謹慎《ジェラルド side》
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「────ジェラルド殿下、本日もベアトリス様からのお返事はありません」
そう言って、震えながら頭を下げるのは────従者のオスカー・ランベール・ワイツマンだった。
褐色の肌を青白く変化させ、こちらの顔色を窺う彼はすっかり怯えてしまっている。
というのも、横領に関する証拠を僕に握られているから。
こちらの機嫌を損ねれば、即座に衛兵へ突き出されると思っているのだろう。
そんな勿体ないこと、する筈ないのに。
もちろん、こちらに不利となることをすれば話は別だけど。
でも、今は自由に使える駒が少ないからこれしきのことで処分を下すことはない。
『結果的に損をするのは僕』と考えつつ、席を立った。
何の気なしに窓辺へ近寄り、そっと外の様子を眺める。
皇帝より謹慎を言い渡されてから、早一ヶ月半……僕は一度も部屋から出ていない。
おかげでベアトリス嬢に接触することはおろか、外部の情報を集めることも出来なかった。
まあ、オスカーから簡単な情報は手に入るけど。
「既に十通も手紙を送っているのに返信なし、か……第一皇子に手紙の送付を邪魔されている可能性は?」
「ジェラルド殿下からのお手紙は私自らお届けしているため、その可能性は低いかと……ただ、ベアトリス様からの返信はもしかしたら……」
「いや、そっちの心配は要らない。いくら、あの男でも公爵令嬢の手紙を横取りするような真似はしないだろう」
ベアトリス嬢のバックに居る人物を考え、僕はトントンと窓の縁を指で叩く。
考えられる可能性は二つ。
ベアトリス嬢が僕の手紙を無視しているか、あるいは────公爵が手紙を勝手に処分しているか。
個人的には、後者の可能性が高いと思う。
ベアトリス嬢のために使用人を全員解雇し、フィアンマ商会の子供向け商品を全て買い上げたくらいだから。
娘をかなり溺愛しているのは、間違いない。
だからこそ、ベアトリス嬢と関わりを持ちたいんだけど……
「結果的に得をしているのは、第一皇子の方なんだよな」
何故か最近頻繁に公爵家へ出入りしている兄を思い浮かべ、僕は眉間に皺を寄せる。
どういう理由で訪問を許されているのかは分からないが、キッカケは恐らくあの出来事。
『一体、どうやって公爵を丸め込んだんだか……』と思案していると、オスカーが手を挙げた。
「あ、あの……グランツ殿下のことなんですけど」
おずおずといった様子で顔を上げ、オスカーは青い瞳に不安を浮かべる。
どうやら、あまりいい話ではないらしい。
「私もつい先程、知ったことなんですが……グランツ殿下はベアトリス様の家庭教師になったそうです」
「!?」
衝撃のあまりカッと目を見開くと、オスカーは大袈裟なくらい肩を震わせた。
その際、短く切り揃えられた茶髪が揺れる。
そうか……そういうことか。
ただの交流にしては、随分と訪問の回数が多いと思っていたんだ。
ようやく合点が行き、僕は大きく息を吐いた。
「それにしても、家庭教師か……」
通常、皇族はそんなことしない。
でも……いや、だからこそ請け負ったのだろう。
バレンシュタイン公爵家を引き込むために。
『第一皇子もベアトリス嬢との婚約を狙っているのか』と眉を顰め、僕は窓の縁を思い切り殴りつけた。
どう考えても、こちらが不利な状況だから。
あの男なら、勢力拡大よりも公務を優先すると踏んでいたんだが……どうやら、心境に変化があったようだ。
「厄介極まりない……」
皇位を得るために一番必要なピースを持っていかれそうな状況に、僕は不快感を覚えた。
『こちらの方が早く目をつけていたんだぞ』と苛立ちながら、今後のことを考える。
兎にも角にも、ベアトリス嬢と接触しなければ始まらない。
でも、現状関係を築くチャンスはない……けど、もう少し待てば────ベアトリス嬢の社交界デビューがある。
ルーチェ帝国の貴族は、基本七歳になったら皇室主催のデビュタントパーティーに参加しないといけない。
いくら公爵令嬢といえど、例外ではないだろう。
問題はそれまでに僕の謹慎が解けるかどうかだけど、多分こちらも問題ない。
なんせ、僕もデビュタントを控えている身だからね。
さすがの皇帝も考慮してくれる筈。
皇族がデビュタントを先延ばしにするなんて、恥以外の何ものでもないだろうし。
渋々ながらも謹慎解除を言い渡す皇帝を想像し、僕はスッと目を細める。
あと、欲を言うならばベアトリス嬢のパートナーになりたいけど……多分、無理だよね。
まあ、一応誘うだけ誘ってみるか。
『ダメで元々と言うし』と思い立ち、僕はクルリと身を翻した。
「オスカー、紙とペンを用意しろ」




