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5話 管理人始めました⑤


「弘樹君、とりあえずソファーに運びましょう。瑞希手伝って」

「了解」

 マコトさんの指示に従い、瑞希ちゃんと力を合わせて絵里ちゃんの体をゆっくり持ち上げる。


「ほら、弘樹もしっかり持って」

「え……俺? というか弘樹って……」

 おっさんの次は……まさかの呼び捨て? 年上なんですけど俺。


「こんなときにそんなこと気にするなよ」

「……分かったよ」

 無理やり納得させられたような気もするけどしょうがない。とりあえずリビングのソファーまで絵梨ちゃんを運ぶ。


「さて、どうしよう……」

 ソファーに横になっている絵梨ちゃんを見ながら、マコトさんは困ったように言う。


「あの……絵梨ちゃんってもしかして男嫌いなんですか?」

「……そうなんです」

「やっぱり」

 俺が管理人をするって聞いた時の雰囲気で、なんとなくそんな気はしていた。


「小さな時から男性が苦手みたいで……私も理由は知らないんです」

 小さい時から嫌いになるって……どうやらそうとう根深い男嫌いのようだ。


「う……ううん……」

「マコ姉。絵梨が気付いたみたいだよ」

 意識を取り戻した絵梨ちゃんは、ソファーから上半身を起き上がらせると不思議そうに周囲を見渡した。


「私……どうしてソファーに?」

「玄関で倒れたんだよ」

「そっか……確か男の人が……管理人になるって。その人は静香さんのお孫さんで」

 そこまで思い出すと、視線はマコトさんの横に立っている俺の顔を捉える。


「本当なの? マコ姉」

 救いを求めるように、視線は俺からマコトさんに移る。


「残念ながら。そうみたい」

 マコトさんは諭すように言うけど、残念ながらって……俺の立場はどうなるのだろうか。


「絶対に駄目。男の人が管理人なんて嫌、絶対に嫌」

 分かりやすいくらい猛烈に反対する絵梨ちゃん。男嫌いの絵梨ちゃんからしてみれば、当たり前といえば当たり前の行動である。


「なんでだよ。別にいいんじゃん管理人が男でも」

 瑞希ちゃんが呑気にそう言うと

「瑞希は黙ってて」

「……はい」

 と、一蹴されてしまう。


「だって、男の人がいるだけで蕁麻疹がでるのに、それを一緒に住むなんて……考えられない」

 そう言うと、この世の終わりを見るような目で俺を見てくる。俺としては攻められてもどうしようもないのだけど……。


「あの……そこまで言わなくても」

 そう言って絵梨ちゃんに一歩近づくと

「いや、近寄らないで……」

 と、絵梨ちゃんは二歩離れていった。

 ここまでくると完全に男嫌いというよりも、ただの不審者扱いである。


「とにかく、管理人については絵梨がなんと言おうと決定事項なの」

「そんな……」

 絵梨ちゃんは悲劇のヒロインのように、床の上にうな垂れる。これが舞台の上であればスポットライトを独り占めにしている主役のようだ。気のせいか、その背中には哀愁まで漂っている。


「……お腹すいた」

 悲劇のヒロインを無視するように、久美ちゃんがお腹を触りながらボソッと呟く。

 時計を見てみると、すでに夜の八時を過ぎていた。小学生ならお腹が空いてもおかしくない時間である。


「そういえば晩飯食べてなかったな。今日は誰の当番だっけ?」

 カレンダーを見ながら瑞希ちゃんはマコトさんに尋ねる。


「絵梨じゃないかしら」

「えー……絵梨の料理かよ」

 うな垂れている舞台上のヒロインを見ながら瑞希ちゃんは言う。


「悪かったわね。それなら瑞希が作ってよ」

「まかせろ。どのラーメンにしようかな」

 そう言うと棚に飾ってあるインスタントラーメンをあさり始める。


「味噌かな……醤油かな……それとも塩」

「だーめ。瑞希に作らせたら健康に悪いわ」

「じゃあ、マコ姉が作ってよ」

 不貞腐れたように頬を膨らませた瑞希ちゃんは言う。


「わ、私? それは……」

 動揺したように目線を泳がせる。分かりやすい人だ。どうやら3人とも料理は得意ではないようだ。


「ねぇお腹すいた」

 そう言って俺のシャツの裾を久美ちゃんは握ったまま引っ張る。

「え……俺?」

「……うん」

 一度頷くと、そのままキッチンへと引っ張っていく。


「ちょっと待ってよ」

 俺の言葉など聞こえていないのか、小学生とは思えない力で久美ちゃんはグイグイと引っ張っていく。寮のキッチンは祖母が使っていたのだろうか。綺麗に整理されていて、調味料の置き方などは、かつて祖母と一緒に暮らしていた頃を思い出させてくれるようであった。


「何を作ったらいいの?」

「オムライス」

 迷うことなく久美ちゃんは即答する。よっぽどお腹が空いているようだ。


「オムライスか」

 冷蔵庫を開けてみると、オムライスを作る材料は何とかなりそうであった。


「うん。材料もありそうだから作ってみるよ」

 そう言うと嬉しそうに微笑んだ後、久美ちゃんはキッチンを出て行った。

 どうやら久美ちゃんもお願いをするだけで手伝ってはくれないようだ。

「よし、やるか」

 ちゃっちゃっと料理を済ませると、不満そうな絵梨ちゃんも座るリビングへとオムライスの乗った皿を4つ並べていった。


「おー上手そうだな」

 すでにスプーンを握っている瑞希ちゃんが言う。


「……おいしそう」

 オムライスが食べたいと言っていた久美ちゃんの反応もよさそうである。

 よほどお腹がすいていたのか、3人ともみるみるうちに食べ終わる。


「ふーお腹いっぱいで、もう食べられないよ」

 おじさんのようにお腹を摩る。


「やめなさい瑞希。下品でしょ」

 横から絵梨ちゃんが注意する。


「あの……マコトさん」

「どうしました?」

「俺は……結局どうすれば?」

 絵梨ちゃんの不満げな顔を見ないようにしつつマコトさんに尋ねる。

「とりあえず今日はもう遅いので、管理人室に泊まってもらえますか?」

「分りました」


 管理人室に布団を引くと、俺は一冊のマニュアル本を取り出した。

 病院から帰る際に、祖母から渡されたものだ。

 なんでも管理人になるにあたっての、心構えが書き記されているとか。

 祖母のことだから、適当な本を渡してきた可能性もある。

 俺はおそるおそる一枚ページをめくってみた。

 するとそこには『管理人は家族であれ』とだけ大きな達筆な字で書かれていた。

 この字は完全に祖母が書いたものである。


「なんだこれ?」

 思わずツッコんでしまう自分がいた。


「管理人は家族であれ……か」

 意味はなんとなく分かるけど……あのメンバー、特に葉月絵梨ちゃんを見ていると無理な気がしてしまう。それに俺自身も両親が早死にしてから、家族という言葉は少し苦手だった。

 今さら赤の他人と家族ごっこをするなんて……。


「はぁ」

 大きなため息と一緒にマニュアルを閉じると電気を消した。


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