違和感《グランツ side》
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「────やはり、何かがおかしい」
皇城の一室で調査資料を眺める私は、思わず眉を顰める。
トントンと指先でリズムを刻みながら嘆息し、天井を仰ぎ見た。
────と、ここで窓の方から見知った人影……いや、幽霊が姿を現す。
「なんだ?珍しく、行き詰まってんな」
不思議そうに首を傾げ、ルカはこちらへ歩み寄ってくる。
そして、執務机に置かれた書類を覗き込むものの……
「あー……何書いてあんのか、さっぱり分かんね」
と、肩を竦めた。
『記号にしか見えねぇ……』とボヤく彼を前に、私は少し笑ってしまう。
「ベアトリス嬢の傍に居て、少しは文字を勉強したんじゃなかったのかい?」
「したよ。したけどさ、この書類は難しい言葉ばっか使ってんじゃん」
『こんなん読めねぇーよ』と悪態をつき、ルカはジロリとこちらを睨みつけた。
『口頭でさっさと説明しろ』と言わんばかりの態度に、私は小さく頭を振る。
この態度は出会った時から変わらないな、と思いながら。
まあ、別にいいけど。
皇子という立場上、こんな風に接してくれる人は居なかったから……なんだか、新鮮なんだよね。
『そうでなくても、ルカは特殊だし』と思案しつつ、私は書類を手に取った。
「先に説明しておくと、これは────第二皇子ジェラルド・ロッソ・ルーチェの調査資料だよ」
「はっ?」
鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔で固まり、ルカはまじまじとこちらを見つめた。
「第二皇子のことなら、もう何度も調べただろ?」
ベアトリス嬢を殺した人物が愚弟と判明するなり探りを入れていたため、ルカは怪訝そうに眉を顰める。
『今更、何を調べるって言うんだ?』とでも言うように。
「今回はジェラルドの周辺……いや、現在じゃなくて────過去を調べたんだ」
「それは何でまた……」
『ますます訳が分からない』と零し、ルカはガシガシと頭を搔く。
こちらの真意を図りかねている彼に対し、私は苦笑を漏らした。
「いや、ちょっと気になってね……ほら、ジェラルドの強さが予想以上だっただろう?魔法をあんなに上手く使えるなんて、知らなかったし……」
騎士の証言から察するに、使用されたのは恐らく雷系統の魔法。
コントロールが難しいソレを、いとも簡単に使いこなすなんて……どう考えても異常だ。
照明の切り替えも、電気ショックによる気絶も一般人じゃ出来ない。
力加減を間違えて発火させたり、殺したりする可能性の方が高かった。
「一体、どうやってあんな力を手に入れたのか……師匠は誰だったのか、探る必要があると判断したんだ。ルカも知っての通り、どんなに優れた才能を持っていても扱い方を学ばなければ成長出来ないからね。必ず、ジェラルドに魔法を教えた人物が居る筈……それもかなりの手練れが、ね」
意味深に目を細めながら、私は手に持った書類を執務机の上に置く。
「でも────どんなに調べても、そんな人物は見つからなかった」
ジェラルドに関わった人間のリストを指さし、私は大きく息を吐いた。
自分自身、ここまで難航するとは思ってなかったから。
『少し調べれば分かると思ったのに』と嘆きつつ、目頭を押さえる。
「一応、魔法の基礎を教えた家庭教師は居たけど……知識に長けた学者タイプで、実技はあんまり得意じゃない。それにジェラルドが直ぐに魔法の講義を取りやめたから……」
「あれこれ教え込む暇はなかった、ってことだな」
「その通り」
パチンッと指を鳴らしてウィンクすると、私は椅子の背もたれに寄り掛かった。
これまで報告された調査内容を思い返しながら、手で目元を覆う。
「それで、ジェラルドの過去を調べていくうちにだんだん違和感が出てきて……」
「違和感?」
『魔法のこと以外にも何かあるのか?』と驚くルカに、私は小さく頷いた。
「最初は『私の考えすぎかもしれない』と思っていた。当時の状況を考えると、そこまで違和感のあることじゃないし……でも────」
そこで一度言葉を切ると、私は目元に当てた手を強く握り締める。
「────それにしたって、ジェラルドの過去に関する情報が少なすぎるんだ」
僅かに眉を顰める私はゆっくりと身を起こし、執務机に肘を置いた。
「特に生まれてから、五歳になるまでの間……まあ、ある程度は仕方ないんだけどね。ジェラルドの母君であるルーナ・ブラン・ルーチェ皇妃殿下が、妊娠・出産を機に長らく体調を崩されていて……ジェラルドと一緒にずっと離宮へ籠っていたから」
二年前に亡くなられた皇妃の存在を思い返しつつ、私は頬杖を突いた。
「ジェラルドが表舞台に立つようになったのは皇妃を失い、陛下の管理下に置かれるようになってからだよ。多分、ジェラルドの命を守るためにどこかの貴族家へ婿入りさせる魂胆だったんじゃないのかな?母親を亡くした皇族は皇位継承権争いにおいて、大分不利になるからね」
「今のうちにフェードアウトさせておこうって、ことか」
『そもそも、争わないのが一番だもんな』と言い、ルカは共感を示す。
政治の事情には明るくないが、最悪殺し合いに発展しかねないことは何となく理解しているのだろう。
「まあ、本人はめげずに皇位を狙っているみたいだけどね」
「親心子知らずだな〜」
『とっとと結婚して皇位継承権争いから、一抜けしろよ』と述べ、ルカはやれやれと肩を竦めた。
かと思えば、何かに気づいたかのように顔を上げる。
「そういや、母方の実家は?」
『何で皇帝ばっか、世話を焼いてんの?』と不思議がるルカに、私はそっと眉尻を下げる。
「ルーナ皇妃殿下のご実家は、静観を決め込んでいる」
「はっ!?こういう時って、普通孫の力になるんじゃねぇーの!?」
「そうだね……でも、あちらは頑としてジェラルドとの交流を避けている。その理由は私にも分からない」
フルフルと首を横に振って答えると、ルカは思い切り眉間に皺を寄せた。
ようやく、私の悩みが分かってきたのだろう。
「はぁー……確かにこりゃあ、違和感だらけだな」
「そうなんだよ。特に例の五年間は謎が多くて……いくら離宮に籠っているとはいえ、皇妃やジェラルドの暮らしぶりを一切知ることが出来ないんだ」
トントンと調査資料を指で突き、私は悩ましげな表情を浮かべる。
「箝口令を敷いて、情報規制しているにしてもこれはさすがにおかしいだろう?まるで────最初から何もなかった、みたいな……」
自分でも馬鹿げた話だと思うが、ここまで何もないと……そう考えるしかなくなる。
『一体、何が起きていたんだ?』と訝しみ、私は前髪を掻き上げた。
「とりあえず、かつて離宮で働いていたという侍女や従者を探してもらっている。恐らく、当時の状況を知る者に話を聞けば、何か分かるだろう」
徹底的に隠されたジェラルドの過去を想像し、私は強く手を握り締める。
『どのような真実が待っているのか』と身構える中、ルカは両腕を組んだ。
「事情は大体分かった。俺の方でも探ってみる」
『体質上、盗み聞きは得意なもんで』と茶化し、ルカはニヤリと笑う。
相変わらず悪趣味というか、なんというか……まあ、実際役に立っているから別にいいんだけど。
「頼りにしているよ」
「おう。任せとけ」
気合い十分といった様子で拳を握り締めるルカに、私は大きく頷いた。
と同時に、離宮のある方向を見つめる。
弟とはいえ、他人の過去を暴くなんて出来ればやりたくないけど、ベアトリス嬢を守るため……そして世界の滅亡を防ぐため、全力で調べさせてもらおう。
『遠慮はしない』と心に決め、アメジストの瞳に強い意志を宿した。
いつも、『愛する婚約者に殺された公爵令嬢、死に戻りして光の公爵様(お父様)の溺愛に気づく 〜今度こそ、生きて幸せになります〜』をお読みいただき、ありがとうございます。
作者のあーもんどです。
本作はこれにて第一章完結となります。
第二章の執筆に伴い、しばらく更新をお休みします。
再開時期は恐らく、三月中になるかな?という予想です。
(何かしらイレギュラーな事態が起こらなければ、上記の時期に再開できる……筈!)
また、いつも感想・いいね・評価・ブックマークなどありがとうございます!
とても励みになりますし、精神的に救われます!
やっぱり、何かしらの形で反応をいただくと嬉しいので!
自信にも繋がりますし!
それでは、今後とも『愛する婚約者に殺された公爵令嬢、死に戻りして光の公爵様(お父様)の溺愛に気づく 〜今度こそ、生きて幸せになります〜』をよろしくお願いいたします┏○ペコッ




