表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/97

後悔《リエート side》

◇◆◇◆


 すっかり深い眠りに落ちてしまった愛娘を抱き上げ、私は彼女の自室へ向かう。

さすがにソファで寝かせるのは忍びなくて。

『ちゃんとしたベッドで寝かせなくては』と思いつつ、人の気配が全くない廊下を進んだ。


 屋敷の者達は取り調べのため、ホールに集めている。

直に我が娘を虐げた者達が、判明することだろう。


「ベアトリスには、要らぬ苦労を掛けてしまったな……本来であれば、ここで楽しく過ごせる筈だったのに。愚か者共のせいで、こんな……」


 泣きじゃくっていた娘の姿を思い出し、私は胸を痛める。

と同時に、大きく息を吐いた。


「でも、一番の愚か者は────そんな奴らに踊らされた、私だな」


 自嘲気味に吐き捨て、私はベアトリスの寝顔を見つめた。


 どうして、私はあのときベアトリスを遠ざける選択肢を取ったのだろう?

何故、『私のことを怖がっている』と決めつけたんだ……本人にそう言われた訳じゃないのに。


 私を見て怯えるようになった五年前のベアトリスを思い出し、そっと眉尻を下げる。

最初は二歳になって自我や本能が芽生え始め、私のことを避けているのかと考えていた。

でも、真相は全く違って……使用人達から心ない言葉を投げ掛けられ、怯えていただけ────私に幻滅されないように。


「別に特別なことをしなくても、私はただベアトリスが幸せになってくれればそれでいいのに」


 『立派な人間になってほしい』とか、『偉業を成し遂げてほしい』とか、そんなことは微塵も考えてなかった。

何よりも重要なのは、娘の生存と幸せ。

そのためなら、何を犠牲にしたっていい。


 英雄にあるまじき思想を掲げ、私はスッと目を細めた。

安心し切って私に身を委ねてくる娘を眺め、『同じ轍は踏まない』と強く誓う。


「これからはもっと言葉やスキンシップを交わして、付け入る隙を与えないようにしなければ」


 『手始めに食事を一緒に摂るようにするか』と考えながら、私は不意に足を止めた。

数年ぶりに見る白い扉を前に、私は風魔法を発動する。

そして、音を立てないよう慎重に扉を開けた。

と同時に、絶句する。

なぜなら月明かりに照らされた部屋は────到底、貴族令嬢の使うようなものじゃなかったから。


 一見、普通の部屋に見えるが……公爵令嬢の部屋と考えると、実に質素だ。

それに掃除も隅々まで行き届いているとは、言い難い……よく見れば、埃が溜まっている。


 棚の上や部屋の隅をじっくり観察し、私は『舐めた真似を……』と吐き捨てる。

未だ嘗て、これほど腹を立てたことはない。

必要最低限のものしかない室内を一瞥し、私は直ぐさま踵を返した。

娘にこんな部屋を使わせたくなくて……。


 今日は一旦、客室に寝かせるか?いや、それだと他人扱いみたいで嫌だな。

せっかく誤解も解けて心を通わせられたのだから、『私達は家族なんだ』と言葉や態度で示したい。


「……私の寝室に連れていくか」


 『あそこなら、客室より安全だし』と結論を出し、私は目的地を変更した。

どうせ、今日は徹夜になるだろうから一晩ベッドを貸しても問題ない。

『むしろ、ずっと居てほしいくらいだ』と思いつつ、私は寝室へ足を運んだ。

大人三人は寝れそうな大きなベッドへ娘を下ろし、そっとシーツを掛ける。


「ん……ぉと、さま……」


 私の夢でも見ているのか、ベアトリスは可愛らしい寝言を零した。

心做しか、表情も柔らかい。


「……仕事は後回しでもいいか」


「────いや、全然良くないです」


 聞き覚えのある声が鼓膜を揺らし、私はふと後ろを振り返る。

すると、そこには────私の右腕であり、公爵家の秘書官でもあるユリウス・ハンク・カーソンの姿があった。

呆れた様子でこちらを見つめる彼は、執務室へ繋がる扉に寄り掛かっている。


「どこぞの馬鹿達のおかげで超忙しいんですから、しっかり働いてください」


 ヒラヒラと手に持った書類を揺らし、ユリウスは大きく息を吐く。

『また徹夜ですよ〜』と嘆く彼の前で、私は棚の上にあったペーパーナイフを手に取る。


「……分かった────が、その前に貴様の目をくり抜かせろ」


「えっ?」


 『何で?』とでも言うように目を剥き、ユリウスは頬を引き攣らせる。

一歩・二歩と後退る彼を前に、私は前へ進んだ。


「ベアトリスの寝顔、見ただろ?」


「い、いやこれは不可抗力ですよ……!誰も公爵様の寝室に、お嬢様が居るなんて思いませんって!」


「だとしても、嫁入り前の娘に失礼だと思わないか?」


「あっ、結婚させる気はあったんですね」


 『嫁入り前』という言葉に反応し、ユリウスはまじまじとこちらを見つめる。

エメラルドを彷彿とさせる緑の瞳は、キョトンとしていた。


「……娘が結婚だと?」


「すみません。何でもありません。忘れてください」


 『失言でした』と謝罪し、ユリウスは何度も頭を下げる。

その際、短く切り揃えられた緑髪がサラリと揺れた。


「と、とりあえず執務室に行きませんか?ここだと、お嬢様を起こしてしまうかもしれませんし……」


 『せっかく熟睡しているのに可哀想〜』と述べ、ユリウスは半ば逃げるように隣室へ引っ込む。

そのあとを追い掛けるように、私も寝室を後にした。

『後でベアトリスの様子を見に行こう』と考えながら扉を閉め、椅子に腰掛ける。

執務机の上に並べられた書類の山を一瞥し、前に立つユリウスを見つめた。


「それで、()はどこまで腐っていた(・・・・・)?」


 バレンシュタイン公爵家を果実に置き換え、私は家庭教師に同調していた奴らの存在を問い掛けた。

すると、ユリウスは直ぐさま表情を引き締め、手に持った書類をこちらに見せる。


騎士団の方()は無事でしたが、使用人(中身)はほぼダメになっていましたね。お嬢様()を害していない者も一定数居ましたが、全員この事態は把握していたようです」


「つまり知っていて無視してきた、と?」


「はい」


 間髪容れずに頷いたユリウスに、私はハッと乾いた笑みを零す。

守るべき存在を放置して、過ごしてきた奴らに言いようのない怒りと落胆を覚えて……。


 守る……とまで行かずとも、こっそり私に教えてくれれば対処出来たのに。


 結果論に過ぎないとしても、どうしても考えてしまい……クシャリと顔を歪めた。

『一番の原因は私の怠慢と勇気のなさだというのに』と自責しつつ、天井を仰ぎ見る。


「はぁ……先導していたのは?」


「主に古株の者達です。奥様を甚く尊敬するあまり、お嬢様を逆恨みしていたらしく……」


「妻の想いを踏みにじっておいて尊敬、か……実に都合のいい言葉だな」


 『そう言えば、許されると思っているのか?』と零し、私は強く手を握り締めた。

屈辱でしかない現状を憂う中、ユリウスは言葉を続ける。


「それで、他の……全く関係のない者達についてですが、彼らの動機は主に二種類ですね。トラブルに巻き込まれたくなかった派と────」


「────ベアトリスに割り当てた予算を使い込んでいた派、だろ」


 先に答えを言うと、ユリウスは驚いたように息を呑んだ。


「ご存知でしたか」


「ああ。なんせ、ベアトリスの部屋には────玩具一つなかったからな」


 報告に上がっていたクマのぬいぐるみや絵本の類いは一切なく……全体的にがらんとしていた。

『まるで宿のような……生活感のない部屋だった』と語る私に、ユリウスは眉尻を下げる。


「遊び盛りの子供から、何もかも取り上げていたんですね……」


 『さぞお辛かったでしょう』と零し、ユリウスは寝室へ繋がる扉を見つめた。

きっと、ベアトリスのことを哀れんでいるのだろう。


「……それで、処理はどうなさいますか?」


 ふとこちらに視線を戻したユリウスは、神妙な面持ちで問い掛けてきた。

わざわざ、聞かずとも分かっているだろうに。


「腐った部分は全部斬り捨てろ」


「畏まりました。では、使用人は総入れ替えということで」


 普段なら仕事を増やす度グチグチ文句を言うユリウスも、今回ばかりは腹を立てているようで……あっさり面倒事を引き受ける。

『処罰の詳細はまた後日、話し合いましょう』と述べる彼に、私は小さく頷いた。

と同時に、あることを思い出す。


「そういえば────結局、家庭教師の髪を切り落としたのは誰だったんだ?魔法による攻撃を受けただの、なんだのと騒いでいたが」


「さあ?一応調べてはいるのですが、特に進展はないんですよね」


 『自ら散髪したのでは?』と冗談交じりに言い、ユリウスは小さく肩を竦めた。

どうやら、完全にお手上げ状態らしい。


 バレンシュタイン公爵家の周辺には、強力な結界を張っている。

よって、外部から魔法攻撃を行うのは不可能……。

内部の犯行と見るのが妥当だが、ベアトリスではなく家庭教師を狙ったのが引っ掛かる。

もしや、何者かがベアトリスを守ろうとしたのか?それで、あんな騒ぎを?

だとしたら、辻褄は合うが……些か強引すぎないか?

いや、守ってくれたのは有り難いが。


 『あの騒ぎのおかげで、誤解も解けたことだし』と考え、私は一つ息を吐く。


「とりあえず、魔法の件は保留でいい。使用人達の取り調べを優先しろ」


「畏まりました」


 恭しく頭を垂れて応じるユリウスに、私は『頼んだぞ』と言い、溜まった仕事を片付ける。

────ベアトリスと過ごす時間を確保するために。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ