辺境
「分かりました。そこまで仰るのなら、案内しましょう」
────と、宣言した一週間後。
私達は空飛ぶ馬車に乗って、辺境へ足を運んだ。
バハルやベラーノ、イージス卿も仲間に加えて。
さすがに置いていく訳には、いかなかったのよね。私も行くことになったから。
『お父様の傍に居るのが一番安全』ということで、しばらく行動を共にするよう言われたのだ。
また魔物の襲撃を受けないとも、限らないため。
『お父様と一緒なら、大抵どうにかなるものね』と苦笑しつつ、私は馬車から降りる。
と同時に、そっと目を伏せた。
「この森……枯れてますね」
もう夏だというのに葉っぱ一つ付けていない木々に、私は眉尻を下げる。
二年前に起きた大厄災の余波が、まだ残っているんだと気づいて。
「ここら辺に精霊は全く居ないわね」
「これだけ自然を破壊されたら、そうもなるだろう」
精霊たるバハルとベラーノはどことなく暗い面持ちで周囲を見回し、嘆息する。
『全く自然の力を感じられない』と零す彼らの前で、父はそっと私を抱き上げた。
かと思えば、後ろを振り返る。
「ここから、しばらく歩きます。はぐれないよう、しっかりついてきてください」
淡々とした口調でグランツ殿下にそう告げると、父はさっさと歩き出した。
過去の記憶と照らし合わせているのか、周囲を見回しながら進んでいく。
かなり奥まった場所に来ちゃったけど、大丈夫かしら?
見渡す限り木しかない空間に、私は少しばかり不安を覚える。
────と、ここで父が不意に足を止めた。
「ここだ」
そう言って、僅かに身を屈める父は足元の土を撫でる。
「どうやら、魔物の能力で腐食されたみたいだな。木造だったから、跡形もなく消え去っている」
『若干その名残りはあるが』と述べ、父は一部変色した砂を手に取った。
恐らく、ソレが小屋の成れの果てなんだろう。
「参ったな……完全に無駄足となってしまったみたいだ」
『まさか、小屋自体残っていないなんて……』と嘆き、グランツ殿下は額に手を当てる。
大切な手掛かりを失い途方に暮れる彼の前で、イージス卿がじっと私達の足元を見つめた。
頻りに首を傾げながら。
「どうかしたの?イージス卿」
気になって質問を投げ掛けると、彼は不意にこちらを見た。
「いや、大したことではないんですが、その辺から妙な気配……というか、力を感じて」
ちょうど父と私の真下を指さし、イージス卿は『気のせいかもしれませんけど』と零す。
でも、彼の勘の良さはこの場に居る全員が知っているため、弾かれたように顔を上げた。
「イージス、掘ってみろ」
素早くその場から避ける父に対し、イージス卿はコクリと頷く。
「了解です」
膝を折って地面へ手を伸ばし、イージス卿は『この辺かな?』と穴を掘っていった。
すると、十センチほど深く掘ったところで────半透明の壁にぶつかる。
「あっ、多分これです。俺が感じていた力の正体は」
「掘り起こせ」
「はい」
いそいそと土を掻き分け、イージス卿はちょっとしか見えなかった半透明の壁……結界を引っ張り出した。
拳サイズのソレを手のひらに載せ、彼はこちらを振り返る。
「なんか、中に指輪が入っていますね」
「貸してみろ」
父はイージス卿から球体型の結界を受け取ると、まさかの片手で握り潰した。
唖然とする周囲を他所に指輪を確認し、スッと目を細める。
「これは恐らく────収納型魔道具の一種だな。まあ、中に保管出来るのはせいぜい机の引き出し一つ分くらいだろうが」
『そこまで容量は多くない』と補足しつつ、父は指輪を人差し指に嵌めた。
かと思えば、じわじわ魔力を込めていく。
「……これだけでは、開かないか」
「何か特定の所作をしないといけないみたいだね」
横から父の手元を覗き込み、グランツ殿下は『宝石の部分を押すとか?』と呟く。
そして、何の気なしにその方法を試すと────指輪の上に白い靄のようなものが現れた。
丸のような形のソレを前に、グランツ殿下は
「どうやら、正解だったようだね」
と、笑う。
と同時に、その白い靄へ手を突っ込もうとした。
が、父に腕を掴まれる。
「やめてください。何か罠でも仕掛けてあったら、どうするんですか」
「おや?心配してくれるのかい?」
「怪我の責任を負うのが、嫌なだけです」
ピシャリとそう言い放ち、父はイージス卿にグランツ殿下を見張るよう指示した。
かと思えば、自分が白い靄に手を突っ込む。
「いや、何で公爵様が率先して危険を犯してんだよ……イージスにやらせろよ」
『普通、逆じゃん』と呆れ、ルカは小さく頭を振った。
やれやれと言わんばかりの表情を浮かべる彼の前で、父はゆっくりと手を引く。
「……何かの資料と本、か?」
収納型魔道具から取り出したものを見下ろし、父は怪訝そうに眉を顰めた。
恐らく、資料の方は全く知らない言語で書かれており、読めないからだろう。
『誰のものだ?』と頭を捻る彼の前で、私はあることに気がつく。
「お、お父様……ここに────『ルーナ』って、書かれています」
本の右下あたりを指さすと、父やグランツ殿下は急いでソレを確認する。
「ちょっと消えかかってはいるが、これは確かに……」
「ルーナ、と書かれているね」
どことなく緊張した面持ちで本を見つめ、グランツ殿下はゴクリと喉を鳴らした。
かと思えば、こちらへ手を伸ばす。
「中身を確認させてもらっても、いいかな?」
「危険は特になさそうなので、構いませんが……後悔のないようにしてください」
故人の遺品を検めるというのは、非常にデリケートなこと。
親族と言えど、踏み込んでいけないことはあるし、その結果傷つくことだって有り得る。
特に今回の場合は……。
だって、あんな強力な結界で守られている上、魔道具に収納されていたのよ?
絶対、只事じゃないわ。
『何か重要な情報が隠されている筈』と確信する中、グランツ殿下は迷わず本を手に取った。
「分かっている。知る覚悟は出来ているよ」
凛とした面持ちでそう宣言し、グランツ殿下は本を開く。
と同時に、少し目を見開いた。
「これは……ルーナ皇妃殿下の日記みたいだね」




