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父の知っていること

「ジェラルドについて知っていることがあれば、教えてほしい。特にあの大厄災のときにジェラルド関連で、何か変なことはなかったかい?」


 魔物との関係性を見極めるためにも、グランツ殿下は大厄災のエピソードを求めた。

アメジストの瞳に、不安と焦りを滲ませながら。

恐らく、『何もなければいいのに』という想いを捨て切れないのだろう。

どことなく緊張した面持ちでこちらを見つめる彼に対し、父は


「殿下の求めている情報かは分かりませんが、私はあの大厄災で────第二皇子と一度、お会いしています」


 と、答えた。

その瞬間、私達は顔を見合わせて大きく瞳を揺らす。

いよいよ、ジェラルドと魔物の関係性が現実味を帯びてきて……動揺を隠し切れなかった。


「……これまでは単なる状況証拠しかなくて確信を持てなかったけど、公爵様の話によっては白黒ハッキリつくな」


 ルカはゴクリと喉を鳴らしつつ、どんな真実が語られるのかと身構える。

緊張のせいか強く手を握り締める彼の前で、グランツ殿下は居住まいを正した。


「その話、是非詳しく聞かせてほしい」


「構いませんが、その前に教えてください。何故このようなことをお聞きになるんですか?殿下のことですから、単なる好奇心ではありませんよね?」


 『貴方は他人の過去を根掘り葉掘り聞くような人物じゃない』と主張し、父は不審感を前面に出した。

訝しむような表情を浮かべる彼に対し、グランツ殿下は一瞬考え込むような動作を見せる。

が、何かを決意したように顔を上げた。


「失礼。こちらの目的を告げずに、あれこれ聞くのはマナー違反だったね。きちんと説明するよ。ただし、他言無用だ。これはまだ憶測の域を出ない話だから」


 唇に人差し指を押し当て、グランツ殿下は『秘密にしてね』と念を押す。

そして、父の承諾を確認してから話し始めた。


 さすがに逆行のことは伏せているみたいだけど、ジェラルド関連の情報は全て共有しているわね。

先日の魔物襲撃に関わっているかもしれない点も含めて。


「なるほど……ベアトリスの居る場所を危険に晒した身のほど知らずは、第二皇子でしたか。つくづく忌まわしいやつだ」


 父は眉間に深い皺を刻み、嫌悪感と不快感を露わにした。

ここまで怒るのは、マーフィー先生の一件以来である。


「……あのとき、切り捨てておくべきだったか」


 独り言のようにボソッと呟き、父は額に青筋を浮かべた。

────と、ここでグランツ殿下が片手を挙げる。


「えっと、さっきも言ったけど、ジェラルドと魔物の関係性はまだハッキリしていないんだ。だから、もう少し冷静に……」


「なれると思いますか?妻の忘れ形見を失っていたかもしれないのに。たとえ、可能性の段階でも限りなく黒に近いやつなら敵意を抱いて当然です。ましてや、相手はあの第二皇子……」


 おもむろに肘掛けを掴み、父はギシッと奥歯を噛み締める。


「何度もベアトリスへ手を出してくる男だと知っていたら────助けなかったのに」


 恨みがましい口調で後悔の念を吐き出し、父は肘掛けを握り潰した。

私の体を支える方の手は、驚くほど優しいのに。

『感情が昂っていても、そこは調整してくれているのね』と目を見開く中、グランツ殿下は苦笑を漏らす。


「まあ、公爵の怒りは御尤もだね。ところで、『助けなかったのに』というのはどういう意味だい?」


 コテリと首を傾げて尋ねてくるグランツ殿下に、父は大きく息を吐く。

まるで、気持ちを落ち着かせるかのように。


「……実は大厄災のとき────特に魔物の多かった辺境で、第二皇子を保護したんですよ」


「「「えっ?」」」


 思わず声を揃えてしまう私達は、パチパチと瞬きを繰り返した。

どうにも、訳が分からなくて。


 グランツ殿下の仕入れた情報から皇城じゃない場所で暮らしていたのは、分かっていたけど……辺境って。

いや、普段は別の場所で暮らしていてそのときたまたま辺境に居たのかもしれないけど。

でも、皇族が辺境へ足を運ぶなんてあまり考えられない。


 『視察でもなければ、来ないわよね』と悶々としていると、グランツ殿下が口を開く。


「ジェラルドだけかい?ルーナ皇妃殿下は?」


 『多分、一緒に居る筈なんだけど』と零すグランツ殿下に、父は悩むような素振りを見せた。

恐らく、答えるべきか否か迷っているのだろう。


「……これはあまり周囲に広めてほしくないですが」


「大丈夫だよ。ここで話したことは基本、私達の胸に仕舞っておくつもりだから」


 『面白半分に事実を公表する気はない』と断言し、グランツ殿下はテーブルの上で両手を組んだ。

と同時に、少し身を乗り出す。


「だから、教えてほしい。ルーナ皇妃殿下の身に何があったんだい?」


「私も詳しいことは分かりませんが────ルーナ皇妃殿下は魔物に襲われ、とある小屋の中で亡くなっていました(・・・・・・・・・)


「亡くなって、いた……?」


 思わずといった様子で聞き返すグランツ殿下に、父は『はい』と迷わず頷いた。


「あと、小屋から少し離れた場所に見知らぬ男性の遺体もありましたね。魔物の能力でかなり腐敗が進んでいたため、身元を特定することは出来ませんでしたが、恐らく────エルフだったと思います」


「「「!?」」」


 ここでまさか、エルフが話題に出るとは思わず……言葉を失う。

『どうして、そんなところに……』と戸惑い、口元を押さえた。


「大厄災を解決するため、出張ってきた……?いや、あいつらは基本家族や仲間のことにしか興味ない筈……世界滅亡でもない限り、こちらへ手を貸すことなんて……」


 『たまたま居合わせたのか?』と頭を捻り、ルカは前髪を掻き上げる。

あまりにも違和感のある出来事に、頭を悩ませているようだ。

そんな彼の前で、グランツ殿下は目頭を押さえる。


「男性のことは一旦置いておくとして……ルーナ皇妃殿下の死因は病気じゃなかったのか」


「ええ。あれは明らかに魔物の手で、殺されていました」


「そうか……」


 『言われてみれば、葬式で棺桶は閉まったままだったな』と零し、グランツ殿下は大きく息を吐く。


「死因を誤魔化したのは、やっぱり皇城の敷地内に居なかったことを隠すためかな?」


「恐らく。私も詳しいことは分かりませんが」


 『興味もなかったので』と述べ、父は肩を竦める。

多分ずっと違和感はあったものの、巻き込まれたら面倒だったので放置してきたのだろう。


「隠すということは、何かやましいことがあったんだろうけど……これだけじゃ、分からないな」


 『情報が少なすぎる』と言い、グランツ殿下は口元に手を当てた。


「公爵、忙しいところ申し訳ないけど────ルーナ皇妃殿下の亡くなった小屋へ、案内してくれないかい?調べれば、何か分かるかもしれない」


「それは構いませんが……もう二年も前のことですし、陛下が裏で手を回して手掛かりを握り潰している可能性もあります。正直、あまり情報は期待出来ないかと」


 『行くだけ無駄じゃないか』と説く父に、グランツ殿下はどこか悲しげな笑みを浮かべる。


「それでも、行ってみたいんだ。ジェラルドの過去へ近づくために」


 『暮らしぶりを知るだけでもいいから』と食い下がり、グランツ殿下はそっと眉尻を下げた。

懇願するような目で見つめてくる彼を前に、父は一つ息を吐く。


「分かりました。そこまで仰るのなら、案内しましょう」

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