強肉弱食
自分がまだ人間だったとき、山で不思議な生き物を見つけたことがある。
木の葉の裏にくっついたアリ。アリ自体はもちろん珍しくはない。珍しいのはありの背中から生えているの。
そこから生えているのは細いキノコだった。
冬虫夏草。主に昆虫に寄生し、それを苗床にしてキノコを生やす菌類だ。
冬までは虫だったものが、次の年の夏にはキノコになる。故に冬虫夏草(昔はキノコも植物と思われていた)
このアリに生えているのも、冬虫夏草の一種でアリタケと呼ばれる。
このキノコの恐ろしいのは、寄生した宿主を操ることだ。
アリタケでいえば感染されたアリは木の葉の裏に移動し、葉脈など噛みやすいところに噛みつく。その後二度と噛んだあごは外れることがなくアリはそのまま息絶える。この流れがアリの意志ではなくキノコに操られる事で行われる。
その後養分を吸いきった体からキノコが生え、樹上から胞子をまき散らし、下にいるアリを感染させるのだ。
他にも、カマキリを水辺に移動させ入水自殺させるハリガネムシ。ネズミを天敵のネコの目の前をうろつかせるトキソプラズマ。テントウムシに自分の体から出てきたウジ虫とその蛹を自分の体を盾にして守らせるテントウハラボソコマユバチ。
冬虫夏草以外にも、宿主を操り、意のままに動かす寄生生物は多い。
【寄生キノコ】
自分の正体がそうだったと考えると、今までの現象に辻褄が合う。
乗り移れるのは寄生先が移っただけ、食われなくても死んでしまうのは、養分を吸いきったキノコによって殺される。
死んだあとはキノコがネズミに食われてネズミに再寄生。
最初がネズミなのは生えているきのこに、ネズミを誘引する匂いか何かがあるのだろう…
とんでもない衝撃を受けたが、事実を知ったところで食物連鎖の中からは逃れられない。
気を抜いた所を上空からカラスに襲われてしまった。
そして今度はカラスに寄生。
経験上カラスはタカに気を付ければ何とか乗り切れる。
そして約2週間後…
バッチリとカラス頭からはキノコが生えてきたのだった。
キノコが生えてもある程度の期間は動くことが可能だ。
初期は下の傘が開き胞子をばら撒かせる。徐々に傘の上の玉が成熟して樹の実の様な赤色になる。
その頃になると宿主は完全に養分が吸われ衰弱死する。
我ながら何ともおぞましい生態だ。
そんなえげつない生態の割に、他の動物にキノコが生えているのを見たことが無い。
胞子の方は感染力が低いのかもしれない。そうでもないと、ほとんどの生き物が感染してしまうだろう。
胞子がサブウェポンで上の実がメインウェポンといった感じだろう。樹の実型の方は実体験上感染率100%だ。
その後の生活は割りと諦めの極地に似た心境だった。捕食してくる生き物には気の毒だが、自分にはどうにもならない。どんなに頑張っても宿主の種として限界がある。食われ寄生し、死んでの繰り返し。
この世は弱肉強食だと思っていたが、強肉弱食にもなることを知った。
そして、その事実がいよいよ今までの疑問を大きくする。
(この世界は元いた世界と同じなのか?)
生き物に寄生するキノコは珍しくはないが、哺乳類や鳥類にここまで執念深く寄生する種は聞いたことすらない。
その疑問はある事件を期に確信へと変わるのだった。