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当主《ジェラルド side》

「申し訳ありませんが、もうお時間のようです。それでは、さようなら」


 有無を言わせぬ態度でそう言い、僕は手のひらから電流を流す。

これまでのような脆弱なものじゃなくて、もっと強力なものを。


「ぐっ……!?」


 胸を押さえて苦しむ前侯爵は、白目を剥いて床に倒された。

それに合わせて、僕は錠剤をばら撒く。

死因を偽装するために。


 きっと、これを見た人達は薬の大量摂取によるショック死と判断するだろうな。


 などと思いつつ、僕は予め用意しておいた書類を机の上に置く。

そこには、あの女や僕に対する謝罪文が綴られていた。

無論、前侯爵の直筆である。


 これを作らせるために一回、体をマッサージして麻痺を少し和らげたんだよね。

まあ、当然元通りにはならなかったけど。

でも、出来るだけ文量を減らして文字も書きやすいものを選んだため、何とか出来上がった。


 『あの女に対する謝罪文まで、考えないといけなかったのは辛かったけど』と、僕は嘆息する。

だが、謝罪文に暗号などを仕込まれては厄介なため、こちらで文章を用意するしかなかったのだ。

『僕への謝罪文だけ、というのも不可解だし』と肩を竦め、幻影魔法で自分の姿を隠す。

と同時に、壁際へ寄った。

すると、騒ぎを聞きつけた使用人達が『旦那様、旦那様!』と叫びながら部屋をノック。

でも、当然反応はなし。


「っ……!こうなったら、仕方ない!部屋をこじ開けましょう!」


 その言葉を合図に、使用人達は扉へ体当たりした。

そして、何とか鍵を壊すと、中へ押し入る。


「「「旦那様……!」」」


 倒れている前侯爵を発見し、彼らは一層取り乱した。

『まだ息はあるか!?』『何があった!?』と叫びながら前侯爵へ駆け寄り、状態を確認する。

何とも騒がしい彼らを他所に、僕は開いたままの扉から廊下へ出た。


 今頃、使用人達はあの謝罪文と錠剤を見つけて『旦那様(前侯爵)が罪の意識に耐え切れず、自害した』と悟る筈。

だから、そのタイミングでコレを持って現れれば……。


 襲撃初日に書いてもらった書類を見下ろし、僕は別室に駆け込む。

と同時に、ベランダから飛び降り、急いで正門へ回った。


 本当は登場するタイミングをもう少し遅らせた方がいいんだけど……あまり間を空けると、伯父に当主の座を奪われかねない。

だから、ここは一気に畳み掛けた方がいい。


 『間違いなく、前侯爵の死因に噛んでいると疑われるけどね』と思いつつ、僕は幻影魔法を解いた。


「────第二皇子ジェラルド・ロッソ・ルーチェです。お祖父様より、こちらの書類を伝書鳩で受け取りました。これから、ハメット侯爵家は僕の方で面倒を見ます」


 そう言って衛兵に例の書類を突きつけ、僕は『門を開けてください』と指示した。

が、当然『はい、そうですか』と行く筈もなく……門前払いを食らいそうになる。

でも、家紋の印章をよく見せると衛兵は急いで執事を呼んできた。


「こ、これは……確かにハメット侯爵家の印章です。字も……旦那様の筆跡で間違いないかと」


 執事は困惑しながらもそう言い、そっと眉尻を下げた。


「……旦那様はずっとあのときのことを後悔していて、命を絶ったんでしょうか?それで、償いのためにジェラルド様へ家督を……」


 歳を取ると情に脆くなるのか、執事は僕の描いたストーリーをすんなり受け入れる。

『嗚呼、旦那様……』と涙しながら門を開き、僕を中へ通した。

そこで僕は祖母や伯父と会い、猛烈に批判される。


「アンタが夫を殺したんでしょう!?」


「さあ、何のことでしょうか?僕は何も知りませんが」


「嘘をつけ!こんなタイミング良く現れるなんて、怪しいにもほどがある!大体、お前は皇室より指名手配されている身!当主になんて、なれっこない!」


「爵位の継承に、皇室の意向は関係ありません。罪人であろうと問題なく、当主となれます」


 まあ、だからと言って追われている身であることは変わらないが。

『無罪放免になる訳じゃない』と考えつつ、僕は腰に手を当てる。


「なんにせよ、今日からハメット侯爵家の当主はこの僕です。文句があるなら、出て行ってもらいましょう」


「このっ……!生意気な!」


 ギリギリと奥歯を噛み締め、祖母はこちらを睨みつけた。

『ルーナと言い、アンタと言い……』と恨み言を吐く彼女の前で、伯父は玄関へ足を向ける。


「今すぐ皇室に通報して、こいつを捕まえてもらう!」


「そうですか。どうぞ、ご勝手に。まあ────どうせ、無駄に終わりますけど」


「なんだと!?」


 噛みつかんばかりの勢いで反応する伯父に、僕はニッコリと微笑んだ。


「実はこの書類を受け取った数日前に、皇室へお手紙を送ったんですよ。二通ほど」


「……な、内容は?」


 僅かに表情を強ばらせながら問い掛け、伯父は緊張で震える指先を握り込む。

ゴクリと喉を鳴らして立ち尽くす彼の前で、僕はただ一言


「ハメット侯爵家の独立及びルーチェ帝国に対する宣戦布告」


 と、答えた。

すると、案の定とでも言うべきかこの場に居る全員が言葉を失う。

『嘘だろう……?』とでも言うように顔を見合わせ、しばらく呆然としていた。


「お、おまっ……なんてことを!?」


「そ、そんなの無効よね!?だって、数日前ならまだ夫は生きていて……!アンタが当主として、認められる前だから……!」


 『その書類に効力は働かない筈!』と主張する祖母に、僕はフッと笑みを漏らす。

と同時に、例の書類をヒラヒラと揺らした。


「残念ながら、僕はこの書類を受け取った瞬間からこの家の当主です。ほら、こちらの一文をご覧ください。『この書類の作成日時より、ジェラルド・ロッソ・ルーチェを当主として認める』と書かれているでしょう?つまり、前侯爵の死亡日時は関係ありません」


 『皇室に送った手紙はどちらも有効』だと明かすと、祖母は瞬く間に顔を真っ赤にする。


「な、なん……なん……なんてことしてくれたのよ!?我が家の歴史が……!地位が!嗚呼……!」


 両手で顔を覆い隠し、崩れ落ちる祖母は『これから、どうすれば……!』と狼狽えた。

侯爵家の行く末を憂う彼女の前で、伯父はこちらを指さす。


「は、反逆なんてどうかしている……!今すぐ、取り消せ!床に頭を擦り付けて謝れば、まだ子供のイタズラとして許してもらえるかもしれない!」


 『早く皇城に行くぞ!』と述べる伯父に、僕は小さく首を横に振った。


「申し訳ありませんが、独立宣言と宣戦布告を取り下げるつもりはありません」


「なっ……!?ふざけるな!我々を道連れにするつもりか!?」


 『お前の事情に巻き込むな!』と抗議し、伯父はこちらへ手を伸ばす。

堪らずといった様子で僕の胸ぐらを掴み上げ、彼は目を吊り上げた。

凄まじい威圧感を放つ伯父を前に、僕は笑顔でこう答える。


「道連れが嫌なら、あなた方をハメット侯爵家の戸籍から外しましょう。そうすれば、巻き込まれる心配はありませんよ。逃げるなりなんなり、お好きにどうぞ」


 『こちらの不利益にならない限りは見逃してやる』と告げると、伯父は強く奥歯を噛み締めた。

かと思えば、僕の首に手を掛ける。


「お前を今、ここで殺せば……きっと、まだ間に合う!陛下は許してくださる!」


 そう言うが早いか、伯父は思い切り僕の首を絞めた。

とにかく戦争だけは不味いと判断して、このような蛮行に至ったらしい。


 まあ、ある意味正しい選択だな。でも────きちんと相手の力量を見極めた方がいい。


 おもむろに手のひらを前へ突き出し、僕は風の刃を放った。

と同時に、執事が伯父の右腕を引っ張る。

そのせいで、急所を外してしまった。


「っ……!?」


 左肩に切り傷を負った伯父は、思わずといった様子で僕の首から手を離す。

そして、患部を押さえた。


「ジェラルド、お前……!」


「すみません。首を絞められたことに動揺して、咄嗟に反撃してしまいました」


 赤くなっているであろう自身の首に触れつつ、僕は眉尻を下げる。

『わざとじゃないんですよ』と告げ、大袈裟なくらい肩を落とした。


「本当に申し訳ありません。お詫びに侯爵家の財産を一部差し上げます。この家を出るとしたら、先立つものが必要になるでしょうし」


 除籍による一番の不安────金銭不足を解消してやると、伯父と祖母は僅かに表情を和らげた。

『それなら、しばらくやって行ける』と安堵し、互いに顔を見合わせる。

と同時に、どちらともなく頷き合った。


「じゃあ、金庫にある金を全てくれ」


「分かりました」


 侯爵家の財産なんてちっとも興味がないため、僕は笑顔で首を縦に振った。

執事に金を用意するよう命じ、ついでに除籍処分の手続きも行う。

『これでうるさい奴らを一掃出来る』と思案しながら、さっさと祖母と伯父を追い出した。


 前侯爵からの指名を受けたとはいえ、当主の座を他のやつに奪われない保証はどこにもないからね。

何より、これからやろうとしていることに身内や親戚から口を挟まれるのは面倒だ。


 『一人の方がやりやすい』と考え、僕はほとんどの使用人を解雇した。

まあ、こちらから言わなくても自主的に退職を望んだだろうが。

『反乱軍の仲間なんて、嫌だろうからね』と思いつつ、僕はガランとなった建物内で一息つく。


 あとは一ヶ月後の開戦を待つだけ。

本音を言うと、もっと早く攻め込みたいところだけど……相手に降伏の余地を与えないと、戦争として成り立たないため仕方なく我慢している。

これは子供のお遊びではない、と示すためにも。


 『相手に冗談として流す隙を与えてはいけない』と考え、僕は大人しく待機する。

戦争で勝利する未来を思い描きながら。


「戦力差は大きいけど、魔物を使えばある程度補える……公爵にさえ気をつけておけば、大丈夫だ」


 『まあ、そもそも参戦するかも分からないし』と肩を竦め、僕はゆるりと口角を上げた。

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