エルフの特性
「これで、会話を聞かれる心配はない。この風によって、声の振動は掻き消される」
『だから、何も気にするな』と告げる緑髪の美男子に、私は目を見張る。
だって、こんな自然に……何の予備動作もなく、精霊魔法を使えるなんて知らなかったから。
「契約精霊にどうして欲しいのか伝えなくても、魔法って使えるのね」
『凄い』と素直に感心していると、緑髪の美男子は不思議そうに首を傾げる。
「私の使用した精霊魔法は厳密に言うと、別物なんだが……」
「えっ?そうなんですか?」
「ああ。まず先に宣言しておくと────私はどの精霊とも契約していない」
「……はい?」
『精霊魔法を使える=契約精霊が居る』という前提を崩され、私は目を白黒させた。
理解が追いつかず悶々とする私を前に、緑髪の美男子は手を組む。
「精霊に自我のある者とない者があることは、知っているか?」
「は、はい」
「なら、話は早いな。結論から言うと、私は────自我のない精霊を操って、魔法を使ったんだ」
「えっ……?」
ますます訳が分からなくなり、私はパチパチと瞬きを繰り返した。
すると、すかさずバハルが口を開く。
「あのね、ベアトリス様。精霊との親和性が高いエルフは仮契約を取り付けて、少しの間力を借りられるの。もちろん、様々な制約はあるけれど」
「そうなのね。でも、どうやって精霊を見つけたの?だって、彼の話が正しければ自我のない精霊から……本来視えない筈の存在から、力を借りたことになるわよね?」
『当てずっぽうでやったのか』と思案する私に、バハルはこう答える。
「エルフはその親和性の高さから、あらゆる精霊を視認出来るの。だから、自我のない精霊からも力を借りられるのよ」
「というか、それが主流だな。自我のある精霊は意思や感情を持っているため、反発されやすいんだ」
『視えるからといって、操ることは出来ない』と語る緑髪の美男子に、私は相槌を打つ。
私の思っている以上に、エルフという種族は凄いのね。
道理で、ユリウスが焦る訳だわ。
『敵対しなくて良かった……』と改めて安堵し、私はホッと胸を撫で下ろす。
────と、ここで緑髪の美男子がティーカップへ手を伸ばした。
「結論、お前に私と同じ芸当は出来ない。それより、契約精霊との絆を深めて……」
「さっきから思っていたのだけど、ベアトリス様を『お前』呼ばわりするのはいい加減やめてくれる?無礼よ」
我慢出来ないと言わんばかりに、バハルは厳しい目を向けた。
すると、緑髪の美男子は小さく肩を竦める。
「それは失礼。ベアトリスで構わないか?」
「『様』を付けなさ……」
「ば、バハル。私は呼び捨てで大丈夫だから。というか、『様』呼びなんて恐れ多いわ」
相手は逆行に手を貸してくれた恩人でもあるため、私は慌ててバハルを止める。
『気持ちは嬉しいけど』と苦笑し、優しく頭を撫でた。
その途端、バハルは態度を軟化させる。
「ベアトリス様がそう言うなら……」
「ええ。折れてくれて、ありがとう」
私はふわりと柔らかく微笑み、膝に載せたバハルを抱き締めた。
嬉しそうに尻尾を振るバハルを前に、スッと目を細める。
と同時に、顔を上げた。
「あの……ところで、貴方のお名前は?」
『言いたくなければいいんですけど』と述べつつ、私は相手の顔色を窺った。
すると、彼はピタッと身動きを止める。
「そういえば、まだ名乗ってなかったな」
『すっかり忘れていた』と言い、緑髪の美男子は居住まいを正した。
「私は逆行に協力したうちの一人────エルフのタビアだ。呼び捨てで構わない。改めて、よろしく頼む」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げて応じ、私はタビアをじっと見つめた。
『意外とフレンドリーなのね』と驚きながら。
エルフは基本人前に姿を現さないと聞いていたから、てっきり人間のことが嫌いなのかと思っていたけど……そんなことはなさそう。
私が四季を司りし天の恵みだからかな?
などと思っていると、タビアがおもむろにティーカップを置く。
「先に言っておきたいんだが、基本こちらは人の世に干渉しない。力を貸すのはあくまで、ベアトリスの身の安全が脅かされた時……つまり、世界滅亡の危機に瀕した時のみだ。それ以外の要請は受けない。だから、エルフを味方にしただのとゆめゆめ思わぬように……」
「お前、もうちょっと言い方ってもんがあるだろ」
思わずといった様子で口を挟み、ルカはやれやれと頭を振る。
『これだから、エルフ様は』と言い、腰に手を当てた。
「あのな、ベアトリス。エルフの力は絶大だから、世の均衡を崩さないために干渉しないよう心掛けているんだ。この対応はお前に限った話じゃないから、あんま気にすんなよ」
誤解を生まないようフォローし、ルカは大きな溜め息を零した。
「まあ、それはそれとしてこいつの態度はめっちゃムカつくけどな。何度、殴り飛ばそうと思ったことか……」
どこか遠い目をしながら強く手を握り締め、ルカは『何でこんなに偉そうなんだよ』とボヤく。
────と、ここでバハルが前足をテーブルに叩きつけた。
「別にエルフの力なんて、必要ないわよ!我々季節の管理者はもちろん、リエート・ラスター・バレンシュタインだって居るもの!」
フンッと顔を反らし、バハルは『何様なの』と文句を零す。
明らかにムスッとしているキツネの前で、タビアは
「そうだな。あの規格外が居れば、我々の力なんて必要ないだろう」
と、共感を示した。
とてつもない鈍感なのか、はたまたわざとなのか……彼はバハルの嫌味を軽く受け流す。
そして紅茶を飲み干すと、おもむろに席を立った。
「用事は済んだから、もう帰る」
「えっ?も、もうですか?」
「ああ、四季を司りし天の恵みが……ベアトリスが精霊を使って悪さ出来るほど、度胸のあるやつじゃないと分かったからな」
『それだけ確かめたかったんだ』と語り、タビアはベランダへ直行した。
慌ててあとを追い掛ける私に対し、彼は黄金の瞳をスッと細める。
「ベアトリスのように無垢で純粋な者が、四季を司りし天の恵みになってくれて良かった」
そう言うが早いか、タビアは手すりを乗り越えてベランダから飛び降りた。
『えっ!?ここ、二階……!』と慌てる私を他所に、タビアは風に乗ってどこかへ行ってしまう。
「あいつは本当に……自由すぎだろ」
深い深い溜め息を零すルカは、『せめて、玄関から出入りしろよ』と呆れる。
いつも床や天井を通り抜けて、行き来している自分のことは棚に上げて。
『まあ、もう慣れたからいいんだけどね』と思いつつ、私は小さく肩を竦めた。




