パートナー
◇◆◇◆
────初めての外出から、早一週間。
私は父の書斎に呼び出され、大量の手紙を見せられた。
『何これ?軽く百通はありそうだけど……』と疑問に思っていると、父が眉間に皺を寄せる。
心做しか、目つきも鋭かった。
「ベアトリス、もうすぐデビュタントパーティーを控えているのは知っているな?」
「はい」
先日からデビュタントの準備で講義もお休みしているため、私はすんなり首を縦に振った。
『それがどうしたのだろう?』と頭を捻る中、父は執務机に両肘を突く。
「……それで、パーティー中エスコートしてくれるパートナーを決めないといけない」
「あっ……」
すっかりパートナーの存在を忘れていた私は、まじまじと手紙を見つめる。
『これ、全部パートナーのお誘い?』なんて、思いながら。
前回は悩むまでもなく、ジェラルドがパートナーを引き受けてくれたから問題なかったけど……今回はそうも行かない。
というか、そうさせる訳にはいかない。
『私の心臓が止まる……』と辟易していると、父が下を向いた。
「本当はベアトリスを他の男に預けるなんて、嫌で堪らないが……パートナーなしでデビュタントに参加すれば、周りから白い目で見られるかもしれない。まあ、そいつらにはキツいお灸を据えるが……」
いつもより数段低い声でそう言い、父はギロリと手紙の山を睨みつける。
「……それはそれとして、パートナーは用意しておいた方がいい。毎年恒例の行事として、社交界デビューを果たす者達はデビュタントパーティーの最初のワルツでダンスを披露しなければならないから」
『踊る相手が居なければ、困る』と主張する父に、私は首を縦に振った。
それはまさにその通りだから。
「一応、こちらで差出人の容姿・性格・能力などを調査してベアトリスお嬢様に相応しい方を厳選しました。なので、どなたを選ばれても問題ありません」
身辺調査に相当手間を掛けたのか、ユリウスはかなり疲れているようだった。
『もう休みたい……』と嘆く彼を他所に、父は真っ青な瞳に不快感を滲ませる。
「『厳選』とは言ったが、かなり妥協した末に選んだ奴らだ。期待はするな」
「いやいやいやいや……!公爵様の求めるレベルが高すぎるんですよ!あんな基準や条件だと、候補者一人も残りませんよ!?」
思わずといった様子で口を挟み、ユリウスは『親バカも大概にしてくださいよ!』と喚く。
が、父は微動だにしない。
相変わらず仲のいい二人を前に、私はクスリと笑みを漏らした。
と同時に、膝の上へ載せたバハルを優しく撫でる。
「ベアトリス様、デビュタントとやらはかなり厄介なんですね……じゃなくて、なのね」
お互いに敬語をやめると約束したため、バハルは慌てて言い直した。
物珍しげに手紙を眺めるバハルの前で、私はそっと眉尻を下げる。
「そうね。でも、避けては通れない道だから頑張らなきゃ。バハルも一緒にパートナーを選んでくれる?」
「もちろん」
頼られたことが嬉しいのか、バハルは頻りに尻尾を振った。
『最高のパートナーを選んでみせる』と意気込むキツネを前に、私はとりあえず手紙を手に取ってみる。
「こっちはバーナード伯爵令息で、あっちは……えっ?ザラーム帝国の皇帝陛下から?」
まさか他国からもお誘いを受けているとは、知らず……唖然とする。
『しかも、皇帝って……』と困惑する中、ルカが床からひょこっと顔を出した。
バハルが居るからか、最近席を外すことの多い彼は軽く手を挙げて挨拶する。
それに小さく頷いて応えると、ルカはテーブルにある大量の手紙を見下ろした。
「なんだ、これ」
怪訝そうに眉を顰めるルカに、私は封筒から取り出した便箋をさりげなく見せる。
すると、直ぐに状況を呑み込んだようだ。
「あー……デビュタントか。そういやぁ、そんなのあったな」
ガシガシと頭を掻きながら、ルカは手紙の山をじっと眺める。
「おっ?グランツからも来ているじゃん。他のやつに比べれば付き合いも長いし、こいつにすれば?」
『めちゃくちゃエスコート上手いぞ』と述べるルカに、私は悩むような動作を見せた。
正直、私もグランツ殿下が一番いいと思う。
ただ、彼をパートナーにしてしまったら婚姻関係の噂が立ちそうで……いや、家庭教師をしてもらっている時点で手遅れかもしれないけど。
でも、出来れば皇位継承権争いには首を突っ込みたくない。
前回で嫌というほど、味わったから……権力の恐ろしい部分を。
『今回は平穏に過ごしたい』という思いがあり、私はパートナー選びに難航する。
でも、なかなかいい人を見つけられず……悶々とした。
「はぁ……お父様と出席出来れば、こんなに悩む必要ないのに」
「!!」
ちょっとした冗談のつもりで呟いた一言に、父はこれでもかというほど反応を示した。
かと思えば、勢いよく席を立つ。
「そうか……その手があったか」
「えっ?ちょっ……公爵様!?」
慌てた様子で父の前に躍り出るユリウスは、『落ち着きましょう!?』と言い聞かせる。
が、父はもう腹を決めたようで……
「ベアトリス、デビュタントパーティーのエスコートは私が引き受けよう」
と、申し出てきた。
かなり本気らしく手紙の山をさっさと暖炉に放り込み、火をつけている。
『誰がウチの娘をやるものか』といきり立つ父の前で、ユリウスは崩れ落ちた。
「何週間も費やして、相手を厳選した意味〜!」
『私の努力が〜!』と嘆き、ユリウスはエメラルドの瞳を潤ませる。
どんどん灰となっていく手紙を前に、大きく息を吐いた。
「言っても無駄だと思いますが、一応言いますね。親子でデビュタントパーティーに参加するなんて、恐らく史上初ですよ」
「だから、どうした?別に『パートナーを父親にしちゃいけない』なんて決まりはないのだから、いいだろう」
「それを屁理屈と言うんです……」
「娘を他の男に預けなくて済むなら、屁理屈で構わない」
これでもかというほど開き直る父に対し、ユリウスはガクリと項垂れた。
かと思えば、
「この親バカ〜!」
と、力いっぱい叫ぶ。
でも、説得はもう諦めているようで……反対することはなかった。
『はいはい、そう手配しますよ』と言いながら立ち上がり、ユリウスは部屋を出ていく。
なんだかんだ私達のワガママを聞いてくれるあたり、優しい人だ。
「ベアトリス、あとのことはこっちでやっておくから部屋に戻りなさい。今日はもう疲れただろう?」
『夕食まで少し横になるといい』と気遣う父に、私はコクリと頷いた。
正直ここに残っても、邪魔にしかならないと思ったから。
私は私でやらないといけないことがあるし……。
ジェラルドの顔を思い浮かべながら立ち上がり、私は速やかに退室する。
そして自室に戻ると、直ぐさま人払いを行った。
そのため、ここには私とルカしか居ない。
「ねぇ、ルカ。デビュタントパーティーには、きっとジェラルドも参加するわよね?」
「ああ。グランツの話によると、早速準備を始めているらしいぜ」
「じゃあ、間違いなくパーティー当日に顔を合わせるわね」
ついに因縁の相手と会うことになり、私は小さく肩を落とす。
今回は数ヶ月前のように、遠目から眺めるだけじゃ済まないだろうから。
『会話……することになるのかしら?』と嘆く私の前で、ルカは頭の後ろに手を回す。
「まあ……挨拶くらいは、することになるかもな。でも、公爵様が一緒なら大丈夫だろ。グランツだって、『目を光らせておく』って言っていたし」
二人きりになったり、長時間会話したりすることはない筈だと主張し、ルカは小さく笑った。
「それにいざって時は、俺の魔法でどうにかしてやるよ。だから、あんま心配すんなって」
『七歳のガキにしてやられるほど、柔じゃねぇーよ』と言い、ルカは胸を反らす。
絶対に守り切るという自信を滲ませて。
そうよね。私にはルカや皆が居る。
不安になる必要なんて、ないわ。
『どんと構えるべきよ』と自分に言い聞かせ、私は真っ直ぐ前を見据えた。




