魔道具
◇◆◇◆
「「えっ!?もう魔力の循環をマスターしたのか(したのかい)!?」」
講義開始早々、ルカとグランツ殿下は大声を上げた。
『嘘!?』と驚愕する彼らを前に、私は表情を和らげる。
「実はお父様が手伝ってくれて」
「ああ、なるほど。それで……」
「んじゃ、こっちの魔道具は公爵様からのプレゼントか」
部屋の一角を占拠する魔道具の山に、ルカは『俺の言った通りになったな』と苦笑いする。
「まあ、とりあえずこれで次の段階に行けるな」
「そうだね。と言っても、無意識に魔力を循環出来るレベルまで達しているなら、魔道具の発動なんて簡単だろうけど」
『早くも教えることがなくなりそう』と肩を竦め、グランツ殿下は魔道具の山に向き直った。
案の定上物揃いなのか、感嘆の声を漏らしながらあれこれ手に取る。
その様子はまるで少年のようだった。
「最初は安全で、ベアトリス嬢も親しみのある魔道具がいいよね」
「なら、通信用魔道具にしたらどうだ?この前、使っていたし。お前の弟の件で」
「う〜ん……最後の一言で、使う気がなくなってしまったよ」
『ある意味、いわく付きの魔道具じゃないか』と嘆息し、グランツ殿下は何とも言えない表情を浮かべた。
が、他の魔道具には触ったことすらないと知るや否や、折れる。
やはり、こういうのは効果をよく知っているものから慣れていった方がいいらしい。
「じゃあ、魔道具の発動方法について軽く説明するね。これには主に二通りあって」
そこで一度言葉を切ると、グランツ殿下は二つある水晶のうち一つを机の上に置いた。
「魔力の注入量が一定数に達したら自動で発動するものと、魔力を込めた上で特定の動作をしたら発動するものがある。前者は既に通信用魔道具を通して知っていると思うから、置いておいて……後者は制作者によって、かなり異なるんだ」
「よくあるのはボタンを押したり、つまみを回したりするやつだな」
『そんな難しいことじゃねぇーよ』と語るルカに、グランツ殿下は小さく頷いた。
かと思えば、対となるもう一つの水晶を見下ろす。
「さて、説明はここら辺にして実際にやってみよう」
そう言うが早いか、グランツ殿下はクルリと身を翻した。
「そういう訳で、ルカ。ベアトリス嬢のサポートは頼んだよ。私は少し離れた場所に移動する」
『近くに居ると、成否が分かりづらいから』と言い、グランツ殿下は移動を始める。
去り際に五分経過したら魔道具を発動するよう言い残し、部屋を出ていった。
と同時に、ルカはこちらを向く。
「んじゃ、幾つか注意事項を話しておくな」
サポートを頼まれたからか、ルカは積極的に教える姿勢を見せた。
「まず、魔道具の発動中はずっと魔力を込め続けること。じゃないと、そのうちエネルギー不足で止まっちまうからな」
『ユリウスの魔力切れで中断された時みたいに』と語り、ルカは机の上にある水晶を見つめる。
「次に、魔力を込める時は少しずつゆっくりやれ。決して、焦るな。ベアトリスの場合は魔力量が桁違いに多いから、最悪魔力を貯蔵する部分が壊れてダメになる」
何事も程々にということを強調し、ルカはおもむろに天井を見上げた。
「具体的な量や速度は、そうだな……あのチョークくらい細い川が、緩やかに流れているイメージと言えばいいか?」
「あら、本当にちょっとなのね」
思わず口を挟む私に、ルカはコクリと頷いた。
かと思えば、頭の後ろで腕を組む。
「とりあえず、注意事項はこんなもんだな。他に何かあれば、その都度言う」
「分かったわ」
特に質問もなかったのでこのまま話を終えると、ルカは不意に掛け時計の方を振り返った。
「よし、そろそろ時間だな。魔道具に魔力を込めろ」
『ちょうど五分だ』と告げるルカに、私は首を縦に振る。
そして、ユリウスがやっていたように水晶の上へ手を翳した。
と同時に、少しずつゆっくりと魔力を注ぎ込んでいく。
チョークくらい細い川が、緩やかに流れているようなイメージ……。
ルカのアドバイスを反芻しながら、慎重に魔力を込めていると────水晶が輝く。
魔力の属性によって光の色は異なるが、今回は白だった。
『無属性の証なんだろうけど、凄く綺麗』と瞠目する私を他所に、対となるもう一つの水晶へ通信が繋がる。
その瞬間、グランツ殿下の顔が魔道具を通して見えた。
『おや?もう成功したのかい?もっと、時間が掛かるものだと思っていたよ』
音声も問題なく共有出来ているようで、グランツ殿下の笑い声が耳を掠める。
『ちゃ、ちゃんと出来た』と頬を緩める私の前で、彼はアメジストの瞳をスッと細めた。
『それじゃあ、しばらく通信状態を維持してみようか。三十分も経てば、魔力供給のコツを掴む筈だよ』
「はい、分かりました」
────とは言ったものの……なんだか、気まずい。
何を話せばいいのか、分からなくて……。
これまではルカという共通の友人が居たから、問題なくコミュニケーションを取れていたけど……ルカは通信用魔道具に存在を認識されていないみたいなの。
つまり、話したり姿を見せたり出来ないってこと。
私がルカの通訳になれば、三人で話せなくもないけど……そんなことをしたら、グランツ殿下に失礼だと思う。
だって、貴方とは話したくありませんって言っているようなものだから。
『気分を害しそう……』と悩み、内心項垂れていると────グランツ殿下が不意に口を噤んだ。
さっきまで、気を遣って色々話してくれていたのに。
『さすがに疲れてしまったのか?』と疑問に思う中、彼は唇の下辺りをトントンと指先で叩く。
『ずっと言おうか、どうか迷っていたけど』
そう前置きしてから、グランツ殿下は僅かに表情を引き締めた。
と言っても、口元の笑みはそのままだが。
でも、心から笑っている訳じゃないのは明白だった。
『ベアトリス嬢は何か……私に言いたいことがあるよね?』
「!!」
ビクッと肩を震わせる私は、反射的に顔を逸らしてしまった。
これでは、『はい、そうです』と言っているようなものだろう。
『屋敷で再会した時から、君はずっと私に何か言いたげだった。でも、言い出せなくて……気まずい様子だった』
違和感を言葉にして吐き出し、グランツ殿下は頬杖を突く。
『無意識かもしれないけど、講義中はずっとルカの方を見ているし、私の話に乗っかることもほとんどない。もちろん、こちらから話を振った時は別だけど。とにかく、君は私を避けているように感じた』
「その……申し訳ありません」
『いやいや、謝ってほしい訳じゃないよ。ただ、ちょっと気になってね。ベアトリス嬢の場合、単なる好き嫌いで避けているというより、罪悪感や後悔で避けているように見えたから』
さすがは第一皇子とでも言うべきか……こちらの心情をよく理解している。
『もうそこまで分かっているのか……』と肩を落とす中、グランツ殿下は僅かに表情を和らげた。
『私に言いたいこと、聞いてもいいかい?』
「えっと……」
『今は物理的に距離が離れているから、話しやすいと思うんだよね』
「それは……そうですけど」
『大丈夫。怒らないから、言ってごらん』
優しい声色で話を促し、グランツ殿下はひたすらこちらの言葉を待つ。
無言ながらも話しやすい雰囲気を作る彼の前で、私はチラリとルカの方を見た。
すると、彼は苦笑しながらこう言う。
「嫌なら嫌でいいんだぞ。グランツは好奇心で聞いてきているだけだから。まあ、この際言いたいこと全部ぶちまけるのもいいと思うけどな」
「……失礼にならないかしら?」
「ならない、ならない。なったとしても、あっちは何も言えねぇーよ。なんてったって、お前は光の公爵様の愛娘だからな。文句を言おうものなら、ぶち殺されるって」
『何も心配は要らない』と力説するルカに、私は少しだけ勇気をもらう。
と同時に、父の言葉を思い出した。
ベアトリスのやりたいようにやっていい。
ギュッと胸元を握り締め深呼吸すると、私は視線を前に戻す。
アメジストの瞳を真っ直ぐに見つめ返し、少し身を乗り出した。
「あの、グランツ殿下。私、ずっとお聞きしたいことがあって……」
『なんだい?』
「私のこと────恨んでいませんか?」
思い切って質問を投げ掛けた私は、そっと視線を下ろす。
グランツ殿下の顔色を確認するのが、なんだか怖くて。
「前回はその……ジェラルドが皇位を継ぐことになったでしょう?その原因は間違いなく、私で……恋にうつつを抜かすような真似をしなければ、次期皇帝の座はグランツ殿下のものになっていたと思います」
『……まあ、確かに君の存在は皇位継承権争いにおいてかなりの影響を及ぼしていたと思う。お世辞にも、全く関係ないとは言えないね。でも────』
そこで一度言葉を切ると、グランツ殿下はフッと笑みを漏らした。
『────恨んではいないよ。君は別に悪いことなんて、していないからね。あくまで正々堂々と戦っていた。違うかい?』
「た、確かに犯罪行為などはしていませんけど……」
『なら、何も問題ないよ。皇位継承権争いで負けたのは、私の実力不足だ。それを他人のせいにして、恨むなど……愚の骨頂だろう』
呆れたように苦笑を浮かべ、グランツ殿下は小さく頭を振った。
心外だとでも言うように。
『それに意図せず、二回目のチャンスをもらったんだ。今度こそ、負けないよ』
逆行したことによって皇位継承権争いの結果はリセットされたため、全力で戦う所存みたいだ。
リベンジに燃えている様子のグランツ殿下を前に、私は少しホッとする。
『前向きに物事を考えられる人で良かった』と思いながら。
おかげで、心のつっかえが取れたわ。
これからはビクビクせず、殿下と話せそう。
まあ、まだ緊張はするけど。
逆行前も合わせてこんなに深く関わったことはないので、人見知りを発動してしまう。
『ルカとは、わりと普通に話せるんだけど……』と思案する中、グランツ殿下は不意に顔を上げた。
『そろそろ、時間だね。魔力供給は問題なく出来ているみたいだし、部屋に戻るよ』
「あっ、では通信を切りますね」
『ああ。じゃあ、また後でね』
「はい、お待ちしております」
そう言って頭を下げると、私は魔力の供給を止めた。
────と、ここで水晶より発せられていた音声や映像は消える。
ただの透明な玉となった魔道具を見下ろし、私は僅かに表情を和らげた。




