3話 管理人始めました③
夕日が空を赤く染める。
病院の帰り道、俺は祖母の入院する病院で出会ったマコトさんに連れられて、祖母が管理人をしている寮に向かっていた。
「大変なことになりましたね」
マコトさんは黙って歩く俺に気を使うように話し始めた。
「……そうですね」
祖母の強引さには慣れていたはずだけど、俺は苦笑いをするしかない。
「あの……柳瀬さんっておいくつですか?」
「大学を卒業したばかりの22歳ですけど、七海さんは?」
「私は20歳です。あの柳瀬さんさえよければマコトでいいですよ」
「え?」
「これから寮の管理人さんとしてお世話にもなりますし」
そう言ってマコトさんは遠慮したように小さくお辞儀をする。
「それでしたら俺も弘樹でいいですよ」
「それはダメですよ。私の方が2つも年下ですし」
「たった2つじゃないですか。それに柳瀬さんって言われたら、俺もマコトさんって呼びにくくなるから」
「……そうですか。じゃあ弘樹君って呼ばせてもらうね」
そう言ってマコトさんは右頬に小さなえくぼを作って笑った。その仕草は自然で、思わずドキッとしてしまう自分がいた。
「そう言えば弘樹君は、料理ってできる?」
「料理? 簡単な物なら作れるけど……どうして?」
赤くなった顔を見られないようにしながら俺は聞き返した。
「もしかして聞いてないの?」
「聞くも何も……どういうこと?」
「はぁ……もー静香さん」
俺の答えにマコトさんは分かりやすく頭を抱えはじめる。
「あのね。うちの寮の管理人さんは寮生の食事から洗濯、部屋の掃除まで全部やることになってるの」
「それって……つまり?」
「そう。新しく管理人になった弘樹くんも例外なくやるってこと」
「マジっすか……」
てっきり寮の管理人さんなんて、昼間っからゴロゴロしながらTVでも見ていればいいくらいに思ってたけど……全然想像と違うじゃないか。そこまでやらされると、管理人というよりは召使に近いような気がする。
俺にできるのだろうか……それに一つ気になることもあった。
「そういえばマコトさんが、病室で途中まで言おうとしたことって?」
とっさに祖母に止められて、話すのをやめた事が気になっていた。あの祖母のことだから、きっといい話ではないのは確かな気がする。
「あぁ……あれですか……」
予想は当たっているようだ。明らかにマコトさんは言いたくなさげである。
「何か問題があるんですか?」
「問題というか……規律というか……根本的なことというか……とりあえず寮に着いたら分かると思います」
そう言ってそれ以降、俺が何を聞いてもマコトさんは重たい口を閉ざしたままだった。