拒絶《ジェラルド side》
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尋常じゃないほど怯えているベアトリス嬢の姿に、俺は内心頭を捻る。
何故、こんなに警戒されているのか分からなくて。
単なる人見知り……にしては、度が過ぎている。
これは明らかに僕を怖がっている様子だ。
でも、彼女にそれほど酷いことをした覚えはない。
まさかとは思うが、あの訪問で僕は恐怖対象になってしまったのか?
『もしくは、あの男に何か吹き込まれたか……』と思案しつつ、僕は内心焦りを覚える。
もし、この機会を逃せばベアトリス嬢とはもう一生接触出来なくなる可能性もあるため。
何としてでも、今ここで友人……最悪でも、知人くらいにはなりたい。
「あの、ベアトリス嬢」
出来るだけ優しい声色を心掛け、僕は一歩彼女に近づいた。
その途端、ベアトリス嬢は真っ青になり────腰を抜かす。
喉元を押さえるようにして後退る彼女の前で、僕は思わず頬を引き攣らせた。
これは……落とせないな。懐柔作戦は失敗だ。
何か別の手を考えた方がいい。
そう、例えば────物理的にであれ社会的にであれ傷物にして、僕のところに嫁ぐしかなくなるよう仕向けるとか。
そんな血迷った考えが脳裏を過ぎり、僕は彼女へ手を伸ばす。
と同時に、吹き飛ばされた。
「っ……!?」
突然のことに驚いて対応出来ず、僕は扉に背中を打ち付ける。
『今、何が起きたんだ?』と思案する中、ベアトリス嬢は真っ青な顔でこちらを見つめた。
上手く事態を呑み込めずにいるのか、目を白黒させている。
恐らく、実行犯は彼女じゃないだろう。
警護の女性騎士は……まだ眠っている。
ということは、この部屋に────僕の知らない第三者が、居るのか?
『探知魔法まで使ってきちんと調べたのに……』と思案しつつ、僕はヨロヨロと立ち上がった。
その瞬間────後ろの扉が開く。
「「「ベアトリス(嬢・様)、一体何が……!?」」」
そう言って、部屋になだれ込んできたのは銀髪の美丈夫と金髪の青年だった。
『あれ?もう一人は?』と思ったものの、今はそれどころじゃないため直ぐに思考を切り替える。
思ったより、早かったな。しかも、公爵まで一緒とは……途中で合流したのか?
『あと、なんだ?そのキツネは』と思いながら、僕は男の胸に抱かれた小動物を見やった。
────と、ここで胸ぐらを掴まれる。
「何故、貴様がここに居る」
もはや貴族としての礼儀などどうでもいいのか、公爵は口調も態度も一変させた。
『私の娘に何をした』と威嚇する彼の前で、僕はゴクリと喉を鳴らす。
今までとは比にならないほどの圧に、思わず悲鳴を上げそうになった。
恐怖のあまり何も話せずにいると、公爵は真っ青な瞳に殺意を滲ませる。
「少し長引きそうだからベアトリスの顔を一度見ておこうと思い、こちらに来たが……もう我慢ならない。我々は即刻ここを立つ」
『調査なんてやっていられるか』と吐き捨て、公爵は私を投げ飛ばした。
ドンッと床に尻餅をつく私の前で、彼はベアトリス嬢に近づく。
「大丈夫か?ベアトリス。怪我は?」
「あ、ありません……」
「なら、いいが……かなり顔色が悪いな」
ベアトリス嬢の前で素早く跪き、公爵は優しく彼女の頬を撫でる。
先程まで、息が詰まるほどの威圧を……殺気を放っていたのに。
「ベアトリス嬢、公爵。本当にすまない。私が傍を離れなければ、こんなことには……」
「い、いえ!私が悪いんです!バハルの無事を確かめたいって、言ったから……!」
『自分のせいです!』と繰り返し、ベアトリス嬢は公爵の袖を掴んだ。
いや、摘んだと言った方がいいかもしれない。
凄く控えめな触り方だったから。
でも、引っ込み思案な彼女にとってはこれが精一杯の意思表示。
それを理解しているから、公爵も僅かに態度を軟化させた。
「事情は大体、分かった。悪いようにはしない」
「ほ、本当ですか?」
「ああ。だから、安心しなさい」
よしよしと頭を撫で、公爵はおもむろにベアトリス嬢を抱き上げた。
と同時に、第一皇子へ視線を向ける。
「バハルをこちらへ」
「あ、ああ」
促されるまま歩を進める金髪の青年は、ベアトリス嬢へキツネを手渡す。
『ちなみに無傷だったよ』と述べる彼に、彼女は安堵の息を漏らした。
「ありがとうございます」
まるで宝物のようにキツネを抱き締め、ベアトリス嬢は表情を和らげる。
僕と二人きりだった時と違い、随分とリラックスしており安心感に包まれていた。
「べ、ベアトリス嬢……」
「ジェラルド・ロッソ・ルーチェ、第一皇子の名において……いや、皇帝エルピス・ルーモ・ルーチェ陛下の代理として、命じる。何も喋るな」
皇帝代理として日々公務を行っている第一皇子だからこそ使える権利を行使し、僕から発言権を取り上げた。
珍しく厳しい表情を浮かべる金髪の青年は、僕の襟首を掴んで引きずっていく。
「陛下に本件の報告を。あと、ジェラルドを離宮に閉じ込めておいて。見張りの者は最低でも、十人つけるように」
僕の実力に気づいたからこその措置を言い渡し、第一皇子は騎士へその後の対応を任せた。
『はっ』と声を揃えて返事する彼らの前で、金髪の青年は襟首から手を離す。
と同時に、扉を閉めた。
今回はまさに大失敗だな……目的を達成出来なかったどころか、こちらの奥の手を晒すことになるなんて。
いや、その覚悟はしていた。
ただ、ベアトリス嬢を味方につけられるなら安いものだと考えていたんだ。
まあ、見事に全部ダメになったが。
『今後、更に監視を強化されるだろうな』と嘆息し、僕は筋書き通りにいかない現状を憂う。
でも、やってしまったものはどうしようもないので早々に思考を切り替えた。
とりあえず、今回の一件を通してベアトリス嬢の性格や僕への認識は理解した。
これを踏まえた上で、策を練ろう。
もちろん、もう手篭めにすることは考えていない。
さすがにちょっとリスクが高すぎるから。
『我ながら、あれは血迷っていたな』と思いつつ、僕は騎士に連れられるままこの場を後にした。




