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研究資料の解析結果

「あの……お気持ちは嬉しいんですが、私は街へ行くよりも────お家へ帰りたいです。それで、お父様とゆっくり過ごしたい」


 これは強がりでも遠慮でもなく、私の本心。

最近ずっと慌ただしかったため、お父様とのんびりする時間を確保出来なかった。

それ自体は仕方のないことだと思っているし、不満もないけど、空いている時間があるならそちらに回したい。

何より、お父様に少しでも休んでほしい。


 ずっと働き詰めの父を心配し、私はギュッとドレスのスカート部分を握り締める。

『せっかくの申し出だったのに、断って気分を害されたかしら』と不安になる中、父はスッと目を細めた。


「分かった。そうしよう」


「ほ、本当ですか?」


「ああ。私もベアトリスと家でゆっくり過ごしたくなってきたからな」


 『街なんてまた今度でいい』と述べ、父は不意に窓の外を見る。

と同時に、馬車は少しずつ高度を落として行った。

どうやら、目的の場所に着いたらしい。


「……『待て』も出来ないのか、こいつらは」


 突然体から神聖力を放つ父は、前方から伸びてきた魔物の手に眉を顰めた。

かと思えば、神聖力で馬車を包み込む。


「ベアトリス、離れるな」


「は、はい」


「イージス、精霊を守れ」


「了解です」


 横に座っていたキツネとトラを抱きかかえ、イージス卿は身構える。

と同時に、魔物の手は神聖力によって弾かれた。

そのおかげで、馬車は何とか無事に着陸する。


「ベアトリス、舌を噛まないようにな」


 そう一声掛けてから、父は馬車の扉を蹴破った。

私を抱っこしたまま外へ出る彼は、慣れた様子で聖剣を抜く。

そして、おもむろに地面を蹴り上げると、物凄い速さで魔物に迫った。

一瞬で切り替わった景色に目を見開く中、父は魔物の体を縦に切り裂く。


「次」


 あっという間に消え去った魔物を一瞥し、父は聖剣を持ち直した。

かと思えば、流れるような動きでどんどん仕留めていく。


「子供とはいえ、人間一人を抱っこした状態でこの強さかよ……」


 『異常すぎんだろ』と乾いた笑みを漏らし、ルカは額に手を当てた。

と同時に、父はここら一帯の魔物の一掃を終える。


「二件目に行くぞ」


 『遠征はまだ始まったばかりだ』と告げ、父は空飛ぶ馬車へ乗り込んだ。

────それからというもの、私達はひたすら移動と戦闘を繰り返し……二週間ほどで遠征を終える。


 途中でバハルやベラーノ、イージス卿も手伝ってくれたとはいえ、こんなに早く終わるなんて思わなかった……。

もしかして、私との時間を作るために頑張ってくれたのかしら?


 帰りの馬車に揺られながらそんなことを考え、私は少しだけ頬を緩めた。

あまり無理はしてほしくないが、自分のためにここまでしてくれるのは素直に嬉しくて。

『後でたくさんお礼を言おう』と思いつつ、私はふと父の方を見る。

と同時に、目を見開いた。


「寝てる……」


 これまで父の無防備な姿なんて見たことがなかったため、私はついつい寝顔を凝視してしまう。

『なんだか、凄く新鮮ね』と目を細め、私は小さく笑った。

────と、ここで父が目を覚ます。

と同時に、馬車はゆっくりと降下していき、公爵家へ無事到着した。

これでようやく一息つける────かと思いきや、グランツ殿下とタビアの訪問を受ける。


「……何故、殿下とエルフが一緒に?」


 仮住まいとして使っている別館の客室で、父は金髪の美青年と緑髪の美男子を軽く睨みつけた。

『ベアトリスとゆっくり過ごす筈だったのに』と呟く彼を前に、グランツ殿下は苦笑を浮かべる。


「タビアとは、つい先程知り合ったんだよ。なんだか、困っていたみたいだから」


「研究資料の解析結果を報告しようとここへ来たら、門前払いを食らったんだ。また前のように侵入しても良かったが、屋敷全体に物々しい雰囲気が漂っていたからやめた」


 『下手に刺激すると、面倒なことになりそうだった』と語るタビアに、父はスッと目を細める。


「衛兵に話を通してなかったのは、悪かった。エルフ自ら屋敷(ここ)に来るとは、思わなかったんだ」


 『こちらの確認不足だった』と詫び、父は膝の上に居る私を潰さない程度に頭を下げた。

かと思えば、真っ直ぐ前を見据える。


「では、早速で申し訳ないが────研究資料の解析結果を聞かせてくれ」


 さっさと本題へ入るよう促す父に対し、タビアは


「分かった」


 と、首を縦に振る。

僅かに表情を曇らせながら。

『お前のそんな表情(かお)、初めて見たな』と驚くルカを前に、タビアは長い指を組む。


「託された研究資料には……それはそれはおぞましい実験内容や経過観察について、ビッシリ書かれていた。正直、これをやったエルフは相当頭がおかしいと思う。同胞とは思いたくない……」


 やれやれといった様子で(かぶり)を振り、タビアは深い溜め息を零した。


「他種族と家庭を築き上げるだけでも、こちらとしては頭の痛い事案なのに……まあ、人の世へあまり干渉せず慎ましく暮らす程度なら、見逃すが……」


「悪いが、愚痴は後にしてくれ」


 『とにかく、本題を』とせっつく父に、タビアはハッとする。


「ああ、そうだな……すまない」


 目頭を押さえて軽く深呼吸し、タビアは『柄にもなく取り乱してしまった』と反省する。

その傍で、ルカは僅かに目を見開いた。


「公爵様の殺気を浴びても、ケロッとしていたこいつがここまで動揺するなんて珍しいな」


 『あの研究資料に一体どんなことが、書かれていたんだ』と呟き、ルカは少し身を乗り出す。

と同時に、タビアはゆっくりと顔を上げた。


「この研究資料には、主に魔力の変質と体の作り替えについて書かれていた。私が思うに、この研究を手掛けたやつは────」


 そこで一度言葉を切ると、タビアは懐から例の研究資料の束を取り出した。

エルフ語で書かれたソレを前に、彼はそっと目を伏せる。


「────ジェラルドとやらをエルフにしたかったんだと思う。要するに人体改造して、種族を塗り替える腹積もりだったんだ」


「「「!?」」」


 動揺のあまり言葉を失い、私達は硬直した。

誰も何も言わずに研究資料を凝視し、口元に手を当てる。

生まれながらにしての性質をねじ曲げるなんて、素人でも直ぐに危険だと分かるため。


「まあ、当然研究は失敗したがな。でも、無駄に腕のいいやつだったからか、わりといい線まで行ったらしい。エルフ特有の能力をジェラルドとやらがいくつか再現出来た、とのこと。ただ、詳細は分からない。あまり細かく書き記されていなかったからな」


 『何箇所か、文字を書き直した跡があるし』と零し、タビアは研究資料の束を一瞥する。

と同時に、グランツ殿下が身を乗り出した。


「他に何か分かったことはないかい?それこそ、魔物のこととか……」

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