1から始めるゴブリン生活
目が覚めると、俺は見知らぬ天井を見ていた。草や葉の付いた木の枝でできたお世辞にも立派とは言い難い天井だ。
床も壁も枝を敷き詰めてできた簡素なものであちこちの隙間から光が漏れている。
結論から行ってしまうと俺はゴブリンに転生、いや寄生していた。
体の動きを確認する。手を何度も握る。その手には意識を失う直前に見たそれと同じように見えた。
体の感覚は人間に近い。
体の下には申し訳程度に毛皮が敷かれている。狼のものだった。
(これってもしかして…)
床の隙間から下が見える。地面が5メートルほど下にある。どうやら樹の上に作られた小屋のようだ。よく見ると柱に見えていたのは太い木の枝だった。
小屋の入り口には別の木の幹一本でで作られたはしごが掛けてある。
そこを音を立てて登ってくるものがいた。
見覚えがある姿だった。
自分を捕まえた狼を捕にきたゴブリンの内の一人だ。
おかしい。狼の時にはゴブリン同士の見分けなど、大きい小さいくらいしかわからなかったのに、今は区別がつく。
「兄貴!目が覚めたか!」
そして喚き声にしか聞こえなかった、ゴブリンの言葉を理解することができていた。
俺(正確には寄生されたゴブリン)を兄貴と呼ぶのは、本当に実の弟だった。
残りのもう一人も含め3人兄弟。
どうにも俺はキノコを採ったゴブリンである長兄にそのまま食われたとのことだった。
長兄の名前はドル、次弟ドロ、末弟ドイ。他にも兄弟は多くいたらしいが、3人以外は理由は違えど全員死んでしまったようだ。
「本当に何も覚えてねぇのか?」
「ああ全く」
ドロの話によると、この体のゴブリンは、突然高熱で気を失い、丸一日寝込んでいたようだ。
俺は記憶喪失という事にした。実際体のゴブリンの記憶は取り出せないのであながち嘘でもない。
しかしゴブリンの言語を話せるようになったのは幸いだ。
なにか思い出すかもしれないと、ドロに連れ出された俺は、ゴブリンの集落を散策する。
集落と言っても木々の上に小屋のような建物がついているだけで、人間それ以外はほとんど人工物は見当たらない。
集落の中にはゴブリンが20人程度のいた。
ドルの姿を見たゴブリン達は「もう大丈夫なのか」とか声をかけてくる。
その度に「覚えがないらしい」とドロが話してやった。
すると全てのゴブリンが「そうか」程度の返事で、あまり気に留めていないようだ。
(記憶喪失は珍しくないのか?)
ゴブリン達は取ってきた樹の実や芋を仲間に分け与えるものや、罠で捕らえたのであろう鹿を吊るしながら石器で解体しているものなど様々である。
もしかするとあの狼の体もこうして解体されたのかもしれない。
「床に敷いてあったあの狼って…」
「この前罠で獲った狼だよ」
(やっぱりそうか)
もうどうでも良いとは言え複雑な気分だ。
「あの狼を採ったのはいつだ?」
思わず質問していた。キノコを食べたのがその時だとしたら、食べてから発症するまでどれくらいか気になったからだ。
「うーん。けっこう前だな」
(アバウトすぎる!)
「何日前だ?」
追加で質問するとドロが顔をしかめた。
「だからけっこう前だって言っただろ」
(あれ?なんか変なこと聞いたか?)