エルフ
『……何故、エルフがそこに』
至極当然の疑問を口にする父は、動揺するものの……直ぐに平静を取り戻す。
『イージス────斬れ』
「はい」
迷わず剣を振り上げるイージス卿は、またもや緑髪の美男子へ斬り掛かった。
が、サラリと躱されてしまう。
でも、確実に先程より攻撃は鋭くなっていた。
他の誰でもない父から、攻撃を命じられたからだろう。
「こ、ここここここ、公爵様!エルフ相手に何をやっているんですか!」
真っ青になりながら抗議の声を上げ、ユリウスは僅かに身を乗り出した。
大きく瞳を揺らす彼の前で、父は少しばかり表情を険しくする。
『エルフだから、なんだ?我が娘に近づくやつは誰であろうと、許さん。あの世へ送ってやる』
「いやいやいやいや……!そんなことしたら、エルフ全体を敵に回しちゃいますって!」
『構わん。種族ごと滅ぼしてくれる』
「あーーー!もう!この親バカ……!」
水晶を載せているテーブルに頭を叩きつけ、ユリウスは半泣きになった。
かと思えば、こちらを見る。
『出番です、ベアトリスお嬢様!』と目で訴え掛けてくる彼を前に、私はハッとした。
そ、そうだった……!お父様を説得しないと!
『呆気に取られている場合じゃない!』と己を叱咤し、私は慌てて口を開く。
「あ、あの!お父様、あの方にこちらを害する意思はないんです……!ただ、四季を司りし天の恵みたる私に会いに来ただけで────」
逆行の立役者の一人ということは伏せて、細かく事情を説明した。
その上で、『精霊をよく知っているであろうエルフに、色々話を聞いてみたい』と申し出る。
この言葉に嘘はない。まあ、それ以外にも……主に逆行前のことなど話したいことはたくさんあるけど、今後バハルとの関係性を深めていく上で聞いておきたいことが色々あった。
『バハルも私も契約するのは初めてだから』と思案する中、父は難しい顔つきで黙り込んだ。
かと思えば、おもむろに右手を挙げる。
それに合わせて、イージス卿は身動きを止めた。
素早く剣を鞘に収め、騎士の礼を執る彼の前で、父はゆっくりと口を開く。
『おい、エルフ』
「なんだ、人間」
父と同じくらいぶっきらぼうな態度を取る緑髪の美男子に、私もユリウスも内心ハラハラする。
『公爵様の機嫌を損ねたら……』と不安になるものの……当人はあまり気にしていないようだった。
『何があっても、ベアトリスを害さないと誓えるか?』
「ああ。四季を司りし天の恵みは我々エルフにとっても、重要な存在。親切に接することはあれど、危害を加えるなんてことは有り得ない」
迷いのない口調でそう言い切り、緑髪の美男子は水晶へ向き直った。
通信越しに父のことを真っ直ぐ見つめ、自身の耳に触れる。
「エルフの象徴であるこの耳を賭けてやってもいい」
『……そうか。分かった』
おもむろに相槌を打つ父は手で顔を覆い隠し、大きく息を吐いた。
かと思えば、ゆっくりと前髪を掻き上げる。
『そこまで言うなら、ベアトリスとの接触を許す。ただし、今日だけだ』
エルフの覚悟の度合いが見て取れたからか、父は渋々折れてくれた。
パッと表情を明るくする私達の前で、彼はオレンジ髪の少年へ目を向ける。
『イージス、日付けが変わってもまだ居座っているなら容赦なくエルフを斬れ』
「了解です」
『今度こそ、斬ります!』と意気込み、イージス卿はグッと手を握り締めた。
物騒な……でも心強い姿勢を見せる彼に、父は大きく頷く。
『それから、ベアトリス』
「は、はい」
まだ何か条件があるのかもしれないと考え、私は慌てて姿勢を正した。
若干表情を強ばらせる私の前で、父はスッと目を細める。
『エルフが何が粗相をしたら、すぐ私に連絡しなさい。即刻引き返して、キツいお灸を据えてやろう』
「わ、分かりました。ありがとうございます」
また聖剣を抜くような騒動に発展しそうで、少し気後れするものの……私は素直に父の厚意を受け取った。
心配の裏返しだと知っているから。
『さて、そろそろ時間だな。ベアトリス、出来るだけ早く帰ってくるから少し待っていなさい』
どことなく優しい声色でそう言う父に、私はふわりと柔らかく微笑む。
「はい、お父様。どうか、お気をつけて」
その言葉を最後に、通信は切れた。
どうやら、ユリウスの魔力を全て使い切ってしまったようだ。
「はぁ……一時はどうなることかと思いましたが、何とか丸く収まりましたね」
『エルフと敵対せずに済んだ』と安堵しつつ、ユリウスは水晶を持ってよろよろと立ち上がる。
「それでは、私は仕事に戻りますので……」
「え、ええ。頑張ってね」
「はい、ありがとうございます……」
力無く微笑み、ユリウスはゆっくりと踵を返していった。
いつもより小さく見える彼の背中を前に、ルカは『The社畜だな』と呟く。
────と、ここでイージス卿以外の騎士達も剣を仕舞い、退室した。
「えっと……とりあえず、座ってお話しませんか?」
『良ければ、朝食もご一緒に』と言い、私はチラリと緑髪の美男子の顔色を窺う。
すると、彼は少し悩んだ末にコクリと頷いた。
さっさと席へつく彼を前に、私はベルを鳴らす。
そして、駆けつけた使用人に追加の料理を用意してもらうと、自分も席についた。
「イージス卿や皆は席を外してくれるかしら?」
壁際に待機する彼らへ声を掛けると、侍女や執事は直ぐに部屋を辞した。
でも、護衛騎士のイージス卿だけは『出来ません』とキッパリ断り……結局、扉を開けた状態にすることを条件に廊下へ出てもらう。
普段はこれで充分なのだけど、今日は声のトーンを落とすなり遠回しな表現を使うなりしないとダメね。
私じゃ、グランツ殿下やルカのように結界を張れないから。
などと考えていると、緑髪の美男子がチラリとイージス卿の方を盗み見る。
「……これは精霊魔法の手本だ」
わざとらしくそう言って、彼は緩い風を巻き起こした。
私達の周囲をグルグル回るような形で。
「これで、会話を聞かれる心配はない。この風によって、声の振動は掻き消される」




