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すれ違いの結末

「────ここで全部ぶち撒けちまえ!あの女にやられたこと、言われたこと、嫌だったこと一つ残らず!」


 力強い口調で対話を勧める男性に、私は目を見開いた。


 お父様に全部話す……?それで何か変わるの?

マーフィー先生にもっと怒られるだけじゃない?

それどころか、お父様にもっと“幻滅”される可能性だって……。


 マーフィー先生の口癖がまるで呪いのように付き纏い、私を苦しめる。

だから、どうしても勇気が出なかった。


「ベアトリス・レーツェル・バレンシュタイン!」


 黒髪の男性は突然フルネームで私を呼び、顔を覗き込んでくる。


「お前はいつまで────親不孝を続けるつもりだ!?」


「!?」


「お前の現状を明かさないこと、気持ちがすれ違っていること、自分の殻に閉じこもること……これらは全て、公爵様の望んでいることじゃない!」


 真剣な声色で言い切り、黒髪の男性は目を吊り上げた。


「お前は『公爵様に愛されていない』と頑なに信じ込んでいる様子だが、現状を見てもそう言い切れるのか!?だって、公爵様はお前の書斎で騒ぎが起きたと聞いて、駆けつけてきたんだぞ!?しかも、お前に危害を加えようとしたあの女に怒っている!これだけの愛情を示してもらって、まだ尻込みしているのか!?」


 マーフィー先生と話し込んでいる父を指さし、彼は『卑屈になるのもいい加減にしろよ!』と怒鳴る。

今までこんな風に……私のためを思って叱られたことはないため、少し驚いてしまった。


 言われてみれば、そうだ……安全確認や現場の調査など騎士に任せればいいのに、お父様は駆けつけてくれた。

公爵の仕事で忙しい中……。

それに私を虐げるマーフィー先生を褒めるのではなく、怒ってくれた。


 いつも淡々としているのに今だけ声を荒らげている父に、私は微かな希望を抱く。


 もし……もし、本当にお父様が私を愛してくれているのなら、少しだけ縋ってみてもいいだろうか。

『苦しい』と弱音を吐いても、いいだろうか。

『助けて』と泣き叫んでも、いいだろうか。


 クシャリと顔を歪める私は、震えながらも手を伸ばした。


「お、お父様……私────」


 嗚咽を漏らしながら父の袖を引き、私はキュッと唇に力を入れる。

視界の端に焦ったような表情を浮かべるマーフィー先生の姿が映ったが……不思議と気にならなかった。

私は別に彼女を責めたい訳じゃなくて、ただ確かめたかっただけだから。父の気持ちを。


「────私、生まれてきて良かったですか……?」


「それは……どういう意味だ?」


 どことなく表情を強ばらせ、父は強く手を握り締める。

何かを堪えるような仕草を見せる彼の傍で、マーフィー先生が血相を変えた。


「べ、ベアトリスお嬢様!お待ちください!それは……」


「────貴様は黙っていろ」


 地の底に響くような低い声で、父はマーフィー先生を威嚇した。

と同時に、先生は口を噤む。

カタカタと震えながら蹲り、こちらに縋るような目を向けた。

────でも、私は止まらない。


「マーフィー先生や専属侍女のバネッサから、私は毎日……毎日、『お嬢様は奥様の腹を食い破って出てきた、卑しい子』だと言われてきました。それでお父様は私のことを恨んでいる、と。だから、一日も早く立派な淑女になってお父様にこれ以上幻滅されないように……」


 『幻滅されないようにしないといけない』と続ける筈だった言葉は────壁の破壊音によって、掻き消された。

パラパラと床に散らばる破片を他所に、父は繰り出した拳をゆっくりと下げる。

壁に風穴を開けたというのに、手には擦り傷一つなかった。


「……なん、だと?」


 半ば呆然とした様子で呟き、父は眉と口角を動かす。

いや、引き攣らせると言った方がいいかもしれない。


「ベアトリスが妻の腹を食い破って出てきた、卑しい子だと?戯言は程々にしろ」


 恐ろしく冷たい目でマーフィー先生を睨みつけ、父は聖剣に手を掛けた。

が、やはり抜けない。

何故なら、聖剣は神聖力────神より賜りし聖なる力を宿しているため、本当に必要なときしか抜けない仕組みになっているのだ。

また、選ばれた者でないと触れることさえ出来ない。

それくらい、神聖で高潔な(つるぎ)なのである。


「────抜けろ。さもなくば、へし折るぞ」


 本気なのか冗談なのか分からないトーンでそう言い、父は強く剣を引っ張る。

でも、聖剣は頑として抜刀を許さず……ひたすら膠着状態が続く。

────と思いきや、少しばかり剣身が見えてきて?


「おいおい、マジかよ……力技だけで、聖剣を抜こうとしてんだけど」


 ずっと傍で様子を見守っていた黒髪の男性は、『光の公爵様、エゲつねぇ〜』と声を漏らした。

感心とも呆れとも言える表情を浮かべる彼の前で、父は更に力を込める。


「我が妻の死を利用して、娘にこれほど(むご)い仕打ちをしたんだ。ただ殺すだけでは、足りない……この世から、完全に消滅(・・)させる」


 消滅────聖剣にのみ、許された権能。

これは簡単に言うと、物や者の存在を完全に消す能力のことだ。

通常は何をどう破壊しても破片や魂が残るものの、聖剣の権能を使用した際は跡形もなく消し去ることが出来る。


 そ、そんな力を民間人に使うなんて絶対ダメ……!

何より、私のせいでお父様の手を汚すのは嫌!


「お、お父様……!」


 どう説得するか考える前に話し掛けてしまい、私は今になってハッとする。

『どうしよう!?何も考えてない!』と慌てる中、父はこちらに視線を向けた。


「ベアトリス、少し待っていなさい。汚物を処理してから、話を……」


「い、嫌です!私を────優先してください!」


 反射的にとんでもないことを口走ってしまった私は、急いで口元を押さえる。

が、時すでに遅し……。


 も、もう……!私ったら、こんな子供っぽいことを……!


 『まるで駄々を捏ねているみたいじゃない!』と恥ずかしくなり、私は頬を紅潮させる。

でも、さっきはこれしか思いつかなかったのだ。

『我ながらアホすぎる……』と悶絶していると、父が聖剣から手を離した。


「そう、だな……優先すべきはベアトリスのケアだ。こんなやつに構っている暇はない」


 納得したように頷き、父はパチンッと指を鳴らす。

その瞬間、どこからともなく騎士達が現れ、マーフィー先生を連行していった。

ついでに壁の穴も応急処置程度だが、一応塞いでくれている。

『な、なんという手際の良さ……』と感心する中、父は私の手を優しく握った。


「ここでは、なんだ。執務室で話そう。歩けるか?」


「は、はい……大丈夫です」


 正直色んなことがありすぎて、腰を抜かしそうになるものの……私は何とか自分の足で立つ。

そして、父に連れられるままこの場を後にし、執務室へ足を運んだ。

バレンシュタイン公爵家の旗や紋章で飾られた室内を見回し、私は一先ず来客用のソファへ腰掛ける。

すると、父も向かい側へ腰を下ろした。


「まず、先に誤解を解いておきたい。私はベアトリスのことを、妻の腹を食い破って出てきた卑しい子だなんて思っていない。今までも、これからも愛おしい一人娘で妻の忘れ形見だ」


 早口で捲し立てるように述べ、父は『どうか、あの女の言うことを真に受けないでほしい』と主張する。

少し不安そうに眉尻を下げながら。


「本当に心の底から、愛している。目に入れても痛くないくらいに」


 懇願にも似た声色で言い募り、父はじっとこちらを見つめた。

『信じてくれ』と言葉や態度で訴え掛けてくる彼を前に、私は────肩から力を抜く。

今までずっと、何かに追われるように……急き立てられるように生きてきたからか、本当の意味で安心出来る場所を見つけてホッとしてしまった。

もう一人じゃないんだ、と……気を張っている必要はないんだ、と悟り涙腺が緩む。


「ベアトリス……!」


 勢いよく席を立ち、父はなんだか焦った様子で駆け寄ってきた。

かと思えば、床に膝を突く。


「嗚呼……泣かせてしまって、すまない」


 見ているこっちが辛くなるほど顔を歪め、父はそっと私の目元を拭った。

────と、ここでようやく私は泣いていることを自覚する。


「お、お父様これは違って……その、嬉し泣きです。ずっとお父様に恨まれていると思っていたから……」


 『本当の気持ちを聞けて良かった』と言い、私は表情を和らげた。

すると、父はどこか複雑な表情を浮かべる。


「もっと話す機会を作っておくべきだった……そうしたら、こんなすれ違いは起きなかった筈だ」


 少なからず責任を感じているのか、父は『すまない』と何度も謝った。

立ち膝の状態で、私のことを抱き締めながら。


 ────そして、私達はこれまで離れていた年月を取り戻すかのように、ひたすらずっと一緒に居た。

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― 新着の感想 ―
[一言] 生き返る前、虐待されてたの気付かないとかパパ失格じゃん。対話って大事よね。
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