逃亡《ジェラルド side》
「っ……!息が……」
まるで僕の周りだけ空気を抜かれたかのように、呼吸が苦しくなる。
『なんだ、この魔法は……』と狼狽えつつ、僕は一先ずあちこちに風を吹かせた。
すると、息が出来るようになる。
『結界の類いでは、なさそうだな』と分析する中、第一皇子はまたもや空気を操る。
そして、今度は僕の周りに結界を張った。
くっ……!窒息死させるつもりか……!
咄嗟に雷魔法で放電し、僕は結界を打ち破ろうとする。
だが、しかし……硬すぎて簡単には割れない。
『本当にこの男の作った結界なのか!?』と目を剥き、僕は戸惑いを覚えた。
と同時に、先程より強力な雷魔法を放つ。
その途端、結界は音を立てて砕け散った────ものの、呼吸は苦しいまま。
なので、先程と同じ要領でまた風を巻き起こした。
「はぁはぁ……」
何とか空気を吸えるようになった僕は、夢中で呼吸を繰り返す。
手首に転移用の魔法陣を描きながら。
出来れば使いたくなかったけど、今のままでは確実に押し負ける。
だからと言って、普通に空を飛んで逃げても追いつかれるだろう。
それどころか、撃ち落とされるかもしれない。
だから、ここは転移して逃げた方がいい。
などと考える中、魔法陣は無事完成する。
服に滲む血液を一瞥し、僕は直ぐさま魔力を込めた。
────が、発動しない。
「ジェラルド、私達も馬鹿じゃない。君があの“怪しい人物”であるなら転移魔法を使える、と踏んでその対策を講じている」
「!?」
第一皇子の言葉にハッとし、僕は慌てて周囲を見回した。
と同時に、気づく。
離宮全体に結界が張られている……それも、外部との接触を完全に断つ系統の。
要するに、この空間だけ世界から切り離されているんだ。
『騎士の動きや会話に気を取られて、探知出来なかった』と悔やみつつ、僕は前髪を掻き上げた。
「こんな大掛かりな魔法……貴方では、不可能な筈」
『まず魔力が足りないだろう』と指摘し、僕は第一皇子を睨みつけた。
「……こんなに優秀な魔導師を一体、どこで見つけたんだ」
「おや?私が鍛錬を積んで、出来るようになったとは考えないのかい?」
「これは少し鍛錬を積んだ程度で、出来る技じゃない。天性の才能でもなければ……」
「そうかもしれないね。でも、親切に種明かしをしてあげるほど、私は優しくないんだ」
そう言うが早いか、第一皇子はまたもや例の風魔法を使おうとする。
まあ、実際に行っているのはそのバックに居るやつかもしれないが。
何度も窒息状態に陥るのは、さすがに危険だ。
そろそろ、何か手を打たないと……。
『やられっぱなしでは、いられない』と奮起し、僕は注意深く周囲を見回す。
そして、目当てのものを見つけると、僅かに魔力を流した。
と同時に────魔物が三体、姿を現す。
「魔法で勝てないなら、別の要素を付け足すしかない……」
一番見せたくなかった手札を切り、僕は第一皇子へ襲い掛かる。
魔物達を使って。
でも、相手は大して動じておらず……冷静に対処していた。
とはいえ、気絶した騎士達を庇いながら戦うのは難しいようだが。
────だけど、これで隙が出来た。
僕は素早く窓に駆け寄ると、一体の魔物を引き連れて外へ出る。
その途端、裏庭に居た庭師や騎士が悲鳴を上げるものの、気にせず結界へ近づいた。
一度上空まで飛んでグルッと周囲を見回し、抜け穴らしきものはなさそうだと判断。
「やっぱり、壊すしかないか」
結界へ向き直り、嘆息する僕は手のひらを前へ突き出した。
と同時に、裏庭を巡回していた騎士達が駆けつける。
「ジェラルド殿下、そこまでです!」
「どうか、投降してください!」
「さもなくば、力ずくで……」
「無駄なことはやめたら?君達じゃ、コレは倒せないんだから」
『どれだけ、僕の魔力を与えたと思っている』と肩を竦め、魔物に騎士達を蹴散らすよう指示した。
その瞬間、魔物は後ろを振り返り、体から触手のようなものを生やす。
明らかに従来のものとは異なる姿に、騎士達はたじろいだ。
が、ここで退くのは帝国へ仕える者として許せないのか、勇敢にも切り掛かってくる。
でも、それより早く触手が騎士達の胸を貫通した。
「「「っ……」」」
急所を正確に攻撃された上、魔物の腐敗能力により体が腐った騎士達は為す術なく倒れる。
実に呆気ない戦いに、僕は一つ息を吐いた。
『だから、言ったのに』と呆れつつ、結界へ向かって風の槍を放つ。
かなり空気を圧縮して威力を上げたからか、一発で破壊に成功。
僕は急いで結界の外へ出た。
これなら、転移出来る。
先程作成した魔法陣にいくつか文字を付け足し、僕は再度魔力を込める。
と同時に、離宮の方を振り返った。
すると、ちょうど寝室から飛び降りる第一皇子の姿を目にする。
『もうあの二体を倒したのか』と動揺する中、第一皇子はこちらを見た。
かと思えば、強力な風の刃を放つ。
意地でも、僕のことを逃がさないつもりのようだ。
「僕を守れ……!」
半ば怒鳴るようにしてそう指示すると、魔物はドロドロの体を薄く広げる。
そして、僕の周りを覆った。
無論、体に触れないよう一定の距離を保って。
これだと一緒に視界も遮られてしまうけど、しょうがない……とにかく、あの風の刃さえ防げればいい。
恐らく、あちらが追撃する前に転移魔法を発動出来るから。
服の袖を捲ってじっと魔法陣を眺め、僕は『早く早く……!』と焦る。
────と、ここで魔物の肉壁が風の刃によって切り裂かれた。
「ジェラルド……!」
必死になってこちらへ手を伸ばし、第一皇子は『こっちに来るんだ!』と叫ぶ。
でも、僕は全てを無視してさっさと僻地へ転移した。
何とか、逃げ切った……のか?
魔物が荒らした痕跡のある森を前に、僕はパチパチと瞬きを繰り返す。
というのも、思ったより綺麗だったから。魔物の襲撃を受けたにしては、自然がまだちゃんと残っていた。
まあ、それでも数ヶ月前に来た時と比べるとかなり汚れているが。
なんにせよ、身を隠すには持ってこいの場所だな。
選り好みしなければ、食料にも困らないし。
足元に生えた草花を一瞥し、僕は木の幹に背を預ける形で座り込む。
と同時に、そっと目を閉じた。




