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謎の男性

「だ、誰……!?どうして、ここに居るの……!?」


 屋敷の警備をどうやって掻い潜ったのか分からず、私は目を白黒させる。

『まさか、暗殺者……!?』と青くなる私の前で、彼はパッと両手を上げた。


「ちょっ……落ち着けって。俺はお前に危害を加える気はない。むしろ、助けてやった側だし」


「えっ……?」


「単刀直入に言うと────お前を過去に戻してやったのは、俺なんだ」


 両手の人差し指で自分を示し、男性はニカッと笑う。

どこか、誇らしげに。


「まあ、術式を発動させたのが俺ってだけで細かい計算や調整をやったのは、別のやつらだけどな」


 『俺、そういうチマチマした作業苦手だから』と言い、肩を竦める。

その際、綺麗に切り揃えられた短い黒髪がサラリと揺れた。


「じゃ、じゃあ私は本当に生きているのね……?死後の世界とかじゃなくて」


「ああ、バッチリ生きているぜ。つか、お前を生き返らせるためにこんな無茶したんだから」


「ど、どういうこと……?」


 私は誰にも愛されず、必要とされず、裏切られた女……こんなにも惨めで情けない私を生き返らせるなんて、時間の無駄としか思えない。


 『一体、何が目的なんだろう?』と思案する中、男性は天井を仰ぎ見る。


「う〜ん……どっから、話そうかなぁ」


 ガシガシと頭を掻きながら、男性は悩ましげに眉を顰めた。

かと思えば、パッと頭から手を離す。


「あー……まどろっこしいのは苦手だから、結論から言うわ────お前を生き返らせたのは、世界の滅亡を防ぐ(・・・・・・・・)ためだ」


「……えぇ?」


 ますます意味が分からなくなり、私は目を白黒させる。

自分の生死が世界の命運を握っているなんて……想像もしなかったから。


「じょ、冗談よね……?」


「いや、ガチ」


「ど、同情心とかではなく……?」


「ああ。俺がそんな優しい人間に見えるか?」


「……見えないわ」


「うん、事実だけどこうも断言されると傷つくな。事実だけど」


 なんとも言えない表情でしげしげと頷き、男性は一つ息を吐いた。

かと思えば、場の空気を変えるかのようにパンッと手を叩く。


「まあ、とにかくお前が生きないとこの世界は十一年後に滅ぶ」


「ど、どうして?」


「それは────お前のことを超超超溺愛している公爵様が、怒り狂うからだ」


「へっ……?」


 思わず素っ頓狂な声を上げてしまう私は、そっと口元に手を当てた。

この言葉を口にしていいのか迷いながらも、『そうじゃない』と信じたくて……言葉を紡ぐ。


「お、お父様が世界を滅ぼすってこと?」


「ああ」


「う、嘘よ!だって、お父様は────」


 そこで言葉を切ると、私は壁に飾られたバレンシュタイン公爵家の旗を見た。


「────名実ともにこの国を救った英雄なのよ!」


 我が父リエート・ラスター・バレンシュタインは、二年前に起きた大厄災をたった一人で収めた人物。

魔物と呼ばれる世界の穢れを具現化した存在を倒し、この世に平和をもたらした。

まさに生きる伝説。帝国の希望。

そんな意味を込めて、人々は父を────『光の公爵様』と呼んでいる。


 本来、『光』は皇室を象徴する単語なのだけど、お父様は英雄だから特別に許されているの。

それくらい、周りに一目置かれている存在ってこと。


 『ある意味、皇室より影響力を持っているし……』と考え、私は額を押さえる。

考えれば考えるほど、訳が分からなくて……。


「何より、お父様は私のことを恨んでいるわ。だから、私が死んで喜ぶことはあっても、怒り狂うことなんて……」


「お前の家庭事情は知ったこっちゃないが、これは未来で実際に起こった出来事だ」


 真剣な面持ちでこちらを見据え、男性は腰を折った。

目線を合わせてくれたおかげか、闇に溶けてしまいそうなほど黒い瞳がよく見える。


「公爵様はお前の死をキッカケに、狂った」


 一語一語ハッキリと発音して言い切ると、男性はおもむろに腰を上げた。


「まあ、当然俺達も色々説得したんだぜ?けど、まっっったく手応えなし!『殺戮をやめてほしいなら娘を生き返らせるか、娘の仇を連れてこい』の一点張り!」


 『ありゃあ、完全にイカれていた』と溜め息を零し、男性はやれやれと肩を竦める。

当時の状況を思い返しているのか、どこか遠い目をしていた。

かと思えば、不意にこちらを見る。


「で、仕方なく俺達も実力行使に出たんだけど……」


「なっ……!?お父様は無事だったのよね!?」


 『実力行使』という言葉に目くじらを立て、私は彼に詰め寄った。

と同時に、手を伸ばす────ものの、すり抜けてしまった。


 ずっと透明だから、何となくそんな気はしていたけど……やっぱり、この人って


「ゆ、幽霊?」


 空虚を掴むような感覚を思い返し、私はサァーッと青ざめる。

この手の話は今も昔も凄く苦手だから。

男性の体をすり抜けた手を見下ろし、戦々恐々としていると、彼は困ったような表情を浮かべる。


「う〜ん……当たらずとも遠からずって、ところか?一応、まあ生きてはいる────っと、それはさておき……公爵様は俺達の総攻撃を受けても、無傷だったよ。マジで化け物」


 『もう二度と戦いたくねぇ……』と零し、男性は頭の後ろで両腕を組んだ。


「だから、俺達は方針を変えることにしたんだ」


「それが逆行ってこと……?」


「ああ」


 間髪容れずに頷いた男性は一歩前に出て、ピンッと人差し指を立てる。


「光の公爵様を闇堕ちさせない方法は、たった一つ────愛娘(・・)たるお前が生きて、幸せになること」


 『それが絶対条件』と語り、男性は自身の手のひらを見つめた。


「俺はそのためなら、何でもやるつもりだ。多少の犠牲も必要経費だと思って、割り切る。てな訳で────」


 先程までの切迫した雰囲気が嘘のように霧散し、男性はおちゃらけたように笑う。

まるで、こちらの警戒心を解すように。


「────お前を殺したやつの正体、教えてくんね?」


「!!」


 思わぬ……いや、ある意味当然と言える質問を投げ掛けられ、私は硬直した。

喉元に剣を突きつけられた時の感覚が、甦ってしまって……。


「とりあえず、他殺ってのは分かっているんだ。でも、魔法か何かで上手く痕跡を消されていて……犯人を特定出来なかった。公爵様が世界滅亡に走ったのも、そのためだ。数打ちゃ当たる戦法っつーか、とにかく世界中の生物を殺しまくればいつかはお前の仇も討てるからな」


 『マジで脳筋だよなぁ』とボヤく彼に、私は何も言えなかった。

ただただ震えて……今にも零れそうな悲鳴を押し殺す。


 一度死んだという事実は淡々と受け止められた筈なのに、当時の記憶を……首を刎ねられた時の情景を鮮明に思い出すと、怖くて堪らない。

不安で不安で……頭がおかしくなりそう。


 目尻に涙を浮かべながら、私は膝から崩れ落ちた。

夢中になって首元を掻き毟り、『大丈夫……繋がっている……』と生を実感する。

そんな私を見て、黒髪の男性は見るからに焦り出した。


「お、おい!大丈夫か?やっぱ、死んだ時の話はタブーだったか?」


 『でも、早く知っておかないと対策が……』と零しつつ、男性は床に片膝を突く。

そして、心配そうに顔を覗き込んできた。


「うわ……顔面蒼白だな」


 『あちゃー』という顔でこちらを見つめ、男性はそっと眉尻を下げる。

どことなく申し訳なさそうな表情を浮かべ、こちらへ手を伸ばすものの……直ぐに引っ込めた。

『そうだ、今は触られないんだったな』と呟きながら。


「悪い……この話はまた明日にしよう。とにかく、今日は休め」


 そう言うが早いか、男性はクイクイと人差し指を動かした。

と同時に、私の体が宙を舞う。

『魔法……?』とぼんやり考える中、ベッドまで運ばれ、そっとシーツを掛けられた。

まだ幼い子供の体だからか……それとも精神的にかなり疲れてしまったのか、すぐ眠気に襲われる。


「────ちゃんと傍に居てやるから、安心して寝ろ」


 『何も心配はいらない』と言い放つ男性に、私は何故か安心してしまい……意識を手放した。

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