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ジェラルドの過去を知って

◇◆◇◆


 おもむろに本を閉じたグランツ殿下は、今にも泣きそうな顔で歯を食いしばった。

かと思えば、片手で自身の顔を覆う。


「まさか、そんなことが……」


 やるせないという感情を前面に出し、グランツ殿下はじっと足元を見つめた。

どことなく思い詰めた様子の彼を前に、私はルカと顔を見合わせる。


「一体、どんなことが書かれていたのかしら……?」


「さあな。でも、気持ちのいい話じゃないことは確かだ」


 『じゃなきゃ、こんな風にならない』と断言し、ルカは難しい顔つきで腕を組む。

────と、ここでグランツ殿下が顔を上げた。


「すまない……少し取り乱してしまった」


 『驚かせたね』と愛想笑いを浮かべ、グランツ殿下は何とか取り繕おうとする。

でも、無理をしているのは丸分かりだった。

『殿下がそれほどショックを受けるなんて……』とたじろぐ中、彼は真っ直ぐにこちらを見据える。


「それで、ルーナ皇妃殿下の日記の内容についてだけど……君達も知っておいた方がいいと思う」


「魔物に関する記述でもありましたか?」


 僅かに目を見開いて尋ねる父に、グランツ殿下は小さく頷く。


「ああ、それらしいものはあった。でも、それ以上に……ジェラルドの過去が克明(こくめい)に記されてあった。公爵からすれば必要のない情報かもしれないが、知ることで何か気づきを得るかもしれない。だから、一緒に知ってほしい」


 『ルーナ皇妃殿下は見られることを想定して、この日記を残したみたいだし』と言い、グランツ殿下は表情を引き締める。

確かな意志と覚悟を持って接してくる彼に対し、父はスッと目を細めた。


「分かりました。殿下がそこまで仰られるのなら、共に毒を呑みましょう」


「ありがとう。じゃあ、口頭で内容を説明するね」


 私やルカにも知ってもらうためか、グランツ殿下はそう申し出た。

再び本を開いて文面へ視線を落とし、ずっと謎に包まれていた五年間を(つまび)らかにしていく。

話が進むにつれ、この場に居る者達の顔色はどんどん悪くなっていき……やがて、先程のグランツ殿下のように表情を険しくした。


「────ということなんだ。それでここからは私の憶測になるけど、ルーナ皇妃殿下の言う『怪物』は恐らく魔物のことだと思う。だから……魔物を生み出していたのは、多分ジェラルドで……」


 グッと本を握り締め、悲痛の面持ちで俯くグランツ殿下は強く唇を噛み締めた。

こちらの想定以上に、ジェラルドと魔物の縁が深く……どうやって、この事実を受け止めればいいのか分からないのだろう。

『はぁ……』と深い溜め息を零す彼の前で、父はおもむろに後ろを振り返った。


「そろそろ日も暮れますし、引き返しましょう」


 『ここに居ても、これ以上の収穫はない』と主張し、父は先導を切る形で歩き出す。

すると、グランツ殿下やバハルもゆっくりと踵を返した。

そのまま馬車のところまで戻ってきた私達は、行きと同じ席順で乗り込み、辺境を去る。

そして、公爵家へ着く頃にはもう深夜0時を回っていた。


「ベアトリス、今日は食事と入浴だけ済ませて早く寝なさい。夜更かしは体に悪い」


「はい、お父様」


 コクリと頷いて父の腕から降りると、私は別館の侍女達に付き添われて部屋へ戻った。

『グランツ殿下とお父様はこれから話し合いみたいね』と考えつつ、私はさっさと寝る準備を終える。

満を持してベッドへ横になり、目を瞑るものの……やはり、眠れない。

気づけば、ジェラルドのことばかり考えている。

だって、今なら────彼の気持ちを理解出来るような気が、したから。


 ジェラルドにとって、愛や恋に縋り付く私はきっとみっともなく……ううん、醜く見えたんだと思う。

自分を長年苦しめてきた親の愛情が、親同士の恋心が、親との思い出が呼び起こされて……。

その証拠に、ジェラルドは私を殺すとき『愛だの恋だのくだらない』と言っていた。

『君を見ていると、無性に腹が立つ』とも……。


 当時のことを思い返し、私はなんだかとても悲しい気持ちになった。

以前まではこの記憶を呼び起こす度、恐怖と不安でいっぱいになっていたのに……今はそれよりも同情が(まさ)る。

『一度は愛した人だから、かな……』と思案しながら、私はそっと眉尻を下げた。


「ジェラルドが私を殺した本当の理由は……その根底にあるものは、“自分の嫌悪しているものが一生ついて回る人生”から解放されること」


 『自分を長年苦しめてきたものから、遠ざかりたい』という思いは、痛いほど理解出来る。

私も逆行前、ジェラルドの手を取ったときは……未来の皇后になることを決意したときは、同じ心境だったから。

とにかく、家から出たい……逃げたいって、思っていた。


 『もちろん、彼を愛していたからというのもあるけど』と思いつつ、私は天井に向かって手を伸ばした。

すると、黒髪の男性が顔を覗き込んでくる。


 あら?ルカがどうして、ここに?グランツ殿下達の話し合いに同席した筈じゃ……?


 『もしかして、もうお開きになったのか』と困惑する中、ルカは人差し指で何かを弾くような動作をした。

その途端、私の額に僅かな衝撃が走る。

まるで、おでこを指で弾かれたような痛みだ。


「な、何……?」


 思わず声を上げると、ルカは心底呆れた様子で肩を竦めた。


「バーカ、何許しそうになってんだよ」


「えっ?」


「その顔にバッチリ書いてあんぜ。『ジェラルド(第二皇子)にも事情があったんだ、なら仕方ない』って」


「!?」


 ハッとして大きく目を見開く私は、自身の胸元に手を添え心境の変化を悟る。

『無意識のうちに恐怖や不安を呑み込もうとしていた……』と愕然とする中、ルカはスッと目を細めた。


「確かにあいつの生い立ちは、可哀想だ。情状酌量の余地くらいは、あるかもしんねぇ。でも、それだけだ」


 キッパリとした口調でそう言い放ち、ルカは少しばかり顔を近づけてきた。

かと思えば、私の額あたりを指さす。


「いいか?お前はあくまで被害者。あいつにとっての加害者は親であり、お前じゃない。だから、その事情を汲んでやる必要はどこにもないんだ」


 “許さない”ことによる罪悪感や後ろめたさを解消するように、ルカは『それとこれは違う』と諭した。

大きく息を呑む私の前で、彼はおもむろに体を起こす。


「ベアトリスはもっと、自分の嫌だったことや悲しかったことに目を向けるべきだ。自分の痛みより他人の痛みに共感するのは、やめろ。そっちを優先するな」


 『自分中心に考えろ』と言い聞かせ、ルカは自身の腰に手を当てた。

と同時に、大きく肩を竦める。


「他人のお涙ちょうだいエピソードなんて、『へぇー。そうですかー。それは大変でしたねー』くらいの温度感(ノリ)で流せばいいんだよ。所詮、他人事なんだから」


 『そこまで真剣に取り合う必要はない』と主張し、ルカはフッと笑う。

どこか呆れたような……でも、こちらを思っていることが分かる笑みに、私は肩の力を抜いた。


「ありがとう、ルカ。おかげで、少し冷静になれたわ。ちょっと、ジェラルドの過去に共感し過ぎたみたい」


 『もっと自分を強く持たなきゃ』と危機感を抱きつつ、私は表情を和らげる。

すると、ルカはガシガシと頭を搔きながらそっぽを向いた。


「分かればいいんだよ、分かれば」


 そう言うが早いか、ルカは風魔法でベッドのシーツを浮かせ、私の上に被せる。


「そういう訳で、余計なことは考えずさっさと寝ろ」


 『また魔法で寝かせるぞ』と半ば脅し、ルカは両腕を組んだ。

相変わらずぶっきらぼうで……でも凄く優しい彼を前に、私は『ふふっ』と小さく笑う。


「ルカって、なんだか母親みたいね。私のお母様も生きていたら、今頃こんな風に寝かしつけてくれていたのかしら?」


「さあな。俺はお前の母親について、知らねぇーから何とも言えねぇ……てか」


 そこで一度言葉を切ると、ルカはまたもや魔法で私の額を弾いた。


「────俺を母親扱いするんじゃねぇ……これでも、一応男だぞ」


 『さすがにオカン認定は癪だ』と言い放ち、ルカは手で口元を覆う。


「……少しは異性だってこと、意識しろよな」


 『今はこんな体だけどよ……』とブツブツ文句を言いつつ、ルカはこちらに背を向けた。

かと思えば、チッ!と舌打ちする。


「ガキ相手に何やってんだ、俺は……精神年齢は大人だけど、絵面的に問題あんだろ」


 何やら葛藤を繰り広げている様子のルカは、独り言を零しながら項垂れた。

と同時に、大きく息を吐く。


「……俺、そろそろグランツ達のところ戻るわ」


「あら、まだ話し合いは終わってなかったのね」


「ああ。ベアトリスの様子が見たくて、少し抜け出してきたんだ」


「そうだったの。わざわざ、ありがとう」


 『心配を掛けちゃったわね』と肩を落とす私に、ルカはフルフルと首を横に振る。

俺がしたくてやったことだから気にすんな、とでも言うように。


「んじゃ、おやすみ」


 こちらに背を向けたままヒラヒラと手を振り、ルカは床へ沈んでいく。

が、何かを思い出したかのように首から上を出した状態で静止し、こちらを振り返った。


「あっ、そうだ。一個だけ、先に伝えておくわ」


 『いきなりだと、驚くだろうし』と述べつつ、ルカはチラリと窓の外を見る。


「多分、明日────公爵様から研究資料の解析をタビアに依頼するよう、頼まれると思う」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「共感したからと言って許す必要はない」というのがいい。 大体の場合、優しいからとかかわいそうとかで許さないといけないようになってしまいがち。でも、情状酌量はまた別問題。予想してきっちり知ら…
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