【書籍二巻発売記念SS】バレンタイン
────これは逆行前、婚約者だった第二皇子ジェラルドとの因縁に決着がついたあとの出来事。
私は時間を巻き戻した魔導師であり、異世界人であり、恋人であるルカの願いによりチョコ作りに励んでいた。
「えっと、まずはチョコを溶かして」
厨房の一角にて、私はエプロンとナプキン姿でチョコの入ったボウルを手に取る。
その刹那、傍で控えていたベラーノがピョンッとテーブルの上に飛び乗った。
「良ければ、手伝わせてほしい」
溶かす=温める=火の領分だと解釈したのか、ベラーノはそう申し出た。
じっとボウルを見つめる赤いトラの前で、私は少し悩む。
ルカが欲しいのは私の手作りチョコだから極力自分の手でやりたいけど、契約精霊の力を借りるのは一応アリなのかな?
ある意味、私の力の一部と言えなくもないし。
それに、せっかくの厚意だからね。
手に持ったボウルをテーブルの上に置き、私はベラーノの方に向き直った。
「じゃあ、お願い出来る?」
「ああ」
心做しかいつもより弾んだ声で応え、ベラーノは『ふぅー』とボウルに息を……いや、炎を吹き掛ける。
だ、大丈夫かしら?チョコって、熱し過ぎると焦げたり分離したりするらしいけど。
料理長に聞いた知識を思い返し、私は少し心配になる。
でも、それは完全に杞憂のようで────
「これでどうだろうか?」
────チョコは綺麗に溶けていた。
炎を消してこちらを見るベラーノに、私は『精霊の力だからかな?』と思いつつ頷く。
「ええ、バッチリよ。ありがとう、ベラーノ」
「これくらい、なんてことない。また何か手伝えることがあれば、言ってくれ」
なんだか嬉しそうにシッポを振り、ベラーノはテーブルから飛び降りた。
その瞬間、後ろに控えていたエーセン・バハル・イベルンが身を乗り出してくる。
「ウチも、ウチも!なんか出来ることあったら、遠慮なく言うてほしい!」
「私……は、あまり力になれなさそうね。けど、力になれることがあれば声を掛けてちょうだい」
「雑用でも何でもやるの〜」
どこか期待するような眼差しを向けてくる彼らに対し、私は目を細めた。
「ふふっ。ありがとう、皆」
────その後、精霊達の頑張りもあって無事にチョコは完成。
可愛くラッピングもして、準備万端だ。
「あとは、ルカに渡すだけ……」
「────なんだと?」
聞き覚えのある声が耳を掠め、後ろを振り返ると────そこには、父の姿があった。
『い、いつの間に?』と驚く私を前に、彼は僅かに眉を顰める。
どうやら、ルカに手作りチョコを渡すのは反対のようだ。
ちなみにルカはもう透明じゃなくなって、誰でも存在を認識出来るようになっているので、父も彼のことを知っている。
「何故、あの男に……」
「えっと、実はルカに『バレンタインにベアトリスの手作りチョコが欲しい』と頼まれて」
「バレンタイン?」
「はい、ルカの故郷にある文化で────」
ルカから聞いたことをそのまま話すと、父は更に眉間の皺を深める。
「つまり、好ましい異性にチョコを渡すイベントか」
「は、はぃ」
改めて口に出されると気恥ずかしくて、私は身を縮こまらせた。
ちょっと頬を紅潮させる私の前で、父はおもむろに手を差し出す。
「却下だ。このチョコは私がもらう」
「そ、それは……」
「大丈夫だ、ちゃんと味わって食べる」
「いえ、そういう問題ではなく……」
「いや、むしろ勿体なくて食べられないかもしれない」
どことなく悩ましげな雰囲気を醸し出す父に、私は苦笑する。
「それはチョコがダメになってしまうので、困りますね────じゃなくて、これはルカのために作ったものだからお父様には渡せません」
「……」
物凄く不服そう且つ残念そうに、父はチョコをじっと見つめた。
でも、決して無理やり奪うような真似はしない。
立場や腕力にものを言わせれば、出来るだろうに。
お父様のこういうところが、好きなのよね。
ちゃんと家族として、一人の人間として扱ってくれている気がして。
貴族では家族であっても、上司と部下みたいな関係性が多い。
そのため、余計に特別に感じた。
「その代わりと言ってはなんですけど、今からお父様のための手作りチョコを用意するので」
よく考えてみれば、日頃からお世話になっている父に恩返しするチャンス。
それに、彼の方から『これが欲しい』と言われるのは初めてなので極力叶えたい。
「本当か」
父は心做しかいつもより柔らかい声で聞き返し、こちらを見下ろした。
どこか期待するような眼差しを前に、私は小さく頷く。
「はい、腕によりをかけて作りますね」
「ああ」
少しばかり表情を和らげ、父は一歩後ろに下がった。
かと思えば、腕を組んで待機する。
もしかして、チョコ作りの様子を見守るつもりかしら?
それは別に構わないけど、ちょっと緊張するわね。
チョコ作りは二回目と言えど、まだまだ初心者。
人前で披露する腕前とは、程遠い。
だが、ここまで来たらもう頑張るしかないだろう。
「えっと、皆また手伝ってくれる?」
ずっと傍で静観していたバハル達に声を掛けると、彼らは一も二もなく了承してくれた。
────そこからは、先程やった調理の繰り返し。
一回目よりかは、手際よく出来たと思う。
途中から、お父様も手伝ってくれたし。
なんだかんだ楽しかった二回目のチョコ作りを思い返しつつ、私は父用のラッピングを済ませる。
「お父様、いつもありがとうございます。ハッピーバレンタイン」
父の方に向き直り、私はチョコを差し出した。
すると、彼は両手でソレを受け取る。
「ああ、大事に食べる」
どこか満足そうに目を細め、父はちょっとだけ……本当にちょっとだけ笑った。
────と、ここでユリウスが厨房の扉をノックして現れる。
「ベアトリスお嬢様、ルカ様がお越しになりました」
「「!」」
いよいよ迎えるバレンタイン本番(?)に少し緊張する私と、忌々しげにユリウスのことを睨みつける父。
「……ええ、今行くわ」
「私も行こう」
「「えっ?」」
まさかの父の申し出に、私のみならずユリウスまで声を上げた。
「お、お父様……」
「いくらなんでも、それは……いえ、何でもありません」
ユリウスは直ぐさま白旗を上げて、降参した。
『本当、いつまで経っても親バカは治らないな』とボヤく彼を他所に、私は父をどう説得しようか悩む。
そんなとき────開けっ放しの厨房の扉から、ルカがひょっこり顔を出した。
「よっ!遅いから、様子を見に来……って、公爵様も居るのかよ!」
ギョッとした様子で父を見つめ、ルカは僅かに頬を引き攣らせる。
が、父の手元にあるチョコを見つけるなりカッと目を見開いた。
「おいおい、待て待て!まさか、俺宛てのチョコ横取りした!?」
「そんな盗っ人紛いの真似は、していない。これは私のために、ベアトリスが真心を込めて作ったチョコだ」
「安心して、ルカ。ちゃんと貴方の分もあるから」
私はイベルンやエーセンに頼んで冷やしてもらっていたルカ用のチョコを手に取り、見せる。
「まあ、これは本当に初めて作ったチョコだから出来栄えはお父様の方に比べたら劣っているかもしれないけど……」
「いいや、絶対美味しい!ベアトリスの初めての手作りチョコって時点で、もう神!最高!満足!」
素早くこちらに駆け寄り、ルカはチョコを受け取った。
かと思えば、頭上に掲げる。
まるで子供のようにキラキラと目を輝かせる彼を前に、私はクスリと笑みを漏らした。
ここまで喜んでもらえると、作った甲斐があるというものね。
安堵や歓喜を覚える私の前で、父が不意にルカの襟首を引っ掴む。
「近い」
そう言って後ろに引っ張る父に対し、ルカは為す術なく後退した。
「俺、一応ベアトリスの恋人なんですけど!?このくらいの距離、良くない!?」
「却下だ」
「未来の義息子に厳し過ぎませんかね、お義父さん!?」
「誰が『お義父さん』だ」
もはや恒例となりつつあるやり取りを交わし、父はポイッとルカのことを後ろに放り投げる。
と言っても、本当に軽く……書類をテーブルの上に投げ置くくらいソフトなので、ルカが怪我をすることはなかった。
『なんだかんだ、扱い方は優しいのよね』と微笑ましく感じる中、ルカは体勢を立て直す。
「とにかく、チョコありがとな!ホワイトデー、楽しみにしていてくれ!」
「「ホワイトデー?」」
堪らず疑問を口にするのは、父とユリウスだった。
小さく頭を捻る彼らを前に、私は簡単な説明を行う。
「バレンタインのお返しをするイベントみたいです。大体、一ヶ月後にあるらしいですね」
「なるほど」
「チョコの返礼という訳ですか」
ユリウスはバレンタイン自体知らないだろうに、持ち前の察知力で理解した。
『面白い文化ですね』と感想を述べる彼の前で、父は何か考えるような素振りを見せる。
「準備期間は思ったより短いな……だが、何としてでもホワイトデー当日までに間に合わせなくては────ベアトリス、私はそろそろ戻る」
そう言うが早いか、父はさっさと踵を返す。
一秒でも惜しいと言わんばかりの態度を取る彼を前に、ユリウスとルカはちょっと顔色を曇らせた。
「あっ、なんか悪い予感がする……」
「親バカからのお返しとか、絶対普通じゃねぇーだろ……俺も頑張らねぇーと」
独り言のようにボソッと呟き、ユリウスとルカもいそいそとこの場を後にする。
途端に、厨房は静かになった。
先程までの賑やかさが、嘘のようだ。
「とりあえず、部屋に戻りましょうか」
バハル達のおかげで後片付けもバッチリのため、私は引き上げることにする。
『あまり長居すると、シェフ達の邪魔になるし』と思いながら、私はバハル達を伴って退室した。
今回の裏話を一つ。
リエートはベアトリスが『チョコを作りたいから』と厨房の使用許可をもらいに来たので、てっきり自分にくれるものかと思っていました。
なのに、ルカ用だったので余計にガッカリした(所謂、上げて落とすみたいな状態だったから)というのがあります。




