我慢しなくていい
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ジェラルドの去った室内で、私はようやく肩の力を抜く。
もう本当に大丈夫なのだと……安全なのだと悟り、父に少し寄り掛かった。
先程まで必死に抑えていた不安が、恐怖が、震えが一気に吹き出してきて……私はいっぱいいっぱいになる。
それでも何とか泣かぬように堪えていると、父がポンポンッと背中を叩いてくれた。
「よく頑張ったな、ベアトリス。怖かっただろう?」
囁くような優しい声で問い掛け、父はそっと私の目元に触れる。
「もう我慢しなくていいぞ」
『感情的になっていい』と告げ、父はあっという間に私の理性を解かした。
「ふっ……ぅ……ぐっ……」
どうにかして保ってきた緊張の糸が切れ、私は大粒の涙を流す。
『中身はもう大人なのに』『せっかくのドレスが』と様々な考えが脳裏を過ぎるものの……漣のように押し寄せてくる感情を抑える術はなかった。
まるで本当の子供のように泣きじゃくる私に、父は目を細める。
「いい子だ、ベアトリス。そうやって、全部吐き出しなさい。私の前では、何かを堪えたり偽ったりする必要はないんだ」
『辛い』『苦しい』という感情さえも喜んで受け止める父は、無理に泣き止ませようとしなかった。
なので、一時間近く涙を流してしまい……目がパンパンに。
『こんなに泣くのは、いつぶりだろう?』と思案する中、ふとルカとグランツ殿下の姿が目に入った。
時折こちらの様子を見ながら小声で何か話し合う彼らは、難しい表情を浮かべている。
恐らく、ジェラルドの対応について悩んでいるのだろう。
彼らも、きっとジェラルドがここまで極端な行動に出るとは思ってなかった筈……何より、あの強さ。
前回も普通に強かったけど、皇室に雇われた騎士をあっさり気絶させるほどではなかった。
それにジェラルドはどちらかと言うと、剣士寄りだったし……。
剣を使ったとは到底思えない今回の襲撃を思い返し、『やっぱり魔法を使っているよね』と考える。
だって、急に明かりを消したり、ほぼ無傷で騎士を気絶させたりしていたから。
何より、ジェラルドは手ぶらだった。
前回も含めて、ジェラルドが魔法を使う場面はほとんど見ていない。
ということは、恐らく────わざと実力を隠していたんだと思う。
いざという時のために。
『そんなの全然知らなかったな……』と肩を落とし、私は信用されていなかった事実を……手駒の一つでしかなかった過去の自分を噛み締めた。
ジェラルドの本性を知れば知るほど辛く惨めになっていき、そっと目を伏せる。
と同時に、前回の私は彼の何を見ていたのか?と少し笑いそうになった。
だって、今考えてみると過去の自分がお気楽すぎて……『恋は盲目とは、このことか』と溜め息を零す。
すると、父が気遣わしげな視線を向けてきた。
「今日はさすがに疲れただろう?寝ていて、いいぞ」
「えっ?でも、屋敷に帰るんじゃ……?」
「ああ。泊まっていくつもりはない」
「なら……」
「大丈夫だ、ちゃんと寝室まで運んでやるから」
『道中、ちょっと寝苦しいかもしれないが』と述べつつ、父はポンポンッと背中を叩いてくれた。
まるで、寝かしつけるみたいに。
「ベアトリス様、今日はもう休んで。体調不良にならないか、凄く心配なの」
「バハルまで……私は大丈夫なのに」
僅かに身を乗り出してくるキツネに、私は苦笑を漏らす。
『たくさん泣いてスッキリしているくらいよ』と肩を竦める中、ルカがこちらを振り返った。
「バーカ。『大丈夫』って言っているやつが、一番大丈夫じゃねぇーんだよ。いいから、さっさと寝とけ」
『ガキはもう寝る時間だ』と言い放ち、ルカはヒラヒラと手を振る。
その途端、眠気が襲ってきた。
『これ……魔法?』と思いつつ目を閉じ、私は父に思い切り寄り掛かる。
そして、気づいた時には────自室のベッドの上に居た。
あ、あれ?さっきまで皇城に居たのに、いつの間に……?
ちょっとうたた寝した程度の認識だったため、私はキョロキョロと辺りを見回す。
『どのくらい、眠っていたのかしら?』と疑問に思っていると、横で何かが動いた。
「ベアトリス様、『今日はゆっくりしていていい』って公爵が言っていたわ。だから、もう少し眠っていて」
私の手に前足を置き、バハルは『まだ疲れが取れていないでしょう?』と述べる。
金色に輝く瞳を前に、私は小さく笑った。
「心配してくれて、ありがとう。でも、もう本当に大丈夫よ。それより、私どのくらい寝ていた?」
「正確な数字は分からないけど……ザッと十時間くらいかしら」
「じゅ、十時間……結構眠ったわね。でも、おかげですっかり元気になったわ」
身体的疲労がほとんどないことを話し、私はニッコリと微笑む。
『平気だよ』ということを伝えたくて。
でも、バハルの表情はなかなか晴れなかった。
「ベアトリス様、お願いだから無理しないで」
「えっ?だから、私は……」
「また失うことになったら、耐えられないの」
絞り出すような小さな声で嘆き、バハルはポロポロと涙を零した。
否が応でも伝わってくる悲鳴と懇願に、私は目を剥く。
『そういえば、前にもそんなことを言っていたような……』と思い返し、そっと眉尻を下げた。
「もしかして、他の四季を司りし天の恵みに何か……」
「いいえ、違うわ。四季を司りし天の恵みは今のところ、ベアトリス様だけだもの」
「えっ?じゃあ……」
ようやく別の可能性に行き着き、私は思わず固まった。
ゆらゆらと瞳を揺らす私の前で、バハルは小さく笑う。
「あのね、ベアトリス様。私達季節の管理者は一度────貴方を失っているの」
2024/02/12の朝方“前”に『厄介なやつ』と『拒絶《ジェラルド side》』を読んだ方へ。
内容を一部変更しましたので、念のためご報告しておきますm(_ _)m
ただ、読み返さなくても特に問題はないと思うので、『へぇー。変えたんだ』程度の認識で居てくれれば!
でも、もし本文を修正したことで混乱してしまった方が居たら、申し訳ございません。
いい作品作りの一環だと思って、ご容赦いただけますと幸いです┏○ペコッ




