灼熱の炎
「後手後手に回っている上、かなり包囲網を狭められている……マジでそろそろ、犠牲者が出てもおかしくないな」
真剣な面持ちでそう言い、ルカは『やっぱ、俺が応戦するべきか』と前を向いた。
────と、ここで急にバハルが顔を上げる。
一瞬、ルカのことを認識したのかと思って焦ったが、どうやらそうではないようで……じっと空を見つめていた。
『一体、どうしたのだろう?』と疑問に思っていると、ピンク色のキツネはクンクンと鼻を動かす。
と同時に、スッと目を細めた。
「────太陽をも呑み込む灼熱の炎が来る」
予言めいたセリフを口にし、バハルは黄金の瞳に確信を滲ませた。
その瞬間、空から何か……赤くて熱いものが降ってくる────私達の前に。
「「「っ……!?」」」
あまりの熱気と爆風に衝撃を受ける私達は、何が起きたのか分からず困惑した。
でも、バハルだけはやけに冷静で……突如現れたソレを警戒する素振りも見せない。
『もしや、知り合い?』と目を剥く中、砂埃は止み────赤い毛並みのトラが目に入った。
真っ赤な炎を纏うトラは私に向かって一礼すると、大きく吠える。
それを合図に、体の炎は前へ飛び出し、魔物達を襲った。
「味方……なの?」
敵意や害意を全く感じないどころか好意を向けられているとさえ思う対応に、私は瞬きを繰り返す。
戸惑いを隠し切れない私の前で、赤いトラはあっという間に魔物を焼き払った。
「嘘……こんなにあっさり……」
先程まで苦戦していたのが嘘のようだと驚き、私はまじまじと赤いトラを見つめた。
『普通の動物では、なさそうね』と分析する中、トラは────貧血でも起こしたかのように、フラッと倒れる。
心做しか顔色が悪く見えるトラを前に、バハルが慌てて飛び出してきた。
「ベアトリス様、早く名付けを……!」
「えっ?名付け?」
『普通は手当てや看病をするんじゃ……?』と困惑する私に、バハルは縋るような目を向ける。
「ベアトリス様、お願い!今すぐ、契約を交わさないと────夏の管理者が魔力切れで、消滅してしまうわ!」
「な、夏の管理者……!?何でこんなところに……!?ニンフ山で眠っている筈じゃないの!?」
『いつの間にか目覚めたのか』と動揺する私に対し、バハルはこう説明した。
「多分、夏の訪れを感じて予定より早く目覚めたんだと思う!それで、私の気配を頼りにここまで来たんじゃないかしら!」
「つまり、たまたまか。まあ、助かったけど」
大きな魔法を使わずに済んだルカは、ホッと胸を撫で下ろす。
『まさに“ヒーローは遅れてやってくる”だな』と呟く彼を前に、私は赤いトラの元へ駆け寄った。
と同時に、腰を下ろす。
「えっと、私はベアトリス・レーツェル・バレンシュタインです。先程は助けていただき、ありがとうございました。それで、あの……良ければ、私に貴方を助ける機会をいただけませんか?大切な恩人を……私のために身を賭して戦ってくれた貴方を失いたくないのです」
逆行前のことも含めて感謝していることを示し、私は少し身を屈める。
ゆっくり瞬きする赤いトラをじっと見つめ、スッと目を細めた。
「もし、私の手を掴んでくれるのならこの名前をもらってください────ベラーノ」
夏を意味する古代語を口にすると、赤いトラは小さく……でも、ハッキリ吠える。
そして、凄まじい熱気を放った。
かと思えば、ゆっくりと立ち上がる。
「夏の管理者ベラーノが、四季を司りし天の恵みベアトリス様に挨拶申し上げます」
しゃんと背筋を伸ばし、お辞儀する赤いトラは黄金の瞳をうんと細めた。
これでもかというほど、喜びを滲ませながら。
「お会い出来て、本当に……本当に光栄です」
「私もです、ベラーノ」
「嗚呼、そんな……どうか、敬語など使わず気軽に接してください」
『恐れ多い』とでも言うように前足を胸の前で振り、ベラーノは慌てる。
出会った当初のバハルみたいな反応に、私は思わず笑みを漏らした。
「じゃあ、ベラーノもそうしてくれる?友達のように接してくれた方が、私としても気楽でいいから」
「えっと、それは……」
案の定とも言うべきか、ベラーノは渋る様子を見せる。
困ったような表情を浮かべるトラの前で、私はそっと眉尻を下げた。
「お願い……出来ないかしら?私にとって精霊は偉大な存在だからそんな風に畏まられると、どうしても気後れしてしまうの」
『それに距離があるみたいで悲しい』と嘆くと、ベラーノはハッとしたように目を剥いた。
かと思えば、少しばかり難しい表情を浮かべて悶々とする。
でも、直ぐに腹は決まったようで真っ直ぐにこちらを見据えた。
「分かった。それが貴方様の願いなら、全力で応える」
「ありがとう」
ホッと胸を撫で下ろしつつ、私は柔和な笑みを浮かべた。
『ベラーノとも、仲良くなれるといいな』と心の底から思っていると、イージス卿に声を掛けられる。
「あの、ベアトリスお嬢様。少しだけ、この場を離れてもいいですか?実は魔物の襲撃時から、ずっと気になる気配があって。今、全速力で遠ざかっているので追い掛けたいんです」
『多分、まだ追いつける筈』と零し、イージス卿はある方向を見つめる。
今回の騒動に関与しているかもしれない人物だから、真偽を確かめたいのだろう。
そんな彼の前で、ユリウスはブンブンと首を横に振った。
「いやいや!今はベアトリスお嬢様の保護を最優先に考えるべきでしょう!怪しい人物の捕獲など、後でも……」
「────行ってこい」
『後でも構いません!』と続ける筈であっただろう言葉を遮り、疾風の如く現れたのは────他の誰でもない父だった。
聖剣片手に魔物の残骸を切り裂く彼は、右手に嵌めた手袋を脱ぐ。
と同時に、私を抱き上げた。
「私が来た以上、ここはもう安全だ。好きなだけ、その怪しい人物を追跡してこい」
『こっちのことは気にするな』と告げる父に、イージス卿はパッと表情を明るくする。
「はい、行ってきます」
ビシッと敬礼して頭を下げ、イージス卿は思い切り地面を蹴り上げた。




