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貴方の居ない世界《バハル side》

◇◆◇◆


 四季を司りし天の恵みが誕生した時……その生命の息吹を感じ取った時、とても幸せだった。

やっと貴方に会えるのだと……他の管理者と心躍らせたものだ。

でも────結局、私達は貴方に会えなかった。ただの一度も。


 四季を司りし天の恵みは、まだ十八歳の筈……何故、こんなにも早く亡くなられたのか。


 胸に広がる喪失感と絶望感に苛まれながら、私は大木に刻んだ傷の数を数える。

これは四季を司りし天の恵みが誕生してから、毎日つけていたもの……謂わば、天の恵みの生きた証。


 『今日こそは会いに来てくれるだろうか』と、はしゃいでいたあの頃が懐かしい。


「四季を司りし天の恵みよ、貴方が居なければ私達は無価値な存在なのです」


 世界の理そのものと言ってもいい愛しい方を思い浮かべ、私は自身の首に蔓を巻き付ける。

愚かなことをしている自覚はあった。

でも、天の恵みの居ない世界で生きていける自信はなかった。

『この悲しみをどうしろ、と言うのか』と嘆き、私はそっと目を瞑る。

その瞬間────背後で人の気配がした。


「精霊」


 とても無機質な……でも、ゾッとするほど低い声に話し掛けられ、私は慌てて後ろを振り返った。

すると、恐ろしく冷たい表情の男性が目に入る。

『何者だ……!?』と身構える私は、急いで体勢を立て直すものの……彼の腕に抱かれた女性を見るなり、崩れ落ちた。


「四季を司りし天の恵み……」


 たとえ亡骸であろうとも、自分の主人は見れば分かる。

これほど高貴で自然のマナに溢れた人は、他に居ないのだから。

『嗚呼……!』と歓喜や嘆きの入り交じった声を上げると、他の管理者が慌ててこちらへ駆けつける。

そして、私と同様男性を警戒するものの……四季を司りし天の恵みに気づいて泣き崩れた。


「なんだ?ベアトリスのことを知っているのか?」


「『ベアトリス』と言うのですか?そのお方は」


「ああ、私の娘だ」


「「「!!」」」


 カッと目を見開く私達季節の管理者は、男性とベアトリス様を交互に見つめる。

『い、言われてみれば確かに似ている……』と思案する中、彼はそっと膝を折った。

と同時に、ベアトリスの体を覆う毛布を少し捲る。


「見ての通り、ベアトリスの死因は斬殺……いや、他殺だ」


「なっ……!?は、犯人は!?」


「分からない」


 悔しげに……そして苦しげに顔を顰め、男性は優しく優しくベアトリス様の頭を撫でた。


「綺麗に痕跡が消えていて、これ以上の調査は実質不可能だ。だから────」


 そこで一度言葉を切ると、男性は鋭い目つきで空を見上げる。


「────この世界を滅ぼすことにした」


「「「!?」」」


「ベアトリスもカーラも居ない世界なんて、私には無価値だからな」


 『もうどうなってもいい』と吐き捨て、男性は視線をこちらに戻した。


「そのためには、お前達の力が必要だ。契約してくれ。もし、拒否しても力ずくで従わせ……」


「契約しましょう」


 食い気味に答えると、男性は驚いたように目を剥く。

『こんなにあっさり、承諾していいのか?』と言わんばかりに。


「私達も気持ちは同じですから……それで、何をすれば?」


 じっとベアトリス様の顔を眺めながら問い掛ける私に、男性は少しばかり警戒心を緩める。

少しは信用してくれたらしい。


「ベアトリスの亡骸を守ってくれ」


「えっ?そ、そのためだけに精霊と契約を……?」


「ああ。可愛い娘の亡骸をいい加減な場所に置いていく訳には、いかないからな。持ち歩いて、見世物にするのも気が進まない。だから、信用出来る実力者に預けたかったんだ」


 『契約精霊なんて、特に適任だろう?』と言い、男性はそっとベアトリス様を地面に置いた。

と同時に、私は慌てて祭壇のようなものを作り、周囲に花を咲かせる。

さすがに地面へ放置するのは、忍びなくて。

他の管理者達も温度を調節したり、風の方向を変えたりと忙しそうだった。


「……ありがとう」


「いえ、これくらいは……それより、本当にそれだけでいいんですか?私達は季節の管理者と言って少し特殊な精霊なので、かなり役に立ちますよ」


 四季を司りし天の恵みに出来ることが、これだけなんて……虚しすぎる。

たとえ、自己満足でもいいから彼女のために何かしたかった。


「最優先事項はベアトリス様の亡骸の保護だとしても、他に何かありませんか?私達もベアトリス様の仇を討ちたいんです」


「なら……自然災害を起こしてくれ。もちろん、無理のない範囲でいい」


 『無茶をしてベアトリスの警護が疎かになっては困る』と述べ、男性は立ち上がった。

今にも旅立ちそうな彼を前に、私は慌てて一歩前へ出る。


「分かりました」


 ────と、首を縦に振ってから数日。

私達季節の管理者は男性から名をもらい、精霊として本領を発揮した。

場所の制約がなくなったおかげで随分と身軽になり、あちこちに厄災を振り撒く。

無論、ベアトリス様の亡骸の保護を優先しながら。


「世界の理たるベアトリス様の痛みを知りなさい」


 そう言って派手な地震を巻き起こし、私は着実に破滅の道へ進んでいく。

他の管理者も同様に。

自然を損なう行為は自傷に他ならないが、それでもいい。


「ベアトリス様はもっと痛くて、怖かった筈……」


 ヒビ割れた大地を駆け抜けながら、私は胸がいっぱいになった。

逃げ惑う人間達を前に、私は『こんな世界、さっさと滅んでしまえ』と願う。

憎しみとも悲しみとも取れない感情に突き動かされるまま、私はまた世界の運命を呪った。

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― 新着の感想 ―
[一言] めちゃくちゃ迷惑~。待ってないで会いに行きゃ良かったじゃん。ちょっと待てば次の司るなんちゃらが生まれて来たんじゃないの?騙されてるのにも気付かないわ犯人も見つけられないわなくせに、モブ側とし…
[気になる点] やっぱりジェラルドって賢い振りした馬鹿・・・と言うか、自分を賢いと思い込んでる短絡的で危機管理能力の無い脳筋だなあ・・・ [一言] ほんのちょっぴり主人公の状況の確認に手間を使えば、自…
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