邪魔な障害物《ジェラルド side》
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何が……起こっているんだ?
突然騎士を引き連れて現れた第一皇子に、僕は目を白黒させる。
『ついに血迷ったか?』なんて思いながら身を起こし、ベッドから降りた。
「これは何の真似ですか?兄上……」
痛む横腹をさりげなく庇いつつ、僕は好き勝手している第一皇子へ詰め寄る。
すると、彼は哀れものを見るような目でこちらを見つめた。
「……どうもこうも、ジェラルドがしてきたことの報いを受けさせているだけだよ」
「はい?」
意味が分からず眉を顰め、僕は額に手を当てる。
『この男は一体、何を言っているんだ』と思案する中、第一皇子は一枚の書類をこちらに見せた。
「ジェラルドを庇うのも、もう限界ということだよ。バレンシュタイン公爵の逆鱗に触れたことを、君はもっと重く見るべきだった」
『父上もついに重い腰を上げたんだ』と語る第一皇子に、僕はハッと息を呑む。
皇帝自ら作成したものと思われる書類を前に、僕は大きく瞳を揺らした。
嘘だろう……?これまで、どんなに迷惑を掛けてもせいぜい謹慎処分で終わっていたのに……。
公爵からの催促に、折れたという訳か?
『だとしても、何故このタイミングで?』と疑問に思う中、寝室へ一人の騎士が駆け込んでくる。
────隠しておいた公爵家の剣を持って。
「ありました!間違いなく、バレンシュタイン公爵家のものです!」
そう言って第一皇子の前に跪く騎士は、手に持った剣を差し出す。
すると、第一皇子は一瞬だけ……本当に一瞬だけ、顔を歪めた。
が、直ぐさま笑顔となる。
「ありがとう。念のため、他のフロアも調べておいてほしい。他にも何か見つかるかもしれないからね」
「分かりました!」
騎士の礼を取って応じる皇国騎士は、素早く立ち上がって部屋を出ていった。
恐らく、調査に戻るのだろう。
心配せずとも、それ以外は何も出ないよ。
物的証拠となりそうなものは、極力処分するようにしているからね。
『これも早く処分するべきだったか……』と嘆息し、僕は口元に手を当てる。
体調不良を理由に、後回しにしていたことを心底後悔しながら。
『一先ず、誤魔化そう』と考えつつ、僕は大きく目を見開いた。
「な、何ですか?その剣……」
『今、初めて見た』という風に振る舞い、僕は瞬きを繰り返す。
我ながら、白々しい演技だが……ここで白旗を振る訳には、いかなかった。
『こんなところで、終われるか』と奮起し、僕はコテリと首を傾げる。
「あっ、持ち手の部分にバレンシュタイン公爵家の家紋がありますね。もしかして、これは……」
「無駄な悪足掻きはやめなよ、ジェラルド」
堪らずといった様子で言葉を遮り、第一皇子は騎士より受け取った剣をじっと見つめた。
かと思えば、寝室を調査していた騎士達を呼び寄せる。
「第二皇子ジェラルド・ロッソ・ルーチェ、君に────僻地への幽閉を命じる。また、本日付けで皇位継承権は剥奪だ」
「なっ……!?」
次期皇帝となる道を絶たれ、僕は思わず第一皇子へ手を伸ばした。
が、間へ入った騎士達に阻まれる。
「ジェラルド納得いかないかもしれないが、これは皇帝エルピス・ルーモ・ルーチェのご意志であり、決定事項だよ。覆すことは出来ない」
『もう今更どう足掻いても無駄』と突きつけ、第一皇子はスッと表情を引き締めた。
「そういう訳で、しばらく身柄を拘束させてもらうよ」
『監視も強化する』と告げ、第一皇子は騎士達に目で合図を送る。
と同時に、皇国騎士はこちらへ向かってきた。
縄や目隠し用の布を手に持って。
どうする……?今のところは大人しく、捕まるか?
それで、皇帝を説得して……いや、こうなった以上厳罰は免れない筈。
少なくとも、無罪放免は有り得ない。
皇位継承権剥奪と僻地への幽閉、そのどちらかは必ず施行されるだろう。
『そして、どちらも今の僕には致命的……』と苦悩し、強く手を握り締めた。
大した後ろ盾もない自分では、皇位継承権を剥奪された上で成り上がるのも、僻地へ幽閉された状態で皇位継承権争いを勝ち上がるのも不可能なため。
こうなったら、もう……
そっと目を伏せ、肩から力を抜く僕はふわりと宙に浮いた。
「……手段なんて、選んでいられない」
そう言うが早いか、僕はこちらへ向かってきた皇国騎士を跳ね飛ばした。
鈍い音と共に壁へ体を強打する彼らの前で、僕はゆっくりと前へ進む。
「本当はしっかり皇位継承権争いを勝ち抜いて、皇帝になりたかったんだけど……しょうがないよね」
第一皇子と同じ目線になるまで浮き上がり、僕はアメジストの瞳を真っ直ぐ見つめた。
「第一皇子グランツ・レイ・ルーチェ、僕のために死んで」
「申し訳ないけど、それはお断りだよ」
壁際に居る騎士達を気遣いつつ、第一皇子はこちらへ手を翳す。
どうやら、やる気のようだ。
「ジェラルド、最初で最後の警告……いや、お願いだ。今すぐ投降して、自分の罪を償っておくれ。そしたら、私も兄として力に……」
「兄?」
たかが血が半分繋がっただけの彼を見つめ、僕はパチパチと瞬きを繰り返す。
そして、フッと笑みを漏らした。
「僕は貴方を兄だと思ったことなんて、一度もありませんよ」
『ただ邪魔な障害物だとしか、思っていない』と告げ、僕は風魔法を放った。
頭、首、胸の三箇所に狙いを絞って。
『急所を一突きして終わらせる』と思案する中、風の刃は────結界で弾かれる。
それどころか、グルッと方向を変えてこちらに向かってきた。
な、なんだと……!?この男にそんな芸当出来る筈……!
『誰かが手を貸しているのか!?』と焦るものの……それらしい人物は見当たらない。
なので、一先ず新たに風の刃を作って相殺した。
『一体、何が起きているんだ……!?』と困惑する僕を前に、第一皇子は手を軽く握り締める。
と同時に、空気がおかしくなった。
比喩的な意味ではなく、物理的な意味で。
「っ……!息が……」




