8話 朝がやってきました③
……榎本久美の場合……
カチ……カチ……カチ
時計の針が刻一刻と時を進めていく。
「すー……すー……」
部屋の中では可愛らしい寝息が聞こえてくる。
しばらくして時計の針が朝の7時を指す。
ただ、アラームが流れる様子はなかった。
それでもモゾモゾと布団が揺れ、ベッドからゆっくりと久美は抜け出していた。
4人の中で一番幼くおっとりとしている久美だが、時間通りに朝起きるのは得意であった。
上体を起こしたままボーっとしながらベッドの上でウトウトしていると
「……いい匂い……」
部屋の外から漂ってくる匂いに気付く。
するとベッドから降りて、トコトコと部屋を出て行った。
廊下を裸足で歩いていると、壁に隠れてリビングの様子を伺う瑞希の姿を見つける。
「……何してるの?」
「うわ……ビックリさせるなよ」
久美にとって普通に声をかけたつもりであったが……目の前の瑞希は驚いたように胸に手を当てている。
「………」
「飯行くか?」
「……うん」
瑞希に続いてリビングに入っていく。
「おっはよー」
久美を連れて瑞希は元気よくリビングへ。
「おはよう。二人とも」
そんな二人をマコトが向かい入れる。
「うわ、うまそうだな」
瑞希はすぐさま席に着くと、いただきますの言葉もないまま朝食に手をつける。
その横では同じように久美も黙々と食べ始めていた。
「おはよう。二人とも起きたんだ」
そう言ってキッチンからコーヒーを持った弘樹が現れる。
「マコトさんどうぞ」
「ありがとう」
湯気の上がる熱そうなコーヒーを受け取ると、マコトは冷ましながら一口すする。
「あーズルいぞ。マコ姉だけ、私のは?」
それを見ていた瑞希は言う。
「分かったよ。すぐに淹れてくるから」
「へへ、やった」
「それまではパンでも食べてて。ほら、マーガリンも用意してるから」
弘樹は瑞希の前にマーガリンを置くと、横で蜂蜜の瓶の蓋と戦っていた久美から瓶を受け取ると、蓋を開けて渡した。
「……ありがとう」
蜂蜜を受け取った久美は少し嬉しそうに言った。
「私がマーガリン派ってよく知ってたな」
「管理人としてはこのくらいできないとね」
「偉そうに。まぁ代理だけどな」
「う、痛いとこを……」
瑞希の鋭いツッコミに、朝の食卓には美味しい匂いと楽しそうな笑い声が響いていた。
ジリリリリリ
突然、どこかの部屋から工事現場のような騒音が鳴り響いてくる。
「今日もまた……」
一瞬マコトは呆れたような顔をした後、また黙々と何もなかったように食べ始めた。
しばらくしていると、響いていた騒音が鳴り止む。
「あの……なんですか?」
誰も触れない騒音に、弘樹は遠慮しつつも尋ねてみた。
「絵梨の目覚ましだよ。全然アイツ起きないから……凄いボリューム音でいつもセットしてるんだ」
「……お寝坊さん」
瑞希と久美は当たり前のことのように言う。
いつものことすぎて慣れてしまっているようだ。
「絵梨ちゃんって……寝起きが悪いんだ」
「悪いってもんじゃないぜ。悪いを通り越して怖いくらいだよ」
「……怖い? そうなんだ」
「ちょっと瑞希。このまま放っておいたら遅刻するわ。起こしに行ってあげて」
壁に掛けられた時計を見ながらマコトは言う。
「えー私が?」
「文句言わないの。お願い。早くしないと絵梨が遅刻しちゃうから」
「はいはい……分かりましたよ」
マコトのお願いに渋々といった様子で、瑞希は絵梨を起こしにリビングを出て行った。