タビアの頼み
「他に何か分かったことはないかい?それこそ、魔物のこととか……」
神妙な面持ちで質問を重ねるグランツ殿下に対し、タビアはそっと目を伏せる。
「いや、魔物に関することは一切書かれていなかった。ただ、この研究の過程で魔物を生み出す力を得た可能性は非常に高い。引き続き調査を進めるつもりだが、時間は掛かると思ってくれ。ただでさえ、力技の多いこの研究を論理的に紐解くのはなかなか難しいんだ」
研究資料の表面を撫で、タビアは目頭を押さえる。
「再現実験を行えればいいんだが、さすがにこんな惨たらしいことを他人には出来ないからな……ひたすら仮説を立てては論理的に立証出来るか考えて、の繰り返しだ」
『被験体がエルフなら、私の体を使えたのに』と嘆きつつ、タビアは研究資料を懐に仕舞った。
かと思えば、居住まいを正す。
「それはそれとして、グランツと公爵に二つほど頼みたいことがある」
真剣な面持ちで前を見据えるタビアに対し、父とグランツ殿下は僅かに目を剥く。
『急に改まって、どうしたんだ?』と首を傾げつつ、二人は
「なんだ?(なんだい)」
と、話の先を促した。
すると、タビアは少しばかり身を乗り出す。
「まず、ジェラルドとやらを────治療させてほしい」
「治療……?」
「ああ。正確には、研究によって変質した体や魔力を元に戻すだけだが」
「そんなこと可能なのかい?」
驚いて思わず聞き返すグランツ殿下に、タビアは首を横に振った。
「分からない。ただ、一エルフとして同族の仕出かしたことには責任を取らねばなるまい」
『放置は出来ない』と告げ、タビアは額に手を当てる。
『全く……前回も今回も厄介事ばかり』と零しつつ、真っ直ぐ前を向いた。
「それから、魔物を何体か譲ってほしい。この研究との因果関係を見極めるために、調べたいんだ」
「譲るも何も、我々は魔物を保有していないんだが」
『ただ、倒しているだけ』と主張する父に、タビアは相槌を打つ。
「分かっている。だから、魔物の討伐依頼を一部こちらに譲ってほしいんだ」
『無論、用が済んだらきちんと始末する』と言い、タビアはじっと青い瞳を見つめた。
魔物関連のことはグランツ殿下より父の方が決定権を握っているため、注視しているのだろう。
魔物を調べることでジェラルドの治療に役立つかもしれないなら、許可してほしいのだけど……こればっかりは、お父様次第よね。
私が口を挟んでいい問題じゃないわ。
『場合によっては、魔物の被害が大きくなるかもしれないし……』と考え、私は唇を強く引き結ぶ。
うっかり、余計なことを言わないように。
そんな私の前で、父はどことなく表情を険しくした。
「……周囲に被害を出さないと約束出来るか?」
「恐らく、0は無理だ。ただ、人的被害は出さないよう最善を尽くす」
『物の破壊は免れない』と主張するタビアに、父は少しばかり眉を顰める。
出来ることなら、物の被害も最小限に抑えたいのだろう。
『建物や作物をダメにされるのは困るな……』と悩む彼を前に、グランツ殿下は片手を挙げる。
「じゃあ、魔物の周りを結界で囲って研究してもらうのはどうだい?この場合、魔物の運び出しは不可能になるけど、被害を最小限に抑えられる」
「なるほど。エルフの魔力量なら結界を長時間張り続けても問題ありませんし、結界内で討伐してもらえば死骸の処理も簡単に済みます。それなら、許可しても構いません」
僅かに表情を和らげて頷く父に、グランツ殿下はホッとしたような素振りを見せる。
と同時に、タビアの方へ視線を向けた。
「タビアもそれでいいね?」
「ああ」
「じゃあ、決まり」
『皇室の方には、私から話を通しておくよ』と言い、グランツ殿下は手を組んだ。
かと思えば、少しばかり表情を硬くする。
「あと、ジェラルドの治療についてだけど────是非お願いしたい。これ以上、魔物を生成させないという意味でも……弟の苦痛を和らげるという意味でも」
『普通の人間に戻してやってほしい』と願い、グランツ殿下は深々と頭を下げた。
第一皇子としてではなく、ジェラルドの兄として。
これでもかというほど真摯な態度を貫く彼に、タビアは小さく息を吐いた。
「頭など下げなくていい。お前はただ、『うん』と頷くだけでいいんだ。こちらは善意や好意でもなく、義務でジェラルドとやらの治療を買って出ただけのことなんだから」
『そこまで畏まる必要はない』と告げ、タビアは席を立つ。
そろそろ帰るつもりなのか窓へ近づいていく彼を前に、父はゆっくりと立ち上がった。
「待て。魔物の討伐依頼についてだが、極小規模のものでよければ今すぐ委託出来る」
「あれ?ここ数日で全ての依頼をこなしたんじゃなかったのかい?」
思わずといった様子で口を挟むグランツ殿下に、父は首を横に振った。
「いえ、私抜きで対応出来るものに関してはサンクチュエール騎士団に任せています。なんらかの理由で私が魔物の討伐に参戦出来なくなったとき、立ち往生するような事態だけは避けたかったので」
先を見据えた対策について語る父に、私は目を見開く。
そっか……そうよね。お父様だって、いつまでも前線に居られる訳じゃない。
老衰や怪我、病気などで魔物の討伐から退く可能性は充分ある。
だから、今のうちに自分抜きで魔物を倒す方法を確立させておきたい気持ちはよく分かった。
『お父様が剣を振るえなくなるなんて、考えたくないけど……』と、私は肩を落とす。
やはり、父にはいつまでも元気で居てほしいから。
「もう既に討伐を終えているところもあるかもしれませんが、第二皇子の捜索のため何人か呼び戻したため、戦力的に全ての魔物を倒していることは有り得ないかと」
『なので、選り好みしなければ討伐依頼を委託出来る』と語り、父はタビアの反応を窺った。
すると、タビアは窓辺に向けていた足をこちらへ向ける。
「魔物と接触出来るなら、何でもいい。紹介してくれ」
「分かった」
『後で地図を渡す』と言い、父はイージス卿に声を掛ける。
どうやら、ユリウスに騎士団への連絡や資料の作成を頼むよう命じているようだ。
『分かりました!』と元気よく返事して退室するイージス卿を見送り、父は視線を前に戻す。
「ところで、グランツ殿下は何故こちらへいらっしゃったのですか?」
まだタビアの用件しか聞いてなかったことに気づき、父は『何か報告でも?』と問うた。
すると、グランツ殿下は難しい顔つきで強く手を握り締める。
どこか、思い詰めたように。
「実は────ジェラルドから、宣戦布告を受けたんだ」




