貴方の居ない世界《バハル side》
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四季を司りし天の恵みが誕生した時……その生命の息吹を感じ取った時、とても幸せだった。
やっと貴方に会えるのだと……他の管理者と心躍らせたものだ。
でも────結局、私達は貴方に会えなかった。ただの一度も。
四季を司りし天の恵みは、まだ十八歳の筈……何故、こんなにも早く亡くなられたのか。
胸に広がる喪失感と絶望感に苛まれながら、私は大木に刻んだ傷の数を数える。
これは四季を司りし天の恵みが誕生してから、毎日つけていたもの……謂わば、天の恵みの生きた証。
『今日こそは会いに来てくれるだろうか』と、はしゃいでいたあの頃が懐かしい。
「四季を司りし天の恵みよ、貴方が居なければ私達は無価値な存在なのです」
世界の理そのものと言ってもいい愛しい方を思い浮かべ、私は自身の首に蔓を巻き付ける。
愚かなことをしている自覚はあった。
でも、天の恵みの居ない世界で生きていける自信はなかった。
『この悲しみをどうしろ、と言うのか』と嘆き、私はそっと目を瞑る。
その瞬間────背後で人の気配がした。
「精霊」
とても無機質な……でも、ゾッとするほど低い声に話し掛けられ、私は慌てて後ろを振り返った。
すると、恐ろしく冷たい表情の男性が目に入る。
『何者だ……!?』と身構える私は、急いで体勢を立て直すものの……彼の腕に抱かれた女性を見るなり、崩れ落ちた。
「四季を司りし天の恵み……」
たとえ亡骸であろうとも、自分の主人は見れば分かる。
これほど高貴で自然のマナに溢れた人は、他に居ないのだから。
『嗚呼……!』と歓喜や嘆きの入り交じった声を上げると、他の管理者が慌ててこちらへ駆けつける。
そして、私と同様男性を警戒するものの……四季を司りし天の恵みに気づいて泣き崩れた。
「なんだ?ベアトリスのことを知っているのか?」
「『ベアトリス』と言うのですか?そのお方は」
「ああ、私の娘だ」
「「「!!」」」
カッと目を見開く私達季節の管理者は、男性とベアトリス様を交互に見つめる。
『い、言われてみれば確かに似ている……』と思案する中、彼はそっと膝を折った。
と同時に、ベアトリスの体を覆う毛布を少し捲る。
「見ての通り、ベアトリスの死因は斬殺……いや、他殺だ」
「なっ……!?は、犯人は!?」
「分からない」
悔しげに……そして苦しげに顔を顰め、男性は優しく優しくベアトリス様の頭を撫でた。
「綺麗に痕跡が消えていて、これ以上の調査は実質不可能だ。だから────」
そこで一度言葉を切ると、男性は鋭い目つきで空を見上げる。
「────この世界を滅ぼすことにした」
「「「!?」」」
「ベアトリスもカーラも居ない世界なんて、私には無価値だからな」
『もうどうなってもいい』と吐き捨て、男性は視線をこちらに戻した。
「そのためには、お前達の力が必要だ。契約してくれ。もし、拒否しても力ずくで従わせ……」
「契約しましょう」
食い気味に答えると、男性は驚いたように目を剥く。
『こんなにあっさり、承諾していいのか?』と言わんばかりに。
「私達も気持ちは同じですから……それで、何をすれば?」
じっとベアトリス様の顔を眺めながら問い掛ける私に、男性は少しばかり警戒心を緩める。
少しは信用してくれたらしい。
「ベアトリスの亡骸を守ってくれ」
「えっ?そ、そのためだけに精霊と契約を……?」
「ああ。可愛い娘の亡骸をいい加減な場所に置いていく訳には、いかないからな。持ち歩いて、見世物にするのも気が進まない。だから、信用出来る実力者に預けたかったんだ」
『契約精霊なんて、特に適任だろう?』と言い、男性はそっとベアトリス様を地面に置いた。
と同時に、私は慌てて祭壇のようなものを作り、周囲に花を咲かせる。
さすがに地面へ放置するのは、忍びなくて。
他の管理者達も温度を調節したり、風の方向を変えたりと忙しそうだった。
「……ありがとう」
「いえ、これくらいは……それより、本当にそれだけでいいんですか?私達は季節の管理者と言って少し特殊な精霊なので、かなり役に立ちますよ」
四季を司りし天の恵みに出来ることが、これだけなんて……虚しすぎる。
たとえ、自己満足でもいいから彼女のために何かしたかった。
「最優先事項はベアトリス様の亡骸の保護だとしても、他に何かありませんか?私達もベアトリス様の仇を討ちたいんです」
「なら……自然災害を起こしてくれ。もちろん、無理のない範囲でいい」
『無茶をしてベアトリスの警護が疎かになっては困る』と述べ、男性は立ち上がった。
今にも旅立ちそうな彼を前に、私は慌てて一歩前へ出る。
「分かりました」
────と、首を縦に振ってから数日。
私達季節の管理者は男性から名をもらい、精霊として本領を発揮した。
場所の制約がなくなったおかげで随分と身軽になり、あちこちに厄災を振り撒く。
無論、ベアトリス様の亡骸の保護を優先しながら。
「世界の理たるベアトリス様の痛みを知りなさい」
そう言って派手な地震を巻き起こし、私は着実に破滅の道へ進んでいく。
他の管理者も同様に。
自然を損なう行為は自傷に他ならないが、それでもいい。
「ベアトリス様はもっと痛くて、怖かった筈……」
ヒビ割れた大地を駆け抜けながら、私は胸がいっぱいになった。
逃げ惑う人間達を前に、私は『こんな世界、さっさと滅んでしまえ』と願う。
憎しみとも悲しみとも取れない感情に突き動かされるまま、私はまた世界の運命を呪った。




