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結婚《ルーナ side》

◇◆◇◆


 ────今から約八年ほど前のこと。

私はハメット侯爵家の当主たる父に呼び出され、ある事実を突きつけられた。


「なっ……!?政略結婚なんて、そんなの困ります!私は成人したら家を出て恋人のところに嫁ぐ、と再三言っていたじゃないですか!お父様だって、納得してくれていた筈です!」


 執務机に手を突く形で身を乗り出し、私は『話が違う!』と喚く。

癖毛がちな桃髪を振り乱しながら。


「仕方ないだろう。陛下たっての願いなのだから」


 『聞き入れる他ない』と言い放ち、父はこちらの反論に一切耳を貸さなかった。

相変わらず一方的で独善的な彼を前に、私は歯を食いしばる。


「とにかく、私は絶対に嫁ぎません!」


 皇帝陛下からの求婚と言えど、私の心は変わらない。

夫にしたいと思うのも、生涯支えたいと思うのも恋人のアッシュだけ。

『他の殿方なんて有り得ないわ!』と考える中、父は眉間に皺を寄せる。


「そんな勝手が許されると思うのか」


「勝手なのは、どちらですか!」


「貴族としての義務を果たそうとしないお前の方だろう」


 淡々とした口調でそう言い放つ父に、私は思わず乾いた笑みを零した。


「貴族?これまで、私を侯爵令嬢として扱ってくれたことなんてありませんよね?庶子(・・)だからとろくに食事も与えず、部屋へ閉じ込めて……それなのに、貴族としての義務を果たせ?理不尽にもほどがあります!」


 『都合のいいときだけ貴族扱いして……!』と眉を顰め、私は鋭い目付きで父を睨みつけた。

が、あちらは顔色一つ変えない。


「だが、これまで育ててやった恩はあるだろう?誰のおかげでこんなに大きくなれたと思っているんだ?」


「必要最低限の生活を保証した程度で、育ててやった気になるなんてお父様は本当に傲慢ですね……!」


 『有り得ない!』と非難すると、私は身を翻した。

ここで何を言っても、無駄だと思って。


 予定より少し早いけど、恋人のところに行きましょう。

駆け落ちのような形になってしまうけど、この際そんなの気にしていられないわ。


 『今夜にでも、侯爵家を去ろう』と決意し、私は執務室の扉を開けた。

と同時に、絶句する。

だって、そこには────皇室の騎士がズラリと並んでいたから。

『まさか……』と青ざめる私を前に、父はゆっくりと席を立つ。


「お前の行動パターンは把握済みだ。どうせ、家出でもしようと思っていたんだろう」


「……」


「だから、皇室からの迎えが来るこの日に結婚を伝えたんだ。話を終えたら、即行で皇城へ行くようにな」


 逃げ場などないことを突きつけ、父は『どうぞ、連れて行ってください』と皇室の騎士に声を掛けた。

すると、騎士達は困ったように顔を見合わせるものの……『仕事だから』と、私をどこかへ連れていこうとする。

が、私は断固拒否。

何とか扉を閉めようと画策し、目いっぱいドアノブを引っ張った。

────と、ここで背中に強い衝撃を受ける。


「きゃっ……!?」


 突然のことで踏ん張れず、私は派手に転んだ。

じんじんと痛む腕や顔を押さえ、私はゆっくり後ろを振り返る。


「お、お父様何を……」


 これまでさんざん酷いことをされてきたが、暴力を振るわれたのは初めてだったため、私は狼狽えてしまう。

困惑を隠し切れない私の前で、父は皇室の騎士へ目を向けた。


「陛下へ献上するにあたり不都合がなければ、どのような扱いをしても構いません。どうぞ、拘束でも何でもして連れて行ってください」


 『好きにしていい』と告げる父に、皇室の騎士は言葉を失った。

が、激しく抵抗する私を連れていくにはこれくらいしないといけないと判断したのか、縄を取り出す。

そして、あっという間に身柄を拘束すると、馬車に詰め込んで出立した。


 これでは、まるで罪人のようね……とても、輿入れする女性には見えないわ。


 などと考えている間に皇城へ到着し、私は離宮に閉じ込められる。

見たこともないような豪華な室内を前に、私はポロポロと涙を零した。

どんなに金を積まれても、どんなにいいものを宛てがわれても……心は満たされないから。

『嗚呼、アッシュ……』と嘆く中、私の夫となる人物が部屋を訪れた。


「ルーナ、突然の求婚にも拘わらず応じてくれて感謝す……えっ?」


 ソファの上で号泣している私を見て、エルピス・ルーモ・ルーチェはたじろいだ。

かと思えば、慌てた様子で駆け寄ってくる。


「ど、どうしたのだ!?誰かに何かされたのか!?」


 心配そうにこちらを覗き込み、エルピス皇帝陛下はそっと眉尻を下げた。

と同時に、こちらへ手を伸ばす。

恐らく、私を慰めようと頭でも撫でるつもりだったのだろう。

でも────


「元はと言えば、全部貴方のせいじゃない!」


 ────私は彼の優しさを拒絶した。

愛する人以外に触られるなんて、考えられなくて。


「貴方が私に求婚なんてしなければ、こんな目に遭わなかったのに……!どうして、私の幸せを邪魔するの……!」


 金切り声でヒステリックに喚き散らすと、エルピス皇帝陛下は目に見えて動揺を示した。


「なっ……?えっ?快く求婚を受け入れてくれたんじゃなかったのか?」


「そんな筈ないじゃない!私には、もう心に決めた人が居るんだから……!」


「!?」


 ショックを受けた様子で固まり、エルピス皇帝陛下は大きく瞳を揺らした。

どうやら、実情を知らなかったらしい。


 きっと、お父様が上手いこと言ったのね……なら────まだ希望はあるかもしれない。

きちんとこちらの事情を話して、説得すれば……。


 『陛下から結婚を白紙に戻してくれるんじゃ……』と期待し、私は涙を拭った。

と同時に、大きく深呼吸する。


「取り乱してしまって、申し訳ございません。陛下にお話したいことが、あります」


 そう言って、私はこれまでのことを全て説明した。

駆け引きとか、取り引きとかそんな言葉は一切知らなかったから。

『正直に話せば、分かってくれる』という可能性に賭けるしかなかった。

でも、現実とは無情なもので……


「申し訳ないが、結婚を白紙に戻すことは出来ない。望まぬ結婚を強いるのは心が痛むが、これはもう決定事項なんだ。覆すことなど、出来ない」


 エルピス皇帝陛下は最後の希望を打ち砕いた。

『諦めて余の傍に居てくれ』と乞う彼に、私は絶望する。


 私はずっとアッシュと結ばれることだけを夢見て、生きてきたのに……それすら、叶わないの?


「私が何をしたって、言うのよ……」


 唯一の幸福を手にすることも許されず……私は目の前が真っ暗になった。

『これから、どうすればいいの……』と嘆く中、エルピス皇帝陛下はそそくさとこの場を立ち去る。


 ────それから、私はずっと『何もしない』という日々を繰り返した。

別に実家や皇室へのあてつけとしてやった訳じゃなくて、本当に何のやる気も出なかったから。

ベッドから起き上がるのも億劫で、まるで病人のような生活を送る。

そのため、当然結婚式や初夜は実行出来ず……入籍だけ済ませる形となった。

表向きには、『身内のみで結婚式を執り行い、初夜も無事に終わった』ということになっているが。

でも、私にはそんなのどうでも良かった。


 何で私、生きているんだろう……?

アッシュと結ばれないなら、必死に頑張る必要はないんじゃないかしら……?


「これ以上、彼を裏切らないためにも死んだ方が……」


 アッシュに対する罪悪感と後悔を胸に、私はゆっくりと身を起こした。

ベッド脇にあるタンスの上へ手を伸ばし、花瓶を手に取る。

『これを割って、その破片で首を切れば……』と思案していると、不意に腕を掴まれた。


「待ってくれ、ルーナ……」


 懇願するような声色でそう言い、私の腕を引くのはエルピス皇帝陛下だった。


「すまない。そこまで思い詰めていたなんて、思わなかったんだ。いつかはその恋人を諦めて、余のことを思ってくれると信じていた」


 クシャリと顔を歪めながら、エルピス皇帝陛下は目尻にうっすら涙を浮かべる。


「余はルーナを死なせたい訳じゃない……だから────そなたが望むなら、自由を与えよう」


「!!」


 ハッとして顔を上げると、エルピス皇帝陛下は寂しげな笑みを浮かべた。


「恋人と結ばれるのも、皇城から出るのも全て好きにするといい。無論、ルーナの実家や皇室から人を派遣して監視したり、連れ戻したりすることはない。余が責任を持って、監督しよう。その代わり、一つだけ余の願いを叶えてほしい」


「……なん、でしょう?」


 『無理難題を突きつけられるのではないか』と警戒しつつも、私は僅かな希望を抱く。

どうせまた裏切られるかもしれないが、それでも……アッシュと結ばれる可能性を諦め切れなかった。

『無理なら、この命を絶つまで』と覚悟を決める私の前で、エルピス皇帝陛下はスッと目を細める。


「最後にルーナとワインでも飲みながら、ゆっくり話がしたい。夫婦としての思い出を作りたいのだ」

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