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宣戦布告

◇◆◇◆


「実は────ジェラルドから、宣戦布告を受けたんだ」


 重々しい口調で話を切り出し、グランツ殿下は詳しいことを説明する。

そして、何とかジェラルドの現状を語り終えると、額に手を当てて俯いた。

かなり参っているらしい。


「第二皇子単体の宣戦布告ならまだしも、ハメット侯爵家を挙げての宣戦布告となると……無下には出来ませんね」


 『子供のイタズラじゃ、終わらない』と言い、父は悩ましげな様子を見せる。

どうするべきか決め兼ねている彼を前に、タビアは一旦席へ戻った。


「開戦前にジェラルドを捕獲する訳には、いかないのか?」


「それだと、戦争のルールに反してしまうんだよね……第一、ジェラルドが大人しく捕まってくれるとは思えないし」


「ぶっちゃけ、ここまで来たらドンパチするしかねぇーだろ」


 『腹を括れ』と主張するルカに、グランツ殿下は曖昧な反応を示す。

きっと、この場に父達も居るからだろうが……でも、それ以上に弟と争いたくないという思いが垣間見えた。


 出来ることなら、話し合いで解決したいわよね……。


 『せっかく言葉の通じる人間同士なのだから』と思いつつ、私はギュッと胸元を握り締める。

何故、いつもジェラルドは極端な手段へ出てしまうのか?と思案しながら。

『もっと色んな方法がある筈なのに……』と眉尻を下げ、私は溜め息を零す。

────と、ここで父が私の頭を撫でた。


「とりあえず、第二皇子に説得や交渉を持ち掛けるしかないのでは?」


「そうだね……でも、応じてくれるかな?」


 いつになく弱気になるグランツ殿下は、ゆらゆらと瞳を揺らす。

不安や迷いを前面に出す彼に対し、父は肩を竦めた。


「それは分かりません。でも、現状それくらいしか出来ることがないのですから、必死に食らいつくしかないでしょう。まあ、時間の無駄だと思うならやらなくても構いませんが」


 結果に結びつくか分からない行為なので、父は強制しなかった。

でも、すっかり落ち込んでいる様子のグランツ殿下を見てこう言葉を続ける。


「私は本当に大切な相手なら……ベアトリスなら、無理でも無謀でもやりますが」


 『自分だったら、最後まで諦めない』という意向を示す父に、グランツ殿下は目を剥いた。

かと思えば、クスクスと笑う。


「いやいや、公爵の場合説得や交渉なんてせずベアトリス嬢の肩を持つだろう?まず、敵対すること自体有り得ないと思うよ」


 『絶対、ベアトリス嬢の方につく』と断言するグランツ殿下に、父は


「それはそうですね」


 と、首を縦に振った。

一切迷いのない態度に、私は苦笑を漏らす。


 それだけ愛されていると思うと嬉しいけど、間違った道へ行ったら止めてほしいわね。

私、鈍感だから何も気づかずに突き進みそうだもの。


 『まあ、ルカあたりが止めてくれそうだけど』と思案する中、グランツ殿下は大きく深呼吸した。

と同時に、ピンッと背筋を伸ばす。


「とにかく、開戦前に決着をつけられないか働きかけてみるよ。ただ、ジェラルドは異様に皇帝となることにこだわっているから、正直上手くいくか分からない。だから────」


 そこで一度言葉を切ると、グランツ殿下は真っ直ぐにこちらを見据えた。


「────決戦を覚悟しておいてほしい。特に公爵。魔物も出てくる可能性がある以上、恐らく君に白羽の矢が立つから」


 『無関係ではいられない』と告げるグランツ殿下に、父は一つ息を吐く。


「あまり気は進みませんが、そのときは参戦します。さすがに放っておく訳には、いかないので」


「ああ、助かるよ」


 『ありがとう』と素直にお礼を言い、グランツ殿下はホッとした素振りを見せる。

”光の公爵様“と謳われる父から協力を得られて、安堵しているのだろう。


「じゃあ、私はこの辺で失礼するよ。城に戻って、研究資料の解析結果を報告したりジェラルドに手紙を送ったりしないと」


 そう言うが早いか、グランツ殿下はさっさと席を立った。

すると、釣られるようにタビアも立ち上がり、二人仲良くこの場を後にする。

一気に客人が帰ったからか、ここは妙に静かで……また、少し広く感じた。


 なんだか……どっと疲れたわね。

遠征帰りというのもあるけど、ジェラルドに関する新たな事実や動きを知って精神的に消耗したというか……。

色んな感情が湧いてきて、どう折り合いをつければいいのか分からない。


 『複雑すぎる……』と嘆息し、私は自身の手のひらを見つめた。

────と、ここで父が私の手を優しく握る。


「ベアトリス」


 どことなく優しい声色で私の名を呼び、父はそっと顔を覗き込んできた。

かと思えば、ほんの少しだけ眉尻を下げる。


「お前はいつも第二皇子のことになると、こうだな。いっぱいいっぱいになって、暗い表情(かお)をするんだ」


 スルリと私の頬を撫で、父は真っ青な瞳に憂いを滲ませた。


「ベアトリス、お前は────第二皇子にどうなってほしい?いや、あいつをどうしてやりたい?」


 『素直に言いなさい』と促してくる父に、私は考えるより先に────


「私の知らないところで、幸せになってほしい」


 ────と、答えていた。

これは紛れもない本心だから。

以前バハルにも言ったが、私は別にジェラルドの不幸を願っている訳じゃない。

ましてや、復讐なんて……一切望んでなかった。

ただ、お互い別々の道を歩んで充実した人生を送れたらと思っているだけ。


「そうか。分かった」


 多くを語らずとも私の思いはちゃんと伝わったようで、父は穏やかに微笑む。


「ソレがベアトリスの願いなら、全力で叶えよう」


 『だから、何も心配しなくていい』と告げ、父はそっと私を抱き締めた。

その言葉が、表情が、温もりが泣きたくなるほど優しくて……私は肩の力を抜く。

なんだか、とても気が楽になって。


「ありがとうございます、お父様」


 安心して父に身を預ける私は、ふわりと柔らかい笑みを零した。

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