勇気
「これは……ちょっと不味いかもな。剣や鎧がどんどんダメになってやがる」
腐食した武器や防具を前に、ルカは『公爵の到着まで持つのか?』と疑問を口にした。
そして自身の手のひらを眺め、
「ここは俺がやるしかない、か」
と、腹を括る。
その様子はまるで、死地へ向かう兵士のようで……どこか危うい雰囲気を放っていた。
「……この人数に存在を悟られれば確実に世界から弾かれるだろうが、まあ……しゃーないよな」
半ば自分に言い聞かせるようにして呟き、ルカは真っ直ぐ前を見据える。
「ベアトリス、グランツとタビアに『約束は守れよ』って伝えておいてくれ」
「えっ……?」
「また十一年後辺りに会おうぜ」
グッと親指を立てて笑うルカに、私は妙な胸騒ぎを覚えた。
だって、彼の表情は誰がどう見ても無理をしているようにしか見えないから。
よく分からないけど、今ルカの厚意に甘えてはいけない気がする。
ルカが苦しむ羽目になるような予感を覚え、私はギュッと手を握り締めた。
『怖い』『逃げたい』という感情を抑えつつ、嫣然と顔を上げる。
自分が弱いせいでルカに辛い思いをさせていいのか、と己を奮い立たせて。
今、ここで立ち上がらなかったら私はきっと一生後悔する。
だから、勇気を出して────大丈夫、私は光の公爵様の娘だもの。
『戦う術だって、もう持っているのだから』と奮起し、私は魔物達を見据えた。
今にも零れ出そうになる悲鳴を呑み込み、水晶とバハルを一旦地面に置く。
と同時に、武器型魔道具の弓を構えた。
「────ここは私が戦うわ」
震える体に鞭を打ち、私はルカに『下がって』と遠回しに告げる。
その途端、彼は大きく目を見開き固まった。
まさか、弱虫で臆病な私がこんなことを言うとは思わなかったのだろう。
「じゃあ、ベアトリス様の契約精霊である私も参戦するわ」
『私の力は貴方の力でもあるんだから』と宣言し、バハルは前足で勢いよく地面を叩く。
その瞬間、大地は低い唸り声を上げ、土で出来た槍をいくつも飛ばした。
また、草花を急成長させて魔物の攻撃を弾いていく。
バハルは以前、自分のことを『戦闘向きじゃない』と言っていたけど……全然そんなことないわね。
攻撃と防御を正確に行うピンクのキツネに、私は感嘆の声を漏らした。
と同時に、『私も頑張らなきゃ』と弓を射る。
すると、ルカがさりげなくスピードを上げたり方向を調整したりしてくれた。
「……これくらいなら、多分バレないからいいだろ」
『勘の鋭いイージスも戦いに集中しているし』と零し、ルカはチラリとこちらを見る。
「それと────ありがとな、守ってくれて」
『すげぇ勇気のいる行動だっただろ』と言い、ルカはスッと目を細めた。
「マジで成長したな」
『偉いぞ』と手放しで褒めるルカに、私は小さく首を縦に振る。
緩む頬を必死に押さえながら。
『せ、戦闘中なんだから集中しないと』と自制しつつ、私は弓を引く。
まだ恐怖も不安も残っているが、不思議と緊張はしておらず……私はいつものように風の矢を放った。
すると、またルカが矢をサポートしてくれる。
おかげで、魔物の体に大きな穴を開けることに成功した。
「あれ?いつもより、威力が上がってますね」
『練習のときはもうちょっと弱かったのに』と首を傾げ、イージス卿はまじまじと弓を眺める。
相変わらず勘の鋭い彼に、私はビクッと肩を揺らした。
「ぁ……えっと、いつもより多めに魔力を込めたからかもしれないわ」
「なるほど!それは嬉しい誤算ですね!魔道具は基本、決まった効力しか発揮しないものなので!」
『凄い!』と素直に感心し、イージス卿はキラキラと目を輝かせる。
子供のような純粋さを見せる彼に、私は少しばかり胸を痛めた。
『嘘なの……ごめんなさい』と心の中で謝りながら。
「と、ところで戦況はどうかしら?この調子なら、お父様の到着まで持ち堪えられそう?」
居た堪れない気持ちになって話題を変えると、イージス卿は間髪容れずに首を縦に振る。
「はい!ベアトリスお嬢様やバハル様のおかげで大分楽になりましたし、余裕で持ち堪えられると思いますよ!それどころか、公爵様が到着する前に魔物を片付けられるかもしれません!」
今はこちらが優勢であることを明言し、イージス卿はニコニコと笑う。
もう先程までの緊迫した空気はなかった。
「とはいえ、お嬢様の安全が最優先なので引き続き時間稼ぎに徹します!」
「分かったわ」
無茶をして皆の身に何かあっては困るため、イージス卿の指示に従った。
『討伐よりも、まずは全員生存』と考えつつ、私は弓を引く。
その瞬間、イージス卿が弾かれたように顔を上げた。
パチパチと瞬きを繰り返し、少し考え込むような動作を見せると、私の前に立つ。
「全員、一度下がってください」
そう言うが早いか、イージス卿は勢いよく剣を振るった。
と同時に、屋敷の一部が腐り落ちる。
────新たに現れた二体の魔物によって。
「嘘……何でこんなに……」
まさか魔物を追加されるとは思っておらず、私はゆらゆらと瞳を揺らした。
口元を押さえて呆然とする私の横で、ルカは怒ったような……困ったような反応を示す。
「もう疑いようがねぇーな……今回の魔物襲撃は────人為的に引き起こされたものだ。じゃなきゃ、このタイミングで増援なんて有り得ない」
『明らかに何者かの作為を感じる』と主張し、ルカは厳しい顔つきとなった。
────と、ここでイージス卿の剣の風圧により魔物達は体を引き裂かれる。
でも、まだ傷が浅くて……直ぐに修復されてしまった。
「間接攻撃だと、やはり威力は落ちてしまいますね。でも、直接斬り掛かると腐食しちゃいますし……難しいです」
『公爵様の聖剣なら、問題ないんですけど』と零しつつ、イージス卿はチラリと空を見上げる。
が、直ぐに視線を前へ戻した。
「まずはこっちをどうにかしないと」
半ば自分に言い聞かせるようにそう呟くと、イージス卿はまたもや剣の風圧で魔物達を攻撃した。
とにかく相手を牽制して、こちらに近づけさせないつもりなんだろう。
『私達としては時間稼ぎさえ出来れば、それでいいものね』と思案する中、ユリウスは何やら魔法を使う。
そして、先の尖った岩をいくつも生成すると、魔物目掛けて放った。
が、ドロドロの体に取り込まれて終わり。
「うぅ……私の渾身の一撃が……」
『命中はしたのに……』と肩を落とし、ユリウスは半泣きになった。
すっかり落ち込んでしまった彼を他所に、イージス卿達は少しでも魔物を遠ざけようとする。
私やバハルも魔道具や植物を使い、何とか戦った。
でも、魔物の増加により押され気味となり……大分劣勢に。
「後手後手に回っている上、かなり包囲網を狭められている……マジでそろそろ、犠牲者が出てもおかしくないな」




