タビアの憶測
「第一、精霊の姿は一般人に見えない筈だろう!」
『自主的に見せない限りは!』と噛み付くベラーノに、タビアはチラリと視線を向けた。
「ああ。だから、精霊の姿は見えていない。一般人の目に映っているのは、あくまで精霊の死骸に群がる不浄物のみ」
『だから、あんな見た目なんだ』と語り、タビアはそっと目を伏せる。
爪が食い込むほど強く、手を握り締めながら。
どうにか平静を装っているものの、この事実は彼にとっても辛いのだろう。
必死に感情を呑み込もうとするタビアを前に、バハルとベラーノは何も言えなくなってしまった。
ただただ下を向いて、歯を食いしばっているだけ。
精霊のトップとも言える二人からすれば、これは由々しき事態よね。
怒りや悲しみを感じて、当然だわ。
『私も正直、凄くショックだから……』と考えつつ、ドレスのスカート部分を強く握り締めた。
すると、父に優しく手の甲を撫でられる。
「ベアトリス、そんなに強く握ったら痛いだろう」
やんわりと私の手を解き、父は赤くなったところを見つめた。
心配そうに眉尻を下げる彼の前で、私はモジモジと指先を動かす。
「ぁ……えっと、こうでもしていないと泣いてしまいそうで……」
「なら、泣けばいい」
「!」
全く迷いのない物言いに驚いて顔を上げると、父は僅かに表情を和らげた。
「いつも、言っているだろう。私の前では何も我慢しなくていい、と。あぁ、もしかして周りの目が気になるのか?なら、今すぐこいつらを窓から投げ捨てて……」
「だ、大丈夫です!そこまでは本当に……!」
慌てて首を横に振り、私は反射的に父の腕を掴んだ。
『お気持ちだけで……!』と示す私に、父は
「そうか」
と、相槌を打つ。
と同時に、優しく私の頭を撫でた。
まるで、こちらを労わるように。
「ベアトリスは良い子だな」
「そん、なことは……」
「ある。断言する」
一瞬の躊躇いもなくそう言い切り、父はトントンと一定のリズムで背中を叩く。
「そうやって、見たことも話したこともないやつのために泣けるんだから」
「!?」
ハッとして自身の頬に触れると、私は確かに泣いていた。
自分でも気づかないうちに。
『あ、あれ……?』と困惑する中、バハルとベラーノは膝の上へ飛び乗ってきた。
そして、釣られたように涙を流す。
────と、ここでグランツ殿下が片手を挙げた。
「ところで、ジェラルドは一体どうやって精霊の亡骸を魔物にしているんだい?というか、精霊の亡骸ってそうそうお目に掛かれるものじゃないよね?」
『まず、どうやって見つけているんだ』と疑問に思うグランツ殿下に、タビアはスッと目を細めた。
「恐らく、いちいち精霊の死骸を見つけている訳じゃない」
「えっ?それって、まさか……」
「ああ。多分、あいつは精霊を────殺しているんだ」
「……」
クシャリと顔を歪め、グランツ殿下は額に手を当てた。
そうじゃない可能性に縋りたかったのだろう。
『精霊にまで手を出しているなんて……』と苦悩する彼に対し、タビアは
「ここから先のことは、全て私の憶測だが……それでもいいか?」
と、確認を取った。
『嫌なら、聞かなくていい』という意向を示す彼の前で、グランツ殿下は小さく笑う。
「……聞かせておくれ」
「分かった」
間髪容れずに頷いたタビアは、居住まいを正してこちらを見据えた。
「まず、ジェラルドとやらがエルフの能力をいくつか持っている……いや、再現出来ているのは知っているな?」
「ああ、前回話していたからね」
「では、エルフの能力の中に────自我のない精霊を視認し、仮契約を交わせる力があるのは知っているか?」
「……一応」
何となくタビアの考えを察してしまったのか、グランツ殿下は力無く項垂れた。
『嘘だろう……』と嘆く彼を他所に、タビアは一つ息を吐く。
「ジェラルドとやらは度重なる実験により、我々エルフと同じく精霊魔法を使えるようになってしまった。ただ、あくまでまがい物。完全ではない。故に────精霊を死に至らしめた」
『元よりエルフの真似事など不可能だったんだ』と語り、タビアは自身の手のひらを眺めた。
「恐らく、直接の原因は実験で変質した魔力。これが精霊にとっては、致命的だったんだ」
「致命的……」
なんだかイマイチ理解出来ず、私は泣き腫らした顔で悶々と考え込んだ。
すると、タビアが説明を付け足す。
「ジェラルドとやらの魔力は例えるなら、毒だ。効き方やスピードは与えられる量によって変わるが、ソレが全身に回った途端精霊は死に至る。また、体を蝕まれたせいで精霊の清らかさを失ってしまい、土へ還ることも許されない。そのため、瞬く間に精霊の死骸は腐り、不浄物……人間で言うところのカビや埃なんかを引き寄せてしまう」
「なる、ほど……」
ようやく話の大筋を理解した私は、『全部あの実験の副産物なんだ……』と呟いた。
もちろん、ソレを悪用しているジェラルドだって悪い。
でも、そのような力を与えられていなければと思わずにはいられなかった。
『いや、相手もこうなるとは考えてなかっただろうけど』と思案しつつ、私はバハルとベラーノの背中を撫でる。
「あの……魔物となった精霊達を助けることは出来ないんですか?」
『皆で力を合わせれば……』と夢物語を語る私に、タビアは首を横に振った。
「魔物となった精霊達は既に死んでいるんだ。蘇らせることは出来ない」
「では、せめて亡骸を自然へ還すことは……」
「不可能だ。ジェラルドとやらの魔力のせいで、本質を歪められてしまったからな」
『“自然”から拒絶されるだろう』と述べるタビアに、私は小さく肩を落とした。
世の中上手くいくことばかりじゃないと痛感する中、ルカが少し身を乗り出す。
「その魔力を全部抜いても、か?」
「体が腐ってしまった時点で、もう遅い」
手の施しようがないことを再度告げ、タビアは目頭を押さえた。
彼も何とか出来るなら、そうしたいのだろう。
「……魔物となってしまった精霊に対しては、今まで通り討伐するしかない。それがきっと、彼らへの弔いになる筈だ。少なくとも、亡骸をずっと利用され続けるよりかはマシだろう」
『ある意味、それは死者への冒涜だからな』と言い、タビアは顔を上げた。
かと思えば、こちらを見る。
「でも────これから、魔物になるかもしれない精霊達を守ることは出来る」
「「「!!」」」
私達は一様に目を見開き、タビアを凝視した。
期待と不安の入り交じった表情を浮かべつつ、ゴクリと喉を鳴らす。
「ど、どうすればいいんですか?」
この話題を切り出したのは私なので代表して質問を投げ掛けると、タビアはふと窓の外を見た。
かと思えば、スッと目を細める。
「そうだな……まずは季節の管理者を全員揃えるんだ」




