魔物の正体
◇◆◇◆
────ジェラルドより宣戦布告を受けてから、早半月。
私達はそれぞれ出来ることに専念しつつ、どんどん近づいてくる開戦のときに不安を覚えていた。
『やはり、戦うしかないのか……』という苦悩を押し殺し、久々に顔を突き合わせる。
お互いの進捗報告も兼ねて。
「あれ?タビアは?」
向かい側のソファに腰掛けるグランツ殿下は、キョロキョロと客室を見回す。
『遅刻かな?』と首を傾げる彼の前で、父は大きく息を吐いた。
「魔物の調査で忙しいらしく、欠席です」
「後で俺の方から、会議の内容を伝えることになっている」
親指で自身のことを示し、ルカは『ったく、俺は伝書鳩か何かかよ』と肩を竦めた。
釈然としない心境を吐露する彼に、私とグランツ殿下は苦笑を漏らす。
『いつもありがとう、ルカ』と心の中でお礼を言いながら。
「えっと、そういうことなら早速会議を始めようか」
『タビア以外のメンバーは揃っているんだし』と述べ、グランツ殿下はコホンッと咳払いする。
「じゃあ、まずは私の方から報告を────ジェラルドの説得・交渉は予想通り、難航している。正直、取り付く島もない……かな」
ガクリと肩を落として嘆息し、グランツ殿下は目頭を押さえた。
「一日三通ペースで手紙を送ったり、ハメット侯爵領……いや、もう国かな?とにかく、そこの前まで直接足を運んだりしているんだけど……ジェラルドからの反応は一切なし。『せめて、一度顔を合わせて話したい』と言っても、ダメだった」
「なら、いっそ突撃しちまえば?」
『いちいち、お伺いを立てる必要ないだろ』と意見するルカに、グランツ殿下は小さく首を横に振る。
「何の策もなく突撃出来たらどれほどいいかと思うけど、それを攻撃と捉えられたら一巻の終わり……」
「最悪、当初の予定より早く開戦することになるでしょうね」
父は具体的な懸念点を述べ、トントンと指先でソファの肘掛けを叩いた。
かと思えば、おもむろに顔を上げる。
「ところで、ハメット王国の様子は?」
「入国を制限されているから、出国してきた者達に聞いた話になるけど……」
「あっ、出国は出来るんですね」
思わずといった様子で口を挟む私に、グランツ殿下はコクリと頷いた。
「ハメット家の当主になってまだ日が浅い上、戦争だからね。無理やり中に閉じ込めて恨みを買うより、手っ取り早く解放した方がいいと判断したんじゃないのかな?ほら、開戦前に暴動でも起きたら大変だろう?」
「あと、魔法と魔物である程度戦力を補えるから、無理して民を従える必要はないって思ったのかもな」
顎に手を当ててそう答えるルカに、私は『なるほど』と納得を示す。
────と、ここでグランツ殿下が足を組んだ。
「それでハメット王国の現状についてだけど、今のところ急激に過疎化が進んでいること以外に特段変わった様子はないよ」
「魔物の目撃情報などは?」
すかさず質問を投げ掛ける父に、グランツ殿下は首を横に振る。
「ないね。多分、今はひたすら力を温存して開戦に臨むつもりなんじゃないかな?もしくは、公爵が参戦する可能性を少しでも下げるために敢えて魔物を作り出していないとか」
「普通の戦争ならば、私は基本手出ししませんからね。そんなことより、ベアトリスとの時間を優先したいので」
「お、お父様……」
喜んでいいのか分からない発言に、私は曖昧な笑みを零す。
戦争を『そんなこと』呼ばわりしていいのか、と思案しながら。
「何はともあれ、大人しくしているみたいで良かったじゃねぇーか。まあ、嵐の前の静けさ感半端ないけど。アニメや漫画だと、こういう時に限って何か起きるんだよなぁ」
『ある意味、お約束の展開』と零し、ルカは肩を竦める。
と同時に、部屋の扉をノックされた。
「……まさかの速攻でフラグ回収?」
観音開きの扉を見据え、ルカはスススススッと後ろへ下がる。
若干頬を引き攣らせている彼の前で、父は
「入れ」
と、声を掛けた。
すると、直ぐに扉が開き、ユリウスが姿を現す。
「お取り込み中、失礼します。タビア様が来訪されました」
「なんだと……?今日は来ないんじゃなかったのか?」
タビアと共に居るサンクチュエール騎士団から欠席の連絡を受けていたため、父は訝しむ。
『何故、今になって……』と頭を捻る彼の前で、ユリウスは困ったように眉尻を下げた。
「えっと、私もそのように伺っていましたが、何やら急用のようで……如何なさいますか?」
「……通せ」
さすがに無視する訳にはいかないのか、父は『客室まで連れてこい』と命じる。
それを合図に、ユリウスは一旦客室を出ていき、直ぐさまタビアを連れて戻ってきた。
『それでは、ごゆっくり』と言って退室する彼を他所に、タビアは一人掛けのソファへ腰を下ろす。
その間、彼は一言も喋らなかった。
どことなく深刻そうな雰囲気を漂わせるタビアに対し、グランツ殿下とルカは顔を見合わせる。
「えっと……魔物関連で、何か新しい事実でも掴んだかい?」
沈黙を破るように質問を投げ掛け、グランツ殿下はタビアの反応を窺った。
『やっぱり、何か様子がおかしいな』と思案する彼を前に、タビアはそろそろと顔を上げる。
「ああ……とんでもない事実を掴んだ」
「「「!!」」」
カッと目を見開き、思わず前のめりになる私達は少しばかり表情を強ばらせた。
ようやく魔物の謎が解けるかもしれない期待と、どのような真実が待ち受けているのか分からない不安を抱いて。
知りたいような……知りたくないような複雑な気持ちだわ。
ギュッと胸元を握り締め、私は唇を強く引き結んだ。
焦燥感にも似た衝動が身体中を駆け巡る中、タビアはおもむろに手を組む。
と同時に、大きく息を吐いた。
「まず、確定している事実から話す────魔物の正体は精霊だ」
「えっ……?」
思わず声を上げる私は、足元に居るバハルとベラーノを見下ろした。
見るからに動揺している様子の二人を前に、私は戸惑いを露わにする。
────と、ここで父が身を乗り出した。
「どういうことだ?精霊が我々を襲っていたというのか?」
「いや……それは少し違う」
力無く首を横に振り、タビアはどことなく暗い面持ちでこちらを見据える。
「アレは正確に言うと、精霊であって精霊じゃない」
「ますます、意味が分からない。きちんと説明しろ」
怪訝そうに眉を顰め、父は『つまり、どういうことなんだ?』と頭を捻った。
すると、タビアはバハルやベラーノの視線から逃れるように天井を見上げる。
「魔物は一言で言うと────精霊の死骸に集る不浄物の塊だ」
「「「!?」」」
ハッと息を呑み、私達は硬直した。
『死骸』という単語を脳内で反芻し、震える指先を握り込む。
この事実をどう受け止めたらいいのか迷っていると、バハルがテーブルの上へ飛び乗った。
「ま、待って……!精霊は基本死んだら、すぐ自然に還るわ!死骸として残ることは、ほとんどない!」
「そうだな。でも、魔物となった精霊はみんな自然へ還れないほど穢れてしまった……いや、存在を変質させられたとでも言おうか」
悩ましげに眉を顰め、タビアは手で目元を覆い隠した。
グッと唇を噛み締める彼の前で、今度はベラーノが声を上げる。
「第一、精霊の姿は一般人に見えない筈だろう!」




