気になる獲物
リーダーの忠告は気にするほどでもなかった。
弓によって狩れる獲物の大きさは大きくてもキツネ程度だったので、罵倒ののしりのたぐいも無い。
しかし今まで以上に安定して獲物を狩れるようになったのは事実だ。
苦労して作っただけに毎日使うのが楽しみで仕方がなかった。
集落全体でも、安定して食料が集まってくれば良いのだが、ここ最近集まりが悪い。
それに伴って気になる獲物が増えだした。
ある時いつも通りドロと二人で集落に帰ると、人だかりができていた。
そしてそこから聞こえるのはののしりの声。
誰か大物でも仕留めたのだろう。そう思って何が獲れたのか見ようと、その輪の中に入る。
(たまにはののしる側もやってみるか)
そう思い獲物を見た。
イノシシに似ていたが明らかに体格や体毛の色が異なる。
(これじゃまるで…)
豚じゃないか。考えていた悪口のことなどすっかり忘れ、隣で無邪気に獲物を罵倒しているドロを人混みから連れ出した。
「あの獲物は何だ!」
「何だってそりゃ豚だろ?あいつら背高の村まで行ってたんだなぁ」
呑気な返事だった。
「背高の村?お前、前に背高について聞いたときは知らないって言ってたろ!」
「うん、あんまりしらない見たことないし…」
「でも背高の村から獲物をとってくることなんてそんなに珍しくないだろう?」
脱力感が襲ってきた。
そうか、ドロは、ゴブリンの常識の外の情報は知らないと言ったのだ。
自分が知ってることはほとんど周りも知っている。そう言う認識があるから余計なことは省略して話す。小さな集落ならではの雑なツーカー感。
「じゃあ近くに背高の集落があるってことか?」
「近くは、ないんじゃないか?たぶん行くだけで3日はかかるし」
往路だけで3日。獲物を運ぶ分時間がかかるとすれば、復路はそれ以上か…。
リーダーが冬に近づけばと言っていたのはこのことかだったのかと腑に落ちた。
つまりは食料の確保が難しくなる時期限定の選択肢というわけだ。
「それって大丈夫なのか?背高が育てているのを盗むわけだろ?」
俺の発言にドロはきょとんとしている。何を今更といった感じだ。
「俺たちだって蜂の巣を見つければ、蜂の集めた蜜を採るだろ?それと同じじゃないか」
確かに散策で蜜蜂の巣を見つけると必ず刺される覚悟で巣から蜜を採っていた。ゴブリン生活では貴重な甘味で栄養食なのだ、見逃せるはずがない。 しかし、それとこれとは話が違うんじゃ無いか?
「でも背高が怒るだろう?反撃されたら危険じゃないのか?」
ドロが吹き出した。
「そりゃそうだが、蜂に刺されて死んだやつも腐る程いるだろ。背高に限ったことか?」
「要は取り過ぎなければいいんだ」
そう言われた俺は棍棒で頭を殴られた思いだった。
そうだ、今更人間の倫理観を持ち込むなんて、俺はどうかしている。
そもそも人の歴史でさえ食料のとったとられたは普通にあることだ。
染まった染まったと思っていたが、こんなところで元の世界を思い出すなんて…
「そう言えばそうだな」
ドロにそう言うと、俺は輪に戻り他のゴブリン達と一緒になって悪口を言い始めた。
意外に悪口を言う側も悪くない。
しかし心の底では一抹の不安が残っていた。