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魔法薬

◇◆◇◆


 ────各々ジェラルドの過去に思いを馳せながら、眠った翌日。

私はルカの宣言通り、朝食の席で父から研究資料を託された。

全文エルフ語で書かれたソレを前に、私は苦笑を漏らす。


「えっと、確かに拝受いたしました。バハルやベラーノの力を借りて、あちらに渡しておきますね」


 椅子の足元で丸くなるキツネとトラを見下ろし、私は『お任せください』と述べた。

すると、父はどこか申し訳なさそうな様子で膝の上に載せた私を見る。


「ああ。悪いな、こんなことを頼んで。エルフとコンタクトを取れそうな存在が、精霊くらいしか思いつかなかったんだ」


「い、いえ……」


 罪悪感でいっぱいになりながら、私はソロリと視線を逸らした。

というのも、実際はルカ経由でタビアの元へ届けるため。

つまり、バハルとベラーノ(精霊)はカモフラージュ。

そして、そのカモフラージュとして利用させてもらっている彼らにも嘘をついていて……グランツ殿下を介して、タビアに渡すと言ってある。

『逆行前の繋がりを公爵様(お父様)に悟られないため』とか、なんとか言って。


 正直親しい人達に嘘をつくのは心が痛むけど、ルカの特性を考えると無闇に情報公開は出来ない……。

だから、ここは徹底的に隠さないと。


 などと考えていると、グランツ殿下がおもむろに目を揉む。


「とりあえず、研究資料の解析はこれでいいとして……次の課題は────父上の説得か」


 『これが一番の難問だなぁ……』と嘆きながら、グランツ殿下は僅かに表情を曇らせた。


「ルーナ皇妃殿下の日記の内容が事実なら、父上にとってジェラルドは好きな人との子供ということになる。それだけでも特別視するには充分な理由だが、更にジェラルドに対して負い目を感じている……生まれてから皇城へ来るまでの五年間、要らぬ苦労を掛けてきた訳だからね」


 『庇うのは目に見えている』と嘆息し、グランツ殿下は天井を仰ぎ見る。

寝不足もあってボーッとしている彼を前に、ユリウスは侍女からグラスを二つ受け取った。

緑色の液体が入ったソレを、グランツ殿下に一つ手渡し、明るく笑う。


「きっと、大丈夫ですよ。昨日あれだけ話し合って対策を考えたんですから、気楽に行きましょう」


 『今から不安になってもしょうがない』と諭し、ユリウスはグランツ殿下を励ます。

すると、父がおもむろに視線を上げた。


「いざという時は帝国の頭をすげ替えるだけですので、あまり気負いせずどうぞ」


「「……」」


 無言で顔を見合わせるユリウスとグランツ殿下は、何とも言えない表情を浮かべる。

『何でこの人はいつも、こうなんだ……』と項垂れつつ、静かに緑色の液体を飲んだ。

かと思えば、少しばかり眉を顰める。


「……『良薬口に苦し』とは言うけど、この魔法薬の味にはなかなか慣れないな」


「同感です。公爵様の無茶ぶりのせいで、最近はほぼ毎日飲んでますけど、未だに抵抗が……」


 口元を押さえて上を向き、ユリウスは『うぅ……』と呻く。

余程不味いのか涙目になる彼の前で、私はパチパチと瞬きを繰り返した。


 魔法薬って、確か魔法の籠った薬のことよね?

普通の薬草で作った薬より効力が強くて、効果内容も幅広い。

作り手の力量や魔法属性にもよるけど、一日だけ動物になれる変身薬とか、嗅覚を過敏にする強化薬とか作れるみたい。


 『無属性の私では作れないから、講義に出なかったのよね』と思いつつ、じっとグラスを見つめる。


「ユリウス達の飲んだ魔法薬は一体、何なの?」


 何の気なしに問い掛けると、ユリウスとグランツ殿下……ではなく、父が口を開く。


「あれは疲労回復効果のある魔法薬だ。徹夜してもアレを飲めば、元気になれる。まるで、きちんと休息を取った後のようにな」


「へぇー。元の世界(こっち)で言うエナジードリンクの強化版みたいなもんか」


 横で話を聞いていたルカは、『すげぇ』と素直に感心する。

────と、ここで何とか魔法薬を飲み切ったユリウスが顔を上げた。


「まあ、めちゃくちゃ高価な上、飲み過ぎると体に異常をきたすので大事なときしか使いませんけどね」


 『ちゃんと休んだ方が断然いいです』と言い切り、ユリウスは空いたグラスを侍女へ渡した。

グランツ殿下も同じようにグラスを片付け、『ふぅ……』と一つ息を吐く。

椅子の背もたれに寄り掛かってゆったりしている二人を前に、私はチラリと父の方を見た。


「お父様はお飲みにならなくても、よろしいんですか?」


 ユリウスやグランツ殿下と同様徹夜している筈なので、私は少しばかり心配になる。

『お父様も飲んだ方がいいのではないか』と思案する中、彼はフッと笑みを漏らした。


「私は大丈夫だ。たった一晩眠れなかったくらいで、体調を崩すほどヤワじゃない」


「ちょっと、待ってください!その言い回しだと、遠回しに私達のことを貶してません!?」


 『異議あり!』とでも言うように片手を挙げ、ユリウスは身を乗り出す。

が、父はどこ吹く風だ。


「そんなことより、ベアトリス。陛下の説得には、私も協力することになっているんだ」


「えっ?あの……私の話は!?」


「本当は殿下に全てお任せしたかったんだが……一人だと心許ない、と仰ってな」


「いや、まさかの無視ですか、公爵様……!」


 ユリウスはブンブンと大きく手を振って、自分の存在をアピールするものの……見事スルーされる。

取り付く島もないような父の対応に心が折れたのか、彼はグスグスと鼻を鳴らしながらパンをちぎった。

『私なんて、どうせどうせ……』といじける彼を他所に、グランツ殿下は口直しにスープを飲む。

と同時に、こちらへ視線を向けた。


「実はジェラルドの過去を聞きに行った際、父上の機嫌を損ねてしまってね。まず、謁見を許可されるかどうかも分からないんだ。だから、公爵も一緒に行ってくれた方が安心というか……少なくとも、謁見を拒否されることはないと思う」


 『公爵はそれくらい凄い存在だからね』と言い、グランツ殿下はニッコリと微笑んだ。

先程より顔色の良くなった彼を前に、父は優しく私の頭を撫でる。


「そういう訳だ。話し合いの席には、ベアトリスも同席する(・・・・・・・・・・)から準備しておくように」


「……えっ?」


 まさか、ここで自分の名前が出てくるとは思わず……目を白黒させる。

『何がどうしてそうなったの……?』と困惑する私を前に、父は小さな溜め息を零した。


「本当は私だって、連れて行きたくないんだが……またいつ魔物に襲われるか、分からないからな。目の届く範囲に居てほしい」

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