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皇帝の説得

「本当は私だって、連れて行きたくないんだが……またいつ魔物に襲われるか、分からないからな。目の届く範囲に居てほしい」


 『そうじゃないと、守れない』と零し、父は私の体を支える手に少し力を込めた。

先日の一件で過保護に拍車が掛かった彼に、私はパチパチと瞬きを繰り返す。

『そんな理由で一緒に謁見していいのか』と迷っていると、ルカが小さく肩を竦めた。


「嫌じゃないなら、OKしておけ。下手に遠慮すると、『なら、私も屋敷に残る』とか言って公爵様が謁見を蹴るかもしんねぇ」


 『娘のためなら約束を反故にするくらい、やってのけるだろ』と言い、ルカは首裏に手を回す。

半ば呆れたような表情を浮かべながら。


 た、確かに今のお父様なら有り得るかも……辺境に私も連れていったくらいだから。


 普段なかなか外出を許可してくれない父のことを思い浮かべ、私はゴクリと喉を鳴らす。

と同時に、真っ青な瞳を見つめ返した。


「分かりました。私も同行します」


 ────と、返事した三日後。

私は緑色のドレスに身を包み、父やグランツ殿下と共に皇城を訪れた。

護衛のイージス卿とルカを引き連れて前へ進み、エルピス皇帝陛下の居る執務室へ足を運ぶ。

すると、もう話は伝わっていたみたいで直ぐに中へ通された。


「久しいな、公爵。それにベアトリス嬢も。まあ、掛けたまえ」


 来客用のスペースにあるソファを手で示し、エルピス皇帝陛下は朗らかに笑う。

が、どことなく緊張している様子だった。

恐らく、グランツ殿下も一緒だからだろう。

『何を企んでいるんだ……』と警戒する彼を他所に、私達はソファへ腰掛ける。


 ……ごく自然にお父様の膝の上へ載せられてしまった。

これは指摘していいのかしら……?


 面食らった様子のエルピス皇帝陛下や皇国騎士団の者達を前に、私は少しばかり頬を紅潮させる。

なんだか居た堪れない気持ちになって俯いていると、父に優しく頭を撫でられた。


「陛下、我が娘をそのように見ないでください。人見知りな子なので、緊張してしまいます」


「えっ?あ、あぁ……それはすまなかったな」


 慌てて私から視線を逸らし、エルピス皇帝陛下は何とか表情を取り繕う。

騎士達も弾かれたように顔を上げ、コホンコホンと咳払いした。


「いえ、分かっていただければそれで構いません。ただ、次はありません」


 『二度目は故意と見做す』と釘を刺し、父はトントンと私の背中を叩く。

安心してここに居なさい、とでも言うように。


「それはそれとして、陛下。人払いをお願い出来ませんか?ここまで人目が多いと、落ち着いて話を出来ません」


「……分かった」


 スッと表情を引き締め、エルピス皇帝陛下は騎士達に下がるよう命じる。

『ここには、公爵が居るから護衛など不要だ』と言い聞かせ、人払いを済ませた。

なので、ここは私も含めて合計六人になる────筈が、ルカが居ない。


 あら?おかしいわね。皇城へ入るまでは、確かに居たのに。


 『散歩にでも行ったのかしら?』と内心首を傾げる中、エルピス皇帝陛下はじっとこちらを見据えた。


「して、話とはなんだ?いきなり謁見を申し込んでくるくらいだから、重要な案件なのだろう?」


 膝の上で手を組み、エルピス皇帝陛下は僅かに身を乗り出す。

『我々の仲だ、遠慮はいらない』と示す彼の前で、グランツ殿下が席を立った。


「その話は私からいたします」


 自身の胸元に手を添え、一礼するグランツ殿下はニッコリと微笑んだ。

と同時に、エルピス皇帝陛下は眉を顰める。


「……余は公爵に聞いておるのだ。謁見を許可したのはあくまで、公爵一家に対してだからの」


「そんなつれないことを仰らないでください、父上」


 実の父親に『お前と話すことはない』と言われても、グランツ殿下はめげずに食い下がった。

複雑な気持ちを覆い隠して。


「第一、父上だってお気づきでしょう?公爵は我々親子の話し合いの場を作ってくれただけで、本件にあまり関係ないと」


「……」


 クッと眉間に皺を寄せつつ、エルピス皇帝陛下は深い溜め息を零した。

かと思えば、おもむろにアメジストの瞳を見つめ返す。


「全く、どうやって公爵を懐柔したんだか……」


「ふふっ。気になりますか?」


 口元に手を当てて笑い、グランツ殿下はテーブルを迂回してエルピス皇帝陛下の元へ向かう。

そして、イージス卿から例の本を受け取ると、陛下に差し出した。


「どうぞ。こちらをお読みになれば、謎は解けると思いますよ」


「……なんだ、このボロボロな本は」


 お世辞にも綺麗とは言えないソレを見下ろし、エルピス皇帝陛下は腕を組む。

一向に受け取ろうとしない彼の前で、グランツ殿下はゆるりと口角を上げた。


「おや?そんな風に仰って、よろしいんですか?────これはルーナ皇妃殿下の日記だというのに」


「!?」


 カッと目を見開き、勢いよく本に飛びつくエルピス皇帝陛下は素早くページを捲った。

先程までのつれない態度が嘘のように、隅々まで本をチェックする。

あまりの変わり様に思わず唖然としていると、エルピス皇帝陛下はクシャリと顔を歪めた。


「……これは確かにルーナの字だ。文章の作り方や言葉選びも、全て彼女の特徴に一致する……」


 心の底からルーナ皇妃殿下を愛していたのは事実らしく、凄まじい観察眼を発揮する。

『嗚呼、なんてことだ……』と項垂れるエルピス皇帝陛下を前に、グランツ殿下は膝を折った。

下から覗き込むようにして陛下の顔を眺め、彼はキュッと唇に力を入れる。


「一つ確認させてください、父上────ルーナ皇妃殿下がご懐妊されたのは、皇室に代々伝わる秘薬(・・)の効果ですか?」


 神妙な……でもどことなく辛そうな面持ちで、グランツ殿下は質問を投げ掛けた。

すると、エルピス皇帝陛下は僅かに身を震わせ……やがて、ガクリと項垂れる。


「ああ、そうだ」


 観念したかのように正直に答え、エルピス皇帝陛下はゆっくりと顔を上げた。


「────アレはまだ結婚して間もない頃のことだ……」

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