誇ってほしい
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「────あとのことは、ベアトリスも知っての通りだ」
包み隠さず全てを話し終え、ルカは『だから、こんな格好な訳』と肩を竦める。
どこまでも淡々としている様子の彼に、私はそっと眉尻を下げた。
だって、ルカの歩んできた道は……選択はきっと何度も彼を苦しめてきた筈だから。
ルカは平然としているけど、いきなり別の世界に呼び出された挙句、戦いを強いられて……その上、逆行による制約や負担を一人で背負うなんて。
並の人間では、耐えられない筈よ。
『どんな気持ちで今まで過ごしてきたのか』と考え、私はギュッと胸元を握り締める。
「ルカのことについて教えてくれて、ありがとう。おかげで色々腑に落ちたわ」
黒い瞳を真っ直ぐに見つめ返し、私は少しだけ表情を和らげた。
「ルカの強さはきっと、その優しさから来ているのね」
「……はっ?優しい?俺が?」
「ええ」
間髪容れずに頷くと、ルカは思わずといった様子で仰け反る。
「いやいや、何言ってんだよ……!?俺様は超利己的だぜ!?」
「そんなことないわ。だって、この世界のために色々力を貸してくれたじゃない」
「そりゃあ、そういう取り引きだからな!第一、これから住もうとしている場所が滅んだら困るだろ!」
「だとしても、普通はそこまで尽くさないと思う。自暴自棄になったり、他の方法を模索したりしてリスクを避けるんじゃないかしら?少なくとも、即決はないわね」
『本当に利己的な人なら、もっとワガママに振る舞っている』と主張し、私はベッドから降りた。
そして、窓辺で静止しているルカの元へ足を運び、スッと目を細める。
「それに今日のことだって、そう。ルカは『ベアトリスを死なせないため』じゃなくて、『誰一人命を落とさないようにするため』に戦おうとしてくれたでしょう?」
「それは……まあ、そうだけど。でも、結局自己満足だし……」
目の前まで来た私から視線を逸らすように天井を見上げ、ルカはガシガシと頭を搔いた。
『クソッ……調子が狂う』とボヤく彼を前に、私は小さく笑う。
「ルカからすれば自己満足かもしれないけど、私からすれば優しさよ。だから────もっと、自分のことを誇ってあげて」
「あ゛?俺はいつでもどこでも自分が一番だけど」
『何を言っているんだ?』と眉を顰めるルカに、私はこう答える。
「ええ、確かにルカは自分の能力や特技を誇っているわね。でも────自分自身を褒めてあげることは、あまりないように見えるわ」
「!!」
図星だったのか、ハッと息を呑むルカはゆらゆらと瞳を揺らした。
こちらを凝視して固まる彼の前で、私は自身の手のひらを見つめる。
「ルカはどこか、自分のことを軽く見ていて……卑下しているように感じる。まるで、自分は生まれちゃいけない存在だったみたいな……そんな感じ。私も前まで同じことを思っていたから、何となく分かるの」
グッと手を握り締め、私は視線を前に……ルカに戻した。
そして、どこか泣きそうな……でも怒ったような表情を浮かべる彼に、私はふわりと柔らかく微笑む。
「ねぇ、ルカ。私は貴方にこうして出会えて、とても嬉しい。たくさんの優しさと勇気をもらえて、凄く凄く感謝している。貴方のおかげで、今とっても幸せ。だから、ね……私なんかが、こんなことを言ってもいいのか分からないけど────」
そこで一度言葉を切ると、私はお祈りのときみたいに両手を組んだ。
「────生まれてきてくれて、ありがとう。私は貴方の誕生を心の底から祝福します」
神官様が洗礼の際に使う言葉を真似て、私は精一杯の想いを伝えた。
貴方は誰かに必要とされて生まれてきたのだと……望まれない子供なんかじゃないんだと、分かってほしくて。
他の誰がルカの誕生を呪っても、私だけは貴方の誕生を心から喜ぶ。
その決意の表れでもあった。
「……あー、クソ。こんなんで……チッ」
目元を手で覆い隠してそっぽを向くルカは、何故か少し涙声だった。
また、いつものような覇気もない。
「ベアトリス、てめぇ……後で覚えてろよ。肉体を取り戻したら、速攻で頭をグシャグシャにしてやるからな」
ビシッとこちらを指さして宣言し、ルカは身を翻した。
「んじゃ、さっさと寝ろよ。俺は建物の周りをグルッと回ってくる」
そう言うが早いか、ルカは床へ沈むようにしてこの場を去る。
珍しいわね、パトロールなんて。
もしかして、魔物の襲撃を警戒しているのかしら?
などと思いつつ、私はコテリと首を傾げた。




