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ハメット侯爵の末路《ジェラルド side》

「何も知らない子供だと思って、侮らないでください。いくら僕でも、爵位継承の手続きくらい知っています」


 そう言うが早いか、僕は机の引き出しから印章を取り出した。

これは家門の当主のみ使えるもので、主に重要な書類を作成する時に使われる。


「爵位の継承には、現当主のサインと家紋の印章さえあればいい。要するに────ここにある者や物だけで、手続きは完了するんですよ」


「っ……」


 悔しそうに顔を歪め、ハメット侯爵は椅子の肘掛けを強く掴んだ。

苦悩に満ちた表情を浮かべる彼の前で、僕はゆるりと口角を上げる。


 全く血の繋がってない婿などを当主とする場合はもっと複雑な手続きが必要になるんだけど、幸か不幸か僕はハメット侯爵家の血を引いている。

だから、この程度の簡単な手続きだけで爵位を継承出来た。


「さあ、早く書類を作成してください。まさか、書き方を忘れたなんて言いませんよね?」


「……」


「僕が手取り足取り教えて差し上げましょうか?」


「そ、そんな気遣いは不要だ……!」


 乱暴にペンを手に取り、ハメット侯爵は渋々書類を作成する。

このまま反抗しても怪我を負うだけ、と悟ったようだ。

『利口な犬だな』と目を細めつつ、僕は完成した書類に自分のサインを施す。

ハメット侯爵家の当主となることを承認する、という意味合いで。


「さてと、これで下準備は完了だね」


 出来上がった書類を丁寧に丸め、僕はニコニコと機嫌良く笑った。

すると、ハメット侯爵は怪訝そうな顔でこちらを見つめる。


「……当主となって、これからどうするつもりだ」


「それを貴方に教えてあげる義理はないと思いますが……まあ、いいか」


 ────どうせ、直ぐに始末するし。


 とは言わずに、ニッコリと微笑む。

もうすっかり用済みとなったハメット侯爵……いや、()侯爵を見つめ、僕は腰に手を当てた。


「まず、皇室に────独立宣言と宣戦布告を叩きつけます」


「……はっ?」


 意味が分からないといった様子で眉を顰め、前侯爵は目を白黒させた。

戸惑いを露わにする彼の前で、僕はこう言葉を続ける。


「あとは戦争に勝利して、ルーチェ帝国を僕のものに……」


「そ、そうまでして母親の復讐を果たしたいのか?」


「……はい?」


 ここで何故あの女の話が出てくるのか分からず、僕は一瞬だけ頬を引き攣らせた。

が、直ぐに表情を取り繕う。


「仰っている意味がよく分かりませんね」


「とぼけるな……!私が無理やりルーナを皇帝の元に嫁がせたから、恨んでいるんだろ!そのせいで、ルーナは恋人と引き裂かれる羽目になり、失意のどん底に落ちたのだから!一時期、自害を考えるくらいに!」


「!!」


 初めて聞くあの女の過去に、僕はほんの少しだけ動揺を示す。

だって、これまではあの女が……母が色恋にうつつを抜かし、駆け落ちしたものだと思っていたため。

結婚する前から、恋人が居たなんて知らなかった。


 皇帝との結婚は本意じゃなかったのか?それに自害を考えるほど、追い詰められていたなんて……。


 『一体、何がどうなっている?』と自問し、僕は大きく瞳を揺らす。

でも、直ぐさま気を取り直した。

『あの女にどんな事情があろうと、僕には関係ない』と、言い聞かせて。


「申し訳ありませんが、僕は母の復讐など興味がありません」


 『心底どうでもいい』という意向を示すと、前侯爵はすかさず噛み付く。


「では、何故……!?」


「単純な話です。僕は────皇帝になりたいんですよ」


 不敵に笑ってそう答え、僕は真っ赤な瞳に渇望を宿した。

すると、前侯爵は僅かに目を見開く。


「それだけ、か?」


「はい」


 間髪容れずに頷くと、前侯爵は困惑気味に瞬きを繰り返した。

かと思えば、おずおずと口を開く。


「皇帝となって悪政を敷き、この国そのものに復讐するつもりでは……」


「ないですね。公務はちゃんとこなすつもりですよ」


「で、では大陸統一などを夢見て……?」


「いいえ。そのような野心もありません。もちろん、国を大きくするチャンスがあれば積極的に動きますけど。でも、無理に国土を広げたり他国を侵略したりするつもりはありませんよ」


 『リスクが高すぎます』と語り、僕は小さく肩を竦めた。

この老いぼれは僕のことをなんだと思っているんだ、と呆れながら。


 僕の目的はもっと身近で、ささやかなものだ。

普通の人なら、皇帝になんてならなくても手に入る。

でも、僕はそうじゃないから……誰にも無視出来ない存在へ、成り上がらないといけない。


 二年前に感じた渇きと虚しさを思い出し、僕はスッと目を細めた。

と同時に、首を掴んでいる手から電流を放つ。


「!?」


 前侯爵は突然の感電により気を失い、机へ突っ伏した。

スースーと寝息を立てる彼の前で、僕はふわりと床に降り立つ。


 さすがにちょっと魔力を使い過ぎたな……。


 室内に展開した結界も解き、僕は来客用のソファへ腰を下ろした。

────と、ここで部屋の扉をノックされる。


「旦那様、そろそろ夕食のお時間ですが」


 少ししゃがれた男性の声に、僕は『執事か、何かだろう』と目星をつけた。


 返事しないのは、さすがに不味いか……下手したら、押し入られるかもしれないし。

面倒だけど、対応しておこう。


「食事は扉の前に置いておけ。それから、考え事をしたいから、しばらく誰も近づけさせるな」


 僕は風魔法で空気の振動を操り、前侯爵の声に似せた。

口調も出来るだけ再現し、バレないよう細心の注意を払う。

そのおかげか、相手は『そうですか』とあっさり引き下がった。


 これでしばらく、ゆっくり出来るな。

唯一の懸念は目を覚ました前侯爵が余計なことをしないか、だけど……電気ショックでまともに体を動かせないだろうし、多分大丈夫。


 『舌も痺れて、声を出せない筈』と考えつつ、僕は扉の施錠を確認。

窓もしっかり閉めてから、ソファに寝転がった。


 ────それからというもの、僕は使用人の運んでくる食事を前侯爵と共に食べ、またもや電気ショックを使い、自分も眠りにつく。

この生活をひたすら繰り返した。

おかげですっかり体は良くなり、魔力・体力共に全快へ。


 部屋にあった救急箱でしっかり手当てしたからか、横腹の傷もかなりマシになった。

まあ、それでも完治はしていないけど。

でも、立っているだけで辛いという状態は何とか脱した。


 『これなら、戦える』と意気込み、僕は執務机へ近づいた。

椅子に座ったまま動けないでいる前侯爵を見つめ、僕はニッコリ笑う。


「それでは、今までお疲れ様でした」


 前侯爵の胸元に手を添えてそう告げると、彼は見るからに動揺を示した。


「なっ……は、なしが……ち、がう……!」


 上手く回らない舌を何とか動かして抗議してくる彼に、僕はコテリと首を傾げる。


「あれ?僕────言うことを聞いてくれたら生かす、なんて言いましたっけ?」


「!?」


 ハッとしたように目を見開き、前侯爵はこちらを凝視した。

『そういえば……』と目を白黒させる彼の前で、僕はゆるりと口角を上げる。


「今日まで貴方を生かしてきたのは、偏に時間稼ぎのため……僕が体を休める間の、ね。でも、もう必要なくなったので始末することにしたんです」


 『生かしておくメリットもないし』と言い、僕は体からバチバチと静電気を放つ。

その途端、前侯爵は怯えたように頬を引き攣らせた。


「ま、待っ……」


「待ちません」


「せ、めて話を……」


「お断りします」


 淡々とした口調で前侯爵の要求を撥ね除け、僕はチラリと扉の方を振り返る。

十数人の足音が近づいてきていることを察して。


 最近、使用人達も部屋に籠り続けていることを不審に思っていたし、そろそろ強行突破してくるかもしれない。

早めに切り上げるか。


「申し訳ありませんが、もうお時間のようです。それでは、さようなら」

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