世界ゴブリン滞在記
(文化がちがーう!)
予想していたが、ゴブリンの文化は人間の文化とはかけ離れていた。そう気づくまでに一週間とかからなかった。
文化の違いその1「火を使わない」
そもそも火を起こすという概念が無い。食べ物を調理するという概念も無い。せいぜい食べやすく石器で切り分ける程度だ。
そのくせ何でも食べる。動物から魚、昆虫、樹の実に木の根、キノコまで少しでも栄養がありそうなものは何でも食べる。人間が食べられそうなものから、えぐ味や渋味が強くて食べられそうもないものまで何でも生で食べる。
(そのおかげで今の体が使えるわけなのだが…)
文化の違いその2「死が軽すぎる」
ゴブリン達はすぐ死ぬ。毎日とは言わないが、10日に一人くらいのペースで死ぬ。死因で多いのは食害。一番多いのは大きな山猫(大きさとしては豹に近い)で次が狼。
病死も多く、詳しくはもちろん分からないが食あたりなんじゃないかと思うものもある。
死んだゴブリンは共同のごみ捨て場に捨てられてる。悲しみこそすれ、直ぐに元の生活に戻るだけ。
死は完全に生活の一部でしかなかった。
すぐ死ぬのでそれを補うためかしょっちゅう子供が産まれる。人間ほどお腹は大きくならないので最初は気づかなかったが、昼間集落に残っているのは、妊婦の女ゴブリンが多い。
よく死ぬのが原因だろうが、ゴブリン間に夫婦の様な繋がりはない。誰も彼もが、血の繋がりのよくわからない関係である。ただ母親はわかるので、かなりの母系社会になっている。リーダーこそ男であるが狩りや採集に出るグループは母を共にする兄弟が多いようだ。
文化違いその3「数字の概念が無い」
正確には3より大きい数字が無い。
3つより多ければたくさん。それよりも多ければすごくたくさん。
3日より前はけっこう前。それよりも前はすごく前。
4から先を教えようにもゴブリン言語に単語がないため言葉にできないという奇妙な状況になってしまう。
故に自分を含め、周りのゴブリンの年齢もわからない。部族社会の中では誰が年長かなど知っていて当然なのだから、歳をわざわざ表す必要もないのだろう。
ただゴブリンの成長速度は凄まじいようで、2回冬を越せば子が成せるらしいので、寿命は犬とか猫と同じくらいなのかも知らない。(そもそも天寿を全うできる個体は一握りだろうが…)
文化の違いその4「徹底した平等主義」
形上のリーダーはいるものの、特に権力や権威があるわけでは無い。大きな意思決定の際に口を出す程度で、基本的にはほとんどのゴブリンが思い思いに食べ物を探しに行き、集めたものを集落に持ち帰る。そしてそれを皆で分配するのだ。
妊婦や怪我人など食料を取りに行けない物は、草の繊維から布や縄を石から石器を作るなど、道具作成を担当する。
驚くべきことはこの平等主義が自然発生的にできているのではなく、文化として維持されているという点である。
例えばあるゴブリンが独力で大きな鹿を狩る事に成功し、集落に持ち帰る。
普通に考えれば、鹿を持ち帰ったゴブリンは盛大に賞賛されるはずだ。
しかしゴブリンの社会ではそうはならない。ゴブリン達は感謝もせずにその獲物をけなし始めるのだ。
やれ肉の付きが悪いだの、やれもっと大きな獲物を獲ってこいだの、その獲物が立派であるほどにけなす言葉は多くなる。獲った本人もそれを申し訳無さそうに聴き入れる。
いびつで異様な光景だが、恐らく本心でやっているのではない。英雄的な行動をしたものに権威が集まらないように意図的にロールプレイしているのだ。
そこまでした徹底的な平等主義。
ゴブリンは英雄を欲していない。
この文化が過去の歴史から来るものなのか、それとも本能的なものなのか不明だが興味深い。
他にも大小様々な文化の違いがあるが、いちいち気に留めるほどではなくなっていた。
それほどに俺はゴブリンの社会に順応していたのだ。