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ダンス

「それでは、若人達の門出(かどで)を祝して────乾杯」


 手に持ったグラスを軽く持ち上げ、エルピス皇帝陛下は『パーティーを楽しんでくれ』と述べる。

それを合図に、私達招待客もグラスを高く掲げ、『乾杯』と復唱した。

────と、ここで皇室お抱えのオーケストラが音楽を奏でる。

いよいよ始まったデビュタントパーティーを前に、私は果実水を口に含んだ。

『スッキリしていて美味しい』と目を細める中、父はそっと私の手を引く。


「ベアトリス、疲れただろう?少し休もう」


 開始早々休憩を挟もうとする父に、私は目をぱちくり。

だって、まだ乾杯しかしていないのだから。

何より、もうすぐ────最初のワルツが始まる筈。


「いえ、大丈夫です。お気遣い、ありがとうございま……」


「公爵並びにベアトリス嬢、初めまして。第二皇子ジェラルド・ロッソ・ルーチェです。ようやく、挨拶出来たことを嬉しく思います」


 いつの間にこちらへ来ていたのか……ジェラルドが恭しく(こうべ)を垂れて挨拶してきた。

皇子にしては随分と謙った態度だが、あまりいい印象を覚えない。

それは父も同じようで、少し不機嫌そうにしていた。


 それより、どうしてジェラルドがここに……?グランツ殿下は?


 『あれ?』と首を傾げ、周囲を見回すと────貴族に捕まっている金髪の美青年が目に入った。

どうやら、皇子妃……いや、未来の皇后の座を狙う令嬢達から猛アタックを受けているらしい。

『あれは……しょうがないわね』と理解を示す中、父はグラスを従者に渡した。


「お初にお目に掛かります、ジェラルド殿下」


「そんな堅苦しい挨拶は、要りませんよ。もっと、気軽に接してください。公爵や令嬢とは、是非親しくなりたいと思っていますので」


 子供らしい無邪気な笑みを浮かべ、ジェラルドは『敬語も敬称も不要です』と申し出る。

が、父は一切態度を変えない。

それどころか、


「厚かましいところは相変わらずですね」


 と、直球で嫌味を零した。

『……えっ?』と困惑するジェラルドを前に、父は私を抱き上げる。

まるで、守るように。


「招待された訳でもないのに、我が家へ押し掛けたことをもうお忘れですか?」


 『だとしたら、非常に都合のいい頭ですね』と述べる父に、ジェラルドは頬を引き攣らせた。

でも、何とか平静を保って言い返す。


「それは今まさに謝ろうと思っていて……」


「しかも、今度はベアトリスの言葉を遮った」


「す、すみません。わざとでは……」


「挙句の果てには、『親しくなりたい』だって?ふざけるのも、大概にして頂きたい」


 『それよりも先に謝罪だろう』と主張し、父は身を翻した。

もう話すことは何もない、とでも言うように。


「公爵閣下があそこまでお怒りになるなんて……ジェラルド殿下はかなり無礼を働いたのね」


「でも、まだ子供でしょう?もう少し優しくしてあげても……」


「しっ!公爵様に聞かれたら、どうするんだ」


「バレンシュタイン公爵家を敵に回したら、ルーチェ帝国ではやっていけないんだから気をつけなさい」


 先程の注意を思い出したのか、貴族達は慌てて口を噤む。

一度ならず二度も同じ過ちを繰り返せば、本当に(公爵)の機嫌を損ねると判断したのだろう。

『おほほほほ』と笑って誤魔化す彼らを前に、父はこちらへ視線を向けた。


「ベアトリス、小鳥の囀りが気になるか?」


「えっ?いえ……」


「本当か?無理して庇わなくていいんだぞ」


 こちらの本心を探るようにじっと目を見つめ、父はコツンッと額同士を合わせる。


「優しさは美徳だが、時には厳しく躾けなきゃいけない。一言『不快だった』と言ってくれれば、私が小鳥達を蹴散らしてこよう」


 『娘のためなら、何でも出来る』と断言する父に、私はスッと目を細めた。


「お気持ちは嬉しいですが、本当に大丈夫です。それより、パーティーを楽しみましょう。私、今日のために礼儀作法やダンスを習い直してきたんですよ。お父様にその……たくさん褒めてほしくて」


 こうやって素直な気持ちを口にするのは、まだ慣れてなくて……顔が熱くなる。

『子供みたいなワガママで呆れられていないかな?』と思案していると、父が表情を和らげた。


「お前は生きているだけで偉い」


「えっ……?」


「それなのに、礼儀作法やダンスも出来るなんて……もはや、神の領域に入る素晴らしさだ」


「お、お父様……?それはさすがに言い過ぎでは……?」


「ベアトリスは何をしても偉いし、素晴らしいし、愛らしい。誰よりも何よりも世界よりも尊い存在だ」


 予想を遥かに上回る褒め言葉の数々に、私は何も言えなくなる。

だって、あまりにも恥ずかしくて。

もちろん嬉しい気持ちもあるが、こうも大袈裟に褒められると……狼狽えてしまう。

『お父様は至って、真剣だろうし……』と思案しつつ、私は両手で顔を覆った。


「あ、ありがとうございます……もう充分です」


「そうか?まだ思っていることの十分の一も言えていないが」


「それは……今度でお願いします」


 『もうやめて』と叫ぶ羞恥心と、『ちょっと気になる』と考える好奇心が混ざり合い……私は先送りを提案してしまった。

我ながら変な対応だが、父は気にならなかったようで


「分かった」


 と、二つ返事で了承する。

相も変わらず私に甘い彼は、『一気に言ったら、つまらないもんな』と何故か共感を示す。

────と、ここで最初のワルツの前奏が始まった。


「そろそろ、行くか」


「はい」


 父の腕から降りて手を繋ぐと、私は会場の中央へ出た。

そこには既に同年代の男女が多く居て、みんなこちらをチラチラ見ている。

明らかに親子と分かるペアが出てきて、戸惑いを覚えているのだろう。


「ベアトリス」


 父は不意に足を止め、人目も憚らず跪いた。

かと思えば、改めてこちらに手を差し出す。

礼儀作法やダンスを習い直したと言ったからか、普段省略しているマナーを守ってくれるようだ。


「私と踊ってくれないか?」


 パートナーなのだから踊るのは当然なのに敢えて問い、父は表情を和らげる。

自分より遥かに大きくて丈夫な手を前に、私は柔らかく微笑んだ。


「はい、喜んで」


 ちょっと照れ臭い気持ちになりながら手を取ると、父はスクッと立ち上がる。

そして、音楽に合わせて踊り始めた。


 お父様と実際に踊るのは初めてなのに……身長差だってあるのに、息ピッタリ。全然苦じゃない。


 『お父様のリードが上手いのかな?』と思いつつ、私はあっという間に最初のワルツを踊り終える。

通常であればここでパートナーを交換し、直ぐに二曲目へ移るのだが……


「ベアトリス嬢、良ければ私と一曲……ひっ!」


 父の無言の圧により、男性陣は慌てて身を引いた。

『すみません!また今度!』と言い残し、蜘蛛の子を散らすように去っていく。

おかげで、私達の周りだけ誰も居ない状態となった。

のだが、そこへ近づいてくる者が一人。


「やあ、二人とも」


 そう言って、ニッコリ微笑むのはつい先程まで令嬢達に取り囲まれていたグランツ殿下だった。

光に反射して煌めく金髪を揺らし、私達の傍までやってくる彼はアメジストの瞳をスッと細める。


「さっきはウチの弟がすまなかったね」


「そう思うなら、ベアトリスに近づかないよう言い聞かせてください」


 『迷惑です』とハッキリ意思表示する父に、グランツ殿下は苦笑を漏らした。


「一応、注意はしてあるんだよ。何度もね。でも、変なところで頑固というかなんというか……淡い希望を抱いているんだよ。大きな挫折を知らないが故に、無謀というものが理解出来ないんだ」


 『何事も上手くいくと錯覚しているのさ』と語り、グランツ殿下は少しばかり表情を曇らせる。

腹違いの弟とはいえ、血の繋がった兄弟。

破滅の道へ片足を突っ込んでいる状態は、見るに堪えないのだろう。

『今、ここで引き返してくれれば……』と願っているグランツ殿下に、私は眉尻を下げた。


 私だって、同じ気持ちだから……今は恐怖心しかないけど、一度は愛した人。

不幸になってほしいとは、思わない。私の知らないところで、ただ穏やかに暮らしてほしい。

前回はさておき、今回はまだ大きな過ちを犯していないのだし。


「おっと……あれはまだ諦めていない顔だね」


 貴族と話しながらこちらの様子を窺っているジェラルドに気づき、グランツ殿下は嘆息する。

『あれだけ言われて、まだ懲りていないのか?』と。


「面倒なことになる前に止めてくるよ。だから、二人はゆっくりパーティーを楽しんでくれ」

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