緊急事態
「面倒なことになる前に止めてくるよ。だから、二人はゆっくりパーティーを楽しんでくれ」
『せっかくのデビュタントなんだから』と言い、グランツ殿下はジェラルドの居る方向へ足を向けた。
令嬢達のアプローチを尽く躱しながら前へ進んでいき、さっさとジェラルドを回収。
その手際の良さには、思わず感心してしまった。
何はともあれ、これで一安心……かしら?
玉座に戻ったグランツ殿下とジェラルドを見つめ、私は少し肩の力を抜く。
あそこなら貴族に囲まれる心配もないため、グランツ殿下がジェラルドをしっかり監視出来るだろう。
『ダンスも終わった以上、玉座を離れる理由もないだろうし』と考え、私は普通にパーティーを楽しんだ。
時々、父が貴族を……特に歳の近そうな男性を睨みつけていたけど。
比較的平和に過ごせたと思う。
「そろそろ、帰るか」
十時を知らせる鐘の音を聞き、父は『ベアトリスの生活リズムが……』と気に掛ける。
────と、ここで銀の鎧に身を包んだ騎士が駆け込んできた。
「────大変です!皇城に魔物が……」
『魔物が現れました』と続ける筈だっただろう言葉は、突如巻き起こった爆風によって遮られる。
『キャーーー!』とあちこちから悲鳴が上がる中、父は鋭い目付きで西側の壁を睨みつけた。
かと思えば、彼の体から白い光が漏れ出る。
あれは────神聖力……!?
神より賜りし聖なる力であるソレは、聖剣と同様選ばれた者しか使えない上、いざという時しか解放されない。
つまり────今はそれだけ不味い状況ということ。
「離れるな、ベアトリス」
「は、はい」
不安に駆られながらも大きく頷くと、父はそっと肩を抱き寄せてきた。
漏れ出る力をそのままに聖剣を引き抜き、身構える。
その瞬間、白い光がここら一帯を包み込んだ。
と同時に、西側の壁が破壊される────黒くて大きな生物によって。
あれが魔物……世界の穢れを具現化した存在。
泥のようにドロドロしていて生き物の形容をしていないソレに、私は恐れを抱く。
『お父様はこんな化け物と日々戦っているの……?』と青ざめる中、魔物はこちらへ手を伸ばした。
が、神聖力によって阻まれる。
「普通の魔物であれば、触れるだけで死に至るんだが……こいつは直接切らないとダメか」
悩ましげに眉を顰める父は、私と魔物を交互に見やる。
私を一人にするのが、不安で堪らないのだろう。
「お父様、私なら大丈夫です。ですから、魔物の方を……」
「そうするべきなのは、分かっている。だが、ここにはイージスも居ないし……」
優しく私の頬を撫で、父は珍しく躊躇う素振りを見せた。
憂いを滲ませる青い瞳に、なんと声を掛ければいいのか迷っていると────
「イージス卿ほどの手練れではないけど、ベアトリス嬢の安全は私が守るよ。それでどうだい?公爵」
────人混みの中から、グランツ殿下が姿を現した。
その横にはルカの姿もある。
『いつの間に……?』と驚く私を他所に、二人は父の前へ歩み出た。
「第一皇子グランツ・レイ・ルーチェの名において、ベアトリス・レーツェル・バレンシュタイン公爵令嬢の安全を約束するよ」
ルカが一緒ということもあり強気に出るグランツ殿下は、『必ず守り抜く』と誓う。
すると、父は少しばかり肩の力を抜いた。
「分かりました。よろしくお願いします」
「ああ。公爵こそ、魔物の方を頼むよ。騎士の話によれば、まだ他にもたくさん居るみたいだから」
「はい、全て討伐します」
騎士の礼を執って応じると、父は一度腰を折った。
かと思えば、じっとこちらを見つめる。
「ベアトリス、しばらくグランツ殿下のところに居てくれ」
「分かりました」
「出来るだけ早く、お前の元へ戻る」
「はい、お気を付けて」
英雄としての責務を全うしようとする父を誇らしく思いながら、私は送り出す。
すると、父は『いい子で待っていてくれ』と言い残し、消えた。
いや、風となったと言った方がいいかもしれない。
気づいたら、魔物の前に居て聖剣を構えていたから。
「相っ変わらず、人間離れしてんなぁ」
『強化魔法なしであの速度って、どういう原理だよ』と零し、ルカは大きく息を吐いた。
と同時に、父は再び姿を消す。
『何が起こったの?』と目を白黒させる中、魔物は縦に大きく切り裂かれ、光の粒子と化した。
恐らく、聖剣の権能により浄化されたのだろう。
物や者に触れると消えてしまう光を前に、私は瞠目した。
『お父様の動きを目で追えなかった』と。
「公爵は随分と急いでいるみたいだね。余程、君の傍から離れたくないようだ」
「本当、過保護だな〜」
『ちゃんと守るって言っているのに』と肩を竦め、ルカは呆れたような表情を浮かべる。
「この調子だと、一時間と待たずに討伐を終えるぞ」
────というルカの予想は見事的中し、十五分ほどで全ての魔物を狩り終えた。
が、父はまだ戻ってこない。
「すまないね、ベアトリス嬢。まだ残党の捜索と魔物の侵入経路の割り出しが、残っているんだ。本来、これらの仕事は我々だけで行うべきなんだが……公爵は誰よりも魔物に詳しいからね。協力を頼んだんだ」
『だから、もう少しだけ我慢してほしい』と言い、グランツ殿下はパーティー会場を後にする。
さすがに大穴の空いたところで、ずっと待機させる訳にはいかなかったのだろう。
『まだ時間が掛かりそうだし』と思案する中、帰っていく貴族達とは真逆の方向へ歩を進める。
「そういう訳で、しばらくここで待っていてほしい」
そう言って、グランツ殿下は見るからに豪華そうな部屋へ案内した。
『ここって、貴賓室なんじゃ……』と気後れする私を他所に、彼はさっさと扉を開ける。
すると、白や緑で彩られた室内が見えた。
「ここにあるものは、全て好きに使ってくれて構わないよ。無論、壊したっていい」
「い、いや、そんな……!」
「はははっ。冗談だよ。まあ、本当に破壊したとしても公爵の活躍を考えれば、全然問題ないけどね」
こちらの緊張を和らげるためか、グランツ殿下は『自宅のように寛いでおくれ』と告げる。
────と、ここでワゴンを押した侍女が現れた。
「ただ待つだけというのも退屈だろうし、お茶でも飲みながら少し話そう」
そう言うが早いか、グランツ殿下は中へ入り率先して寛ぎ始める。
『ベアトリス嬢を理由に、ゆっくり出来て最高』と呟く彼を前に、侍女はいそいそとお茶を準備した。
お菓子も持ってきたのか、ほのかに甘い香りがする。
「ほら、突っ立ってないでこっちにおいでよ」
「は、はい」
おずおずと室内へ足を踏み入れ、私は一先ず殿下の向かい側のソファへ腰を下ろす。
すると、直ぐにお茶とお菓子を用意された。
『ありがとうございます』とお礼を言う私に、侍女はニッコリ微笑んで退室する。
その代わりとして女性騎士が入室し、警護を担当してくれた。
「あの……ところで、どうしていきなり魔物が現れたんですか?」




