魔力コントロール
「それって、ルカじゃダメなんですか?」
姿の見えない彼ならこっそり出来るのではないかと思い、私は直球で質問した。
すると、グランツ殿下は悩ましげな表情を浮かべる。
「この方法は繊細なコントロールを必要とするから、対象と接触しなきゃダメなんだ。つまり、今のルカでは出来ない」
「さっきみたいにお前の魔力を適当に刺激するだけなら、出来るんだが……魔力循環の正しい道筋を示し、お前の魔力を誘導するとなると難しい」
『力になってやれなくて悪いな』と謝り、ルカはそっと眉尻を下げた。
凄い力を持っているのに何も出来なくて、歯痒く感じているのだろう。
「こうなったら、知識方面から攻めるしかないね」
────というグランツ殿下の言葉に従い、私はひたすら魔力コントロールの見識を深めた。
と言っても、グランツ殿下やルカの話をずっと聞いているだけだったけど。
でも、おかげで少しだけ……本当に少しだけ、魔力を動かせた。
「でも、これじゃあ全然ダメ……」
目指すは魔力の循環。
今の私はひたすら魔力を溜めている状態で、冬眠に近い様子という。
だから、魔力を動かし行使するまでに凄く時間が掛かるらしいの。
だから、そのタイムラグを極限まで減らすために魔力を循環させ、常に使える状態にしておく必要があるんだって。
これは魔力持ちなら、誰しも通る道とのこと。
ルカ達は『焦らなくていい』って言っていたけど、ずっとこのままだったらどうしよう?
せっかく、たくさんたくさん時間を割いて……知恵を絞ってくれたのに。
自身の手を見下ろし、私はゆらゆらと瞳を揺らした。
自室に差し込む夕日を眺めながら、キュッと唇に力を入れる。
「……もう一回」
『明日の講義までには出来るようになりたい』と考え、繰り返し繰り返し練習した。
何となく、魔力を感じ取ることは出来ているの……ただ、動かすのが難しくて。
ルカやグランツ殿下からアドバイスはたくさんもらっているんだけど、こう……上手くコツを掴めない。
でも、もうすぐ何か掴めると思う。
『あともうちょっとなの……』と思案する中、不意に頭を撫でられた。
ビックリして後ろを向くと、そこには父の姿が……。
「お、お父様何でここに……?」
「夕食の時間になっても来ないから、様子を見に来た」
「えっ?もうそんな時間……!?」
慌てて周囲を見回すと、空は真っ暗で……八時を示す時計の針が目に入る。
────と、ここで薄暗かった室内が一気に明るくなった。
恐らく、父の魔法だろう。
「ご、ごめんなさい!直ぐに支度して、食堂に……」
「ベアトリス、魔力はこうやって動かすんだ」
そっと私の手に触れ、父はゆっくりと自身の魔力を送り込んだ。
ちゃんとコントロールされたものだからか、ムズムズした感覚はない。
ただ、やっぱり違和感はあるけど。
「魔力は血液と同じだ。流れる方向と道筋さえ決めてやれば、あとは勝手に動く。『使う』という意識を持つな。自分の体の一部だと思え」
そう言うが早いか、父は私の魔力を全身へ……それこそ、指先まで押し出してくれた。
かなり強引な方法の筈なのに、全く苦痛はない。
それはきっと、父が上手く調節してくれているから。
「指先まで来たら、折り返して……また心臓辺りで送り出す。ひたすら、この繰り返しだ。これで、道筋は覚えたな?」
「は、はい」
「さすがは私の娘だ」
『物覚えが早いな』と手放しで褒め、父はまた頭を撫でてくれた。
「多分、もう一人で循環出来る筈だ」
「ほ、本当ですか……?」
「ああ」
一瞬の躊躇いもなく首を縦に振る父は、スッと目を細める。
「だが、別に出来なくてもいい。前にも言ったように、ベアトリスが生きて幸せになってくれれば私は充分だ」
不安がっていることを察したのか、父は砂糖菓子よりも甘い言葉をくれた。
失敗したって構わない、と……無理に背伸びする必要はない、と。
「ベアトリスはここに存在するだけで、価値がある。だから、周りの顔色を窺わなくていい。自分を追い詰めなくていい。何者かになろうとしなくていい」
「は、い」
「自分のやりたいようにやっていいんだ、ベアトリス」
好き勝手に振る舞うことを許可し、父は少しだけ表情を和らげた。
「それで、ベアトリスは今何がしたい?」
「えっと……魔力を循環出来るようになって、上手くコントロールしたいです」
「そうか。やってみなさい」
『傍で見ているから』と告げる父に、私はコクリと頷いた。
自身の手のひらをじっと眺め、先程の感覚を思い出す。
確か、お父様はこんな風に……あっ────
「────出来た!」
まさかの一発成功に、私はキラキラと目を輝かせた。
興奮気味に後ろを振り返り、ソファの肘掛けへ腰掛ける父を見た。
「お父様、出来ました!今もほら!身体中をずっと流れています!」
「ああ、上手に出来たな。偉いぞ」
よしよしと私の頭を撫で、父は『たった一日で習得とはな』と少し驚く。
「本来、もっと時間が掛かる筈なんだが……ベアトリスは筋がいいな。きっと、もう魔力の流れや動きを意識しなくても循環出来る筈だぞ」
「あっ……本当ですね」
さっき父に話し掛けた時点で集中力は切れていた筈なのに、今もずっと循環し続けている。
これこそが完璧にマスターした証拠だった。
「これなら、明日から魔道具の発動練習も出来るかも」
ほぼ無意識に独り言を零し、私は『やっと魔法を使えるのね』と歓喜する。
────と、ここで父が顔を覗き込んできた。
「講義で魔道具を使うのか?」
「あっ、はい。私の魔力には属性がないみたいなので魔法を使うには魔道具や精霊に頼るしかない、と言われたんです」
「なるほど」
顎に手を当てて考え込む父は、穴が空くほどこちらを見てくる。
『な、なんだろう?』と頭を捻る私の前で、彼はおもむろに立ち上がった。
「魔道具は私の方で準備しよう。ベアトリスの使用するものに不備があっては、困るからな」
『宝物庫にあるやつでいいか』と思案する父に、私は危機感を覚える。
だって、ルカの発言を思い出してしまったから。
『山ほど……持ってこないわよね?』と警戒しつつ、私も一先ず席を立つ。
「あ、あの……お父様」
「なんだ?」
「魔道具は一つで充分ですからね。それにまだ使い慣れていないので、あまり高価なものは……」
壊してしまった時のことを考えて、私はやんわり釘を刺す。
が、父は相変わらずのようで……
「何故だ?可愛い娘の使う魔道具なのだから、惜しむ必要はないだろう?」
妥協する気は一切なさそうだった。
どことなく既視感を覚える光景に辟易していると、父がそっと私を抱き上げる。
「それより、そろそろ食事にしよう。これ以上、遅れたら就寝時間に間に合わない」
『ベアトリスの生活リズムが崩れる』と言い、父は扉に足を向けた。




