ヒント《グランツ side》
「用件を聞こうか、我が息子よ」
寝室に押し入るなんて今までなかったからか、父は少しばかり表情を硬くする。
『どんな話をされるのか』と身構える彼の前で、私は手に持った資料を差し出した。
「単刀直入に言いますね────ジェラルドについて、知っていることを全て教えてください。生まれてから、表舞台に立つまでの五年間を特に」
「!!」
ハッとしたように息を呑む父は、調査資料と私の顔を交互に見つめる。
『いつの間にこんなことを調べて……』と狼狽えつつ、唇を引き結んだ。
「……余から言えることは何もない」
案の定とでも言うべきか、父は回答を拒否した。
『本人に聞きなさい』と告げる彼を前に、私は少し身を乗り出す。
「父上も薄々気づいている筈です。ジェラルドは普通じゃない……何かとんでもない事実を隠している。ソレを暴くためにも、過去のことが知りたいのです」
『いい加減、口を割ってほしい』と頼み込む私に対し、父は小さく首を横に振る。
「ならん」
「どうしてですか?」
「……それを説明してやる義理はなかろう」
「それでは、納得出来ません。大体、何故父上はそこまでジェラルドに肩入れするのです?早くに母親を亡くしたからですか?」
『それにしたって、贔屓し過ぎだと思うが……』と訝しみ、私は父の真意を探ろうとする。
が、依然として彼は真実を語らない。
「どうとでも解釈しろ。余の口からは何も言えない」
どことなく思い詰めた様子でそう語り、父は席を立った。
「用件がそれだけなら、もう帰ってくれ」
壁際に待機していた騎士へ目配せし、父はさっさと踵を返す。
取り付く島もないあしらい様に、私は焦りを覚えた。
『収穫なしで帰るなんて、出来ない』と。
「お待ちください。まだ話は……」
「グランツ殿下、申し訳ございません。お引き取りください」
そう言って腕を掴んでくる騎士に、私は『離してくれ』と頼む。
が、聞き入れられる筈もなく……そのまま、追い出された。
パタンと閉まる扉を前に、私は『はぁー……』と大きく息を吐く。
結局、空振りか……もう少し粘っても良かったけど、あまりしつこくすると騒ぎになってジェラルドの耳へ入るかもしれないし、ここら辺で引くべきだろう。
『時間を置いてもう一度尋ねるか』と考えつつ、私は自分の部屋へ帰ろうとする。
でも、もう一人当時の状況を知る人物が居ることに気づき、行き先を変えた。
そして、向かったのは────私の母であり、皇后であるアンジェラ・ベル・ルーチェの居る部屋。
「────あら、珍しいわね。貴方から、訪ねてくるなんて」
『どういう風の吹き回しかしら』とサンストーンの瞳を細め、母は快く部屋に招き入れてくれた。
艶やかな紺髪を揺らしてソファに腰掛ける彼女の前で、私も着席する。
と同時に、ジェラルドの不審な行動や父の対応を全て話した。
その上で、何か知っていることはないかと尋ねる。
「う〜ん……そうね、私は確かに色々知っているけれど……陛下に口止めされているから」
唇に人差し指を当て困ったように笑う母は、侍女の淹れた紅茶へ手を伸ばす。
「とはいえ、あの子を警戒するグランツの気持ちもよく分かるわ。正直、私も放置は出来ないと思っている」
紅茶を一口飲んで『ふぅ……』と息を吐き出し、母はサンストーンの瞳に憂いを滲ませた。
かと思えば、真っ直ぐにこちらを見据える。
「だから、ヒントはあげましょう」
しゃんと背筋を伸ばして微笑み、母はティーカップをソーサーの上に戻した。
「まず、貴方の気にしている五年間についてだけど────私もよく知らないの。恐らく、陛下もね」
「えっ……?父上も……?」
まさか一切情報を持っていないとは思わず、私は目を見開いた。
『そんなこと有り得るのか……?』と困惑する私の前で、母はふと天井を見上げる。
「私達がちゃんとあの子を……ジェラルドを見たのは、ルーナ皇妃の葬式より少し前よ」
「……それまではずっと離れて暮らしていた、ということですか?」
「ええ、そうなるわね」
「一体、何故……?」
堪らず疑問を投げ掛けると、母は小さく首を横に振る。
「それは私の口から、言えない」
「そ、そこを何とか……」
どうしても気になって食い下がり、私はじっとサンストーンの瞳を見つめた。
すると、母は躊躇いがちに口を開く。
「強いて言うなら……陛下の愛し方が間違った結果、かしらね」
「愛し方……?」
「申し訳ないけど、それ以上は何も言えないわ」
『本人に直接聞きなさい』と促し、母は席を立つ。
どうやら、話はここでおしまいらしい。
『そろそろ寝るわ』と告げる彼女を前に、私は少し身を乗り出す。
「では、別の話でも構わないのでジェラルドの過去に繋がりそうなことを……ヒントを教えてください」
さすがに抽象的すぎて全体像を掴めず、私は『何でもいいから情報を』と強請った。
いつになくしつこい私に対し、母は少し驚いたように目を剥く。
「貴方がここまで必死になるところなんて、初めて見たわね」
『いつも、飄々としているのに』と言い、母はクスリと笑みを漏らした。
かと思えば、少しばかり身を屈めて私の耳元に唇を寄せる。
「いいものを見せてくれたお礼に、とっておきを教えてあげる」
そう前置きしてから、母は僅かに声のトーンを落とした。
「────バレンシュタイン公爵に、ジェラルドのことを聞いてみなさい。多分、面白いことが聞けるわよ」
「!?」
まさか、ここで公爵の名前が出てくるとは思わず……目を丸くする。
でも、よく考えてみれば自然なことのように思えた。
だって、あの大厄災にジェラルドが噛んでいるなら当然……光の公爵様も関係してくるだろうから。
まあ、それはそれとして……
「『多分』なんですね」
「ええ。だって、公爵ったら自分の娘のことにしか興味ないじゃない。だから、きちんと覚えているのか分からないわ」
『娘のことなら、髪の毛の数まで覚えてそうだけど』と肩を竦め、母はクルリと身を翻した。
と同時に、ヒラヒラと手を振る。
「それじゃあ、今度こそ寝るわ。おやすみなさい」
『貴方も早く寝なさいよ』と注意しつつ、母は寝室へ引っ込んだ。
また粘られる前に、と退散したのだろう。
我が母ながら、逃げ足の早い人だ。
まあ、かなり有益な情報を得られたから満足しているけど。
『でも、粘れるなら粘りたかったな』と心の中で呟き、私はおもむろに立ち上がった。




