深まる謎《グランツ side》
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「皇城のみならず、バレンシュタイン公爵家でも魔物の襲撃か……穏やかじゃないね、これは」
数日遅れで事態を把握した私は、公爵からの報告に目を通す。
明らかに人為的としか思えない事例を前に、大きく息を吐いた。
「しかも、このタイミングでジェラルドは寝室に引きこもっている……単なる偶然にしては、出来すぎているよね」
『騎士の攻撃により負傷したものと思われる』という文章を指でなぞり、私はそっと眉尻を下げた。
どうか、その怪しい人物が弟じゃないことを祈りながら。
『頼むから、私の考え過ぎであってくれ……』と祈る中、ルカが床を通り抜けてこの執務室に現れた。
「頼まれていた件、調べてきたぞ〜」
執務机を挟んだ向かい側に立つ彼は、首の裏に手を回す。
と同時に、少しばかり身を乗り出した。
「結論から、言うな?」
「ああ」
「お前の予想通り、第二皇子は────かなりの大怪我を負っていたぜ」
『横腹に刺し傷があった』と語り、ルカはチラリとこちらの顔色を窺う。
きっと、私のことを心配しているのだろう。
政敵とはいえ、血の繋がった弟であるジェラルドを捨てきれずにいるため。
「そう、か……そうか。じゃあ、やはり────ローブを着た怪しい人物というのは、ジェラルドで間違いなさそうだね」
両手を組んでガクリと項垂れ、私は目を伏せた。
当たってほしくなかった勘が当たってしまったな、と苦笑を浮かべながら。
「一体、どうやってあの警備を掻い潜ったんだか……」
「さあな。幻影魔法でも使ったんじゃないか?転移魔法も使えるほどの魔導師なら、自分の姿を投影するくらい余裕だろ」
「俄かには信じ難い話だけど……そう考えれば、一応辻褄は合うね」
『それほど精巧な偽物を作り出すのは、至難の業なのに……』と零しつつ、私は目頭を押さえる。
こちらの想定を遥かに上回るジェラルドの実力に、ちょっと圧倒されてしまって。
「でも、そうなると余計疑問が増える……ジェラルドは一体、どこでそんな力を身につけたんだ?」
「それはやっぱり────表舞台に立つまでのあの五年間じゃね?」
『それ以外考えられないし』と述べ、ルカは腕を組む。
「ところで────その五年間、離宮で働いていたやつは見つかったのか?」
『捜索開始から、もう一ヶ月ほど経つが』と零すルカに、私は言葉を詰まらせた。
別に調べがついていない訳じゃない。
一応、捜索自体は終わっている……一番最悪な結果を残して。
「……離宮で働いていた者達は────居なかった」
直球で結論を伝えると、ルカは鳩が豆鉄砲を食らったような顔で固まる。
「えっ?はっ?全員死んでいるってことか?」
「いや、違う。そうじゃなくて……最初から、存在してなかったんだ」
従者も、侍女も、下働きのメイドも……全て架空の人物。
一応清掃のため出入りしている業者は居たが、貴族とも皇室とも接点のないところに頼んでいたようでめぼしい情報は得られなかった。
ただ、いつも静かで人の気配を感じることはなかった、と。
だから、ずっと誰も住んでいないのかと思っていたらしい。
机の引き出しから調査資料を取り出し、私はルカへ差し出した。
が、『多分、半分も読めないからいい』と突っ返される。
「とにかく、あの五年間皇妃と第二皇子は全く別の場所で過ごしていた訳だな?」
「恐らくね」
コクリと頷いて肯定すると、ルカは難しい顔で窓の外を見る。
「なんつーか、余計きな臭くなってきたなぁ」
「そうだね。まあ、当分はその五年間の足取りを探ることにするよ」
「あっそ」
これでもかというほど素っ気なく対応するルカは、じっと私の目を見つめる。
まるで、私の心へ直接訴え掛けるみたいに。
「……分かっているよ。ジェラルドと魔物の関係性についても、きちんと調べる」
『現実から逃げない』と主張し、私は椅子の背もたれに寄り掛かった。
ルカは相変わらず手厳しいな、と思いながら。
よく考えてみれば、あの大厄災のあと直ぐにジェラルドが表舞台へ姿を現すようになったんだよね。
当時はあまり気にしてなかったけど、今回の件を考えると……どうも、無関係とは思えない。
恐らく、何かしらの因果関係はあるだろう。
「はぁ……頭が痛いな」
思ったより大事になってきたことを悟り、私はやれやれと頭を振る。
『ジェラルドの過去を完全に暴いたら、どうなるのだろう』と少し不安になる中、ルカは窓辺へ近づいた。
「じゃあ、俺はそろそろベアトリスのところに戻るわ。また何かあったら、声を掛けてくれ」
『力になる』と確約し、ルカは窓を通り抜けて闇夜へ消えた。
随分とあっさりした対応に、私は小さく肩を竦める。
『ここは慰めるところだろう』と呆れつつ、席を立った。
いい加減、コソコソ嗅ぎ回るのはやめて直接聞こうと思って。
無論、『ジェラルドに』じゃない。
きっと、彼は何も教えてくれないだろうから。
「まあ、これから会いに行く人物も結構頑なだと思うけどね」
調査資料を手に持って執務室を後にすると、私は迷わず────エルピス・ルーモ・ルーチェの寝室へ足を運んだ。
皇帝であり、ジェラルドの父である彼ならきっと何か知っていると踏んで。
少なくとも、五年間離宮を空けていた理由くらいは把握している筈。
皇城で起きていることを皇帝が知らないなんて、有り得ないから。
問題はどうやって口を割らせるか、だね。
『昔から、ジェラルドのことになると口が重いからなぁ』と思いつつ、私は来客用のソファへ腰を下ろす。
すると、父もテーブルを挟んだ向かい側へ腰掛けた。
「用件を聞こうか、我が息子よ」




