前で、エーセンはコテリと首を傾げた。


「せやで。だから、ここを通ってるんやろ」


「もっと分かりやすく説明しなさいよ、おバカ」


 ペチッと前足でエーセンの頬を叩き、バハルは呆れたように溜め息を零す。

『貴方はいつも言葉が足りないのよ』と呆れながら(かぶり)を振り、こちらを向いた。


「ベアトリス様、風の吹く洞窟と深淵の見える湖はこの通路で繋がっているの。だから、このまま真っ直ぐ行けば冬の管理者のところへ行けるわ」


「そうだったのね」


 ようやく合点が行った私は、『説明、ありがとう』とお礼を言う。

────と、ここで前方から水の壁みたいなものが現れた。


「あれは一体……?」


 魚や水草などが透けて見える澄んだ水に、私は目を見開く。

すると、ベラーノがピンッと尻尾を立てた。


「あれこそが────深淵の見える湖だ」


「……えっ?」


 水の壁とベラーノを交互に見やり、私は目を丸くした。

だって、繋がっているのは湖そのものじゃなくて、こう……湖のほとり辺りだと思っていたから。

要するに一度地上へ出るものだと考えていたのだ。


 まさかの湖直通って……いや、そもそも何で水はこちら側へ来ないのかしら?

もしかして、冬の管理者の能力?

だとしたら、凄いわね。


 などと考える中、エーセンは大きく息を吸い込む。

そして、水の壁の向こうに嘴だけ突っ込むと、息を吐き出した。

通常であればただ水が泡立つだけだが、秋の管理者は違うようで────大きな空気の膜を作り出す。

巨大な泡とでも言おうか……とにかく、水のない空間が湖の中にあるのだ。


「わぁ……!」


 思わず感嘆の息を漏らす私に、エーセンは誇らしげに胸を張る。

『こんなんウチしか出来へんで』と言いながら。


「ほんじゃ、行くで。あっ、膜には触らんといてな。強い衝撃を与えると、泡が弾けるみたいに割れるから」


 『結構脆いんよ』と説明し、エーセンは水の壁の向こうへ入った。

すると、宙に浮いていた私達もエーセンの後を追い掛けるように湖へ足を踏み入れる。


 本当に息が出来る……凄い。


 空気の膜の中で僅かに目を輝かせ、私は『地上に居る時と変わらないわね』と驚いた。

息苦しいとか酸素が薄いとか、そういう感覚も特になかったから。


「便利だな」


 感心したようにそう呟き、父は辺りを見回した。

と同時に、聖剣へ手を掛ける。

どこか物々しい雰囲気を放つ彼の前で、イージス卿は


「あっ、多分大丈夫ですよ。この気配は────精霊なので」


 と、言い切った。

その瞬間、水色がかった毛皮を持つウサギが現れる。

フヨフヨと水中を漂うウサギは、空気の膜越しにこちらを見つめた。

若干涙ぐみながら。


「冬の管理者はきちんと私達の気配を感じ取って、目覚めたみたいね」


 『起こす手間が省けた』と肩を竦めるバハルに、ベラーノは頷いた。

かと思えば、エーセンに冷ややかな目を向ける。


「どこかの誰かさんとは、大違いだな」


「なんやとー!?」


 目を吊り上げてベラーノに詰め寄り、エーセンは軽く足で小突いた。


「冬の管理者はウチの起床を感じ取って、起きられただけやろ!順番が逆なら、ウチかて……」


「起きられる、と本当に言い切れるのか?」


「……」


 フイッと視線を逸らし、エーセンは黙秘を選んだ。

どうやら、お寝坊さんの自覚はあるらしい。

『ぐぬぬぬぬ……』と悔しそうな素振りを見せるエーセンを他所に、ベラーノはこちらへ向き直った。


「ベアトリス様、先にご契約を。冬の管理者もそれを望んでいるので」


「分かったわ」


 僅かに表情を引き締めて父の腕から降り、私はエーセンの浮遊魔法で少しウサギに近づく。

契約という大切な儀式を、いい加減な態度でやりたくなかったから。

『ちゃんと筋は通したい』と思いつつ、私は黄金に輝く(まなこ)を見つめる。


「お初にお目に掛かります。私はベアトリス・レーツェル・バレンシュタイン。春、夏、秋の管理者と契約を交わしている者です。今日は貴方とも契約を交わしたくて、来ました」


 胸元に手を添えてそう述べると、冬の管理者はコクコクコクコクと首を縦に振った。

まるで、『自分も契約を交わしたい』『同じ気持ちだ』と示すように。


「ありがとうございます。自我のない精霊の件で、貴方の力をお借りしたかったので大変助かります」


 ふわりと柔らかい笑みを零し、私はおもむろに両手を組む。


「では、気に入っていただけるか分かりませんが……この名前をもらってください────イベルン」


 『冬』を意味する古代語を名前として付けると、ウサギは高く鳴いた。

と同時に、水中は煌めき、冷気のようなものがここら一帯を包み込む。

でも、不思議と寒くはなかった。ただ、ちょっと涼しいだけ。

『湯浴みを済ませた後のサッパリした感じに似ているかも』と思案する中、ウサギは優雅にお辞儀する。


「冬の管理者イベルンが、四季を司りし天の恵みベアトリス様にご挨拶申し上げます」


 黄金の瞳をうんと潤ませ、イベルンは前足で口元を覆った。


「この日をずっとずっと待ち侘びていたのです。本当に会いたかった……」


「私もイベルンとこうして出会えて、とても嬉しいです」


「ベアトリス様……」


 感極まったように大きく息を吐き、イベルンは俯いた。

僅かに肩を震わせながら。


「アタシ……アタシ!頑張るのです!ベアトリス様をどんな脅威からも、守ってみせますです!」


「ありがとうございます。とても頼もしいです」


 自分のために一生懸命になってくれることが嬉しくて、私はついつい頬を緩める。

『私って、幸せ者だなぁ』としみじみ思いつつ、スッと目を細めた。


「あっ、それから敬語は外してくれると助かります。なんだか、気後れしてしまうので」


「分かったなの。ただ、ベアトリス様も敬語をやめてほしいの」


「分かったわ」


 すっかり恒例となってしまったやり取りを得て、私はインベルとも気軽に接せられる関係へなる。

まだ多少ぎこちないところはあるものの、確実に距離は縮まっていた。

『これはもう友人でいいわよね』と浮かれる私を前に、エーセンは上を向く。


「ほな、そろそろ湖から上がるで」


 『無事用事も済んだし』と言い、エーセンは空気の膜ごと水面に浮上させた。

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― 新着の感想 ―
[一言] いつも楽しく読ませていただいています とうとう管理者が揃いましたね これからどうなるのかドキドキです
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