皇帝の後悔
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「────だから、余はこれまでジェラルドに厳しく接することが出来なかった……」
『余のワガママで生まれてきた子だから……』と零し、エルピス皇帝陛下は表情を曇らせた。
かと思えば、ルーナ皇妃殿下の日記を眺めてそっと目を伏せる。
「だが、今思えばその対応は明らかに間違っていた。きちんと過去のことを問い質し、どうやって折り合いを付けるか……その指南をするべきだった」
『甘やかすだけではダメだった』と語り、エルピス皇帝陛下は苦悩に満ちた表情を浮かべる。
まさか、ルーナ皇妃殿下の命を奪ったのがジェラルドだったなんて……思いもしなかったのだろう。
たまたま、三人で暮らしていたところに魔物が現れ、ジェラルドのみ助かったという流れを期待していた筈だ。
「余は何故いつも手遅れになったタイミングで、間違いに気づくのか……」
『もっと早く気づいていれば……』と後悔するエルピス皇帝陛下に、グランツ殿下はスッと目を細める。
と同時に、立ち上がった。
「お言葉ですが、父上は────現実から、目を背けてきただけだと思います。間違いそのものには、かなり早い段階から気がついていて……でも、ソレを認めたら自分が苦しくなるから見ないフリをする。そうこうしているうちに間違いは表面化していき、やがて手遅れとなるのです」
項垂れるエルピス皇帝陛下へ厳しい言葉を投げ掛け、グランツ殿下は陛下の肩を掴んだ。
まるで、逃がさないとでも言うように。
「こうなったのは、全て貴方のせいです。『気づかなかった』なんて、言い訳……使わないでください」
不可抗力というものを正面から否定し、グランツ殿下は歯を食いしばる。
魔物の生成も、ジェラルドの不幸も……全て自分の父親から始まったことなのかと思うと、やるせないのだろう。
「……そう、だな。余が全て悪かった」
今にも泣きそうな顔でグランツ殿下を見やり、エルピス皇帝陛下は小さく肩を落とした。
他の誰でもない自分の息子に罪を突きつけられるのは、相当堪えたらしい。
それから、しばらく沈黙した。
が、何とか平静を取り戻し、こちらへ視線を向ける。
「それで────貴様らは余に何を求める?ジェラルドをどうしたいのだ?」
『余に協力してほしいことがあるのだろう』と問い、エルピス皇帝陛下は居住まいを正した。
なにやら覚悟を決めた様子の彼を前に、グランツ殿下は一つ深呼吸する。
そして、ゆっくりと跪いた。
「────皇位継承権剥奪の上、ジェラルドを僻地に幽閉することを許可してください」
『あの力を野放しにするのは危険すぎる』と主張するグランツ殿下に、エルピス皇帝陛下はスッと目を細めた。
「罪状はどうする?魔物とジェラルドを結びつける証拠でもあるのか?」
「いえ、それはまだ……ですが、度重なるバレンシュタイン公爵家への蛮行、並びに────謹慎中の無断外出を罪状とすれば、何とかなるかと」
「無断外出……?」
思わずといった様子で聞き返し、エルピス皇帝陛下は怪訝な表情を浮かべる。
────と、ここでずっと席を外していたルカが壁を通り抜けてやってきた。
「探すよう頼まれたアレ、離宮の脱衣場の天井裏に隠してあったぜ」
『物を通過出来る俺じゃなきゃ、見つからなかったかも』と零しつつ、ルカは軽く伸びをする。
「さすがにあのだだっ広い建物内を探し回るのは、疲れたぜ〜」
『途中で何度か迷子になるしよ〜』とボヤく彼に、グランツ殿下はゆるりと口角を上げた。
かと思えば、エルピス皇帝陛下の方へ向き直る。
「先日、公爵家の方に魔物が現れたのはご存知ですよね?」
「ああ、あれは災難だったな」
「実はその騒動のとき、怪しい人物が居たようでして……魔物を倒した後、公爵家の騎士が追い掛けたものの、転移魔法を使用され取り逃してしまったようなんです。ただ、その際バレンシュタイン公爵家の家紋が入った剣を投げつけたため、一緒に転移した可能性が高く……」
当時の状況を事細かに説明するグランツ殿下に対し、エルピス皇帝陛下は表情を硬くする。
「つまり、その剣がジェラルドの元にあれば……」
「はい、充分な証拠になるかと。まあ、ジェラルドは白を切るでしょうが。でも、バレンシュタイン公爵家の剣を隠し持っているのは、明らかに不自然。なので、これまでの問題行動と合わせて詰めれば、厳罰は免れないでしょう」
『最低でも、公爵家への窃盗と家宅侵入で罰せられる筈』と主張し、グランツ殿下はチラリとこちらを見た。
と同時に、父が懐から一枚の紙を取り出す。
「こちら、バレンシュタイン公爵家からの正式な抗議文になります」
『どうぞ』と差し出し、父はエルピス皇帝陛下の反応を窺った。
どことなく張り詰めたような空気が流れる中、陛下は素直に書類を受け取る。
「……分かった。全てグランツに任せよう」
さすがにここまで準備がいいと反対出来ないのか、エルピス皇帝陛下はこちらに全権を委ねた。
『好きにやりなさい』と述べる彼の前で、グランツ殿下は恭しく頭を垂れる。
「ありがとうございます。では、手始めにジェラルドの住む離宮を調べさせてもらってもよろしいでしょうか?」
『まずは物的証拠となる剣を見つけたい』という意向を示し、グランツ殿下は許可を待つ。
すると、エルピス皇帝陛下は一旦席を立ち、執務机のところまで行った。
かと思えば、直ぐに戻ってくる。
一枚の紙を持って。
「全面的に許可する」
調査を認める旨の書類を差し出し、エルピス皇帝陛下はそっと眉尻を下げた。
と同時に、グランツ殿下の肩へ手を置く。
「……あとは頼む。余では、どうしても感情的になってしまうからな」
『きっと、いい結果にならない』と語り、エルピス皇帝陛下は肩を握る手に力を込めた。
不甲斐ない自分を責めるように俯く彼の前で、グランツ殿下は一瞬だけ顔を歪める。
が、直ぐに笑顔へなった。
「お任せください、父上」
そう言うが早いか、グランツ殿下は書類を受け取り立ち上がる。
アメジストの瞳に、確固たる意志と覚悟を滲ませながら。
本当はグランツ殿下だって、辛いでしょうに……それでも、全てを引き受けるなんて強い人ね。
心の底からグランツ殿下を尊敬しつつ、私は『これ以上、彼が傷つきませんように』と願った。
いつも、『愛する婚約者に殺された公爵令嬢、死に戻りして光の公爵様(お父様)の溺愛に気づく 〜今度こそ、生きて幸せになります〜』をお読みいただき、ありがとうございます。
作者のあーもんどです。
本作はこれにて第二章完結となります。
第三章の執筆に伴い、しばらく更新をお休みします。
(ちなみに本作は第三章で完結予定です)
再開時期は恐らく、六月中になるかな?という予想です。
また、そのときは週一投稿になるかと思います。
(↑まだ可能性の段階ですが)
詳細が決まり次第、小説家になろう様の活動報告にて、お知らせしますね!
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