弓をつくろう!
季節は晩秋に差し掛かった頃、ゴブリン生活にも変化があった。
冬支度が始まったのだ。
とにかく食料を調達し保存用に加工し、冬に備える必要があるようだ。
普段は持ち帰られた食料は、直ぐに分配されるのだが、肉や魚は枝で編まれた台に干され、栗などの堅果類は麻袋のようなものに入れられる。
そうして保存用にまとめられた食料は、集落で1番大きなリーダーの小屋に運ばれる。
冬の間は雪が降ると、狩猟も採集も困難になるため、貯蔵された食料から分配されるらしい。
冬も間近となってくると、植物系の食料は少なくなって、動物質のものが多くなってくる。
狩猟のための散策は罠の設置も含め、日帰りのことが多いが、最近は2、3日
空ける連中も多くなってきた。
当然その分リスクは上がるので、帰ってこない者も多い。
かくいう俺とドロの二人も3日の遠征からようやく帰還したところだ。
成果は、冬眠中のものを掘り返して捕まえた大きなヒキガエルが3匹と、沢で取れたカニが数匹。
そして、丸々と太った鴨が二羽。
鴨はしばらく前から練習していた弓で捕らえたものだ。
ゴブリンの文化では弓矢は使われない。しかし彼らに弓を作る能力がないわけではない。恐らくは彼らの腕力に原因があるのだろう。
普通のゴブリンの力で引ける弓ではまともな動物を狩るのに威力も射程も足りないものになってしまう。であれば、数人がかりで罠を張った方が効率が良い。
しかし、並のゴブリンでは引けない弓も自分なら引くことができる。
そう考え、取り掛った弓作製だが、それは想像以上に遠い道のりだった。そ
材料の調達。これはそこまで難しくはなかった。材料になりそうな木は至る所に生えているし、弦になる糸は獣の生皮を引き延ばしたものが、そもそも集落で生産されていたからだ。
問題は加工だ。
技術的に可能であることと、労力に見合うだけの成果が得られるかは別問題なのだ。
石器から弓になる木の辺材を切り出すのには気が遠くなる時間がかかった。
採集に行けない雨の日などはほとんどの、木材加工に費やした。
周りのゴブリンは役に経たなそうな木切れを削り出している姿に呆れていた。 ある日そんな姿を哀れんだのか、リーダーが俺を呼び止め、リーダーの小屋に招かれた。
小屋の中は資材や保存された食料が積まれている。リーダーのものではない。集落の共有物だ。そしてそれを分配するのもリーダーの勤めである。
リーダーは、そして小屋の奥の方から皮に包まれてたものを、持ってきた。
「これを」
差し出されたものを受け取る。大きさの割にそこそこの重さがある。
「なんですか?」
「開けてみろ」
そう言われ皮を外し、中から現れた物に俺は驚き、思わず声を上げた。
それは、鉄のナイフだった。
小ぶりだがゴブリンの手には少し大きい。かなり古いのか柄の木材は年期の入った色合いをしている。
というよりこれは明らかに、ゴブリン社会の産物ではない。
「これは…」
「長が代々受け継いでいるものだ、石の物より格段によく切れる」
「いいんですか?こんなものを貰って」
「やるんじゃない。貸すだけだ。弓ができたら返せ」
驚いた。自分が作っているのが弓であることをリーダーは知っていたのだ。
「前々から背高ような奴だとは思っていたが、弓まで作り始めるとはな」
「背高?」
聴き慣れない単語に思わず聞き返す。
「記憶がないんだったな…」
リーダーは呆れ顔だった。
「そのナイフの元の持ち主たちだ。我らより背がよほど高く、薄い色の肌で鉄の武器を使う連中だ、そもそも弓も背高の武器だろ?」
それってもしかして…
(人間なのでは?)
もう元の世界のような人間はいないのだと思っていたが、そうではないのか?
「背高はどこにいるんですか?」
もし人間がいるのであればやはり元人間としては気になるのが人情だ。
「慌てなくても冬が近くなってくれば見る機会も増える」
「それよりもそのナイフは他の者が見ているところじゃ使うなよ」
リーダーの忠告の意味はなんとなく理解できる。平等主義のこの社会で一人だけ鉄の武器を持つというのはまずいのだろう。
「わかりました」
「弓もそうだ、うまく行ったとしてもあまりはしゃぐな」
「わかりました…けどそこまで言うなら何故俺にこれを?」
リーダーはふっ、と少し笑った。
「本来なら止めるべきなんだが…」
「俺はやりたいことは基本やらせるんだ」
そう言ったリーダーは昔を懐かしむようだった。
ゴブリンの寿命は短い。その中でもこの人はかなり長く生きているらしい。
超が付くほどの平等主義。
ゴブリンたちはその社会を甘んじて受け入れていると思っていた。
しかしそうではないのかもしれない。
そんなこんなで鉄のナイフを手に入れた俺は、隠れて弓の作製を続け、試行錯誤を繰り返しようやく一張の弓を仕上げることができた。
そして最近何とか止まっている獲物程度なら弓で狩れるまでに成長したのだった。