33話 居場所になれますか⑤
「どうしよう……ばあちゃん」
絵梨ちゃんの父親を上手く説得する手立ても思いつかないため、祖母の病室を訪ねていた。
俺の余計なお世話=土下座のせいで問題を大きくしてしまったかもしれない。
「お前はいつも困ったらここにくるわね。家族のことなんだから、すこしは自分で解決しなさい」
パソコンの画面に視線を向けたまま祖母は言う。
「それを言うなら家族が大変なときに、株ばっかりしてるのもどうかと思うけど……」
「ちょっと小金儲けにハマってね」
「小金ねぇ……」
パソコンにかじりつく祖母の目は確実に小金儲けをしているようには見えない。ただ怖くて額は聞けないけど……。
「それより一緒に考えてよ。このままじゃ絵梨ちゃんアメリカに連れていかれちゃうだろ」
「分かってるわよ。分かってるからこうしてじっと株価の変動を見守ってるんじゃないの」
「……はぁ」
今回ばかりは祖母の知恵を頼るのは諦めたほうが良さそうだ。パソコンに向かったままの祖母を残し、病室を後にしようとすると……。
「失礼します」
「あ……」
ちょうど扉が開き入って来たのは……俺の頭を悩ませる、悩みの張本人こと絵梨ちゃんの父親だった。
「え? どうしてここに?」
「それはこちらの台詞だ。どうしてこの男が静香先生の病室にいるんですか?」
絵梨ちゃんのお父さんは持っていたフルーツ盛り合わせの籠をベッド横のサイドテーブルの上に置くと、パソコンに目を向けたままの祖母に尋ねる。
「先生……え? エ? 絵梨ちゃんのお父さんと知り合いだったの?」
「まぁね。昔の教え子よ」
「教え子って……教師だったの?」
「昔のことよ」
昔のことって……自分の祖母ながら全く知らなかった。また一つ祖母について謎が深まった気がする。
「今日呼んだ理由は分かってるわね?」
パソコンを閉じると祖母は話始めた。
「絵梨のことですね。静香先生。お電話でもお話したように絵梨はアメリカに連れて行きます。これはもう確定事項です」
祖母に向かってはっきりと言い切る。
「学生の時から頑固だとは思っていたけど、そういうところが絵梨にも似たのね」
そう言って祖母は頭に手を当てる。確かに、短い付き合いだけど内面的な部分は親子だけあってよく似ている気がした。
「いい? アメリカに絵梨を連れて行ってみなさい。人見知りで口下手な絵梨に友達が上手く作れると思うの? ただでさえ言葉も通じないのに」
「それは……絵梨ならすぐに英語も覚えて、友達もできるはずです」
「話せるようになったとしても、向こうの男の子達は積極的だから、すぐに可愛い絵梨に彼氏や……悪い虫が付いてしまう可能性だってあるのよ」
「う……」
彼氏と一緒にデートしている絵梨ちゃんの姿でも想像したのか、父親の首元には冷や汗が噴き出ていた。
「だから日本に住んで聖蓮に通わせておいたほうがいいの。お嬢様学校の聖蓮なら悪い虫が付く心配もしなくてすむわ」
「そ、それは……」
「まだ悩んでるの? 昔から先走った考えで成功したことないでしょ」
「……」
痛い所を突かれたのか、父親は黙ってしまう。
「そ、そうですね……分かりました。百歩譲ってアメリカに連れて行くのは諦めましょう」
納得したのか、父親は首元の汗をハンカチで拭きながら言う。
「ただしあの寮にはおいておけません。静香先生が管理人だからこそ、絵梨を安心してまかせることができましたが。こんな」
そう言ってあきらかに俺の顔を見てくる。
「どこの馬の骨とも分からない男と同じ屋根の下に、絵梨を安心しておいておけません。悪い虫が付いているじゃないですか」
先日のクールな雰囲気など嘘のように鼻息荒く断言する。気心の知れた恩師の前で絵梨ちゃんのこととなると、つい熱くなってしまうのだろう。
「どこの馬の骨か分かってるじゃない。だって私の孫だもの」
「静香先生の……お孫さん」
鳩が豆鉄砲を受けたかのように、絵梨ちゃんのお父さんの目は点になる。
「弘樹。教えてなかったの?」
そういえば一度も祖母=静香先生の孫であるとは言ってないかもしれない。
「教えるも何も……タイミングがなくて」
聞かれてもいなければ、じっくり話す機会もなかったのだからしょうがないだろう。
「その……彼が静香先生のお孫さん……つまり、つまり彼は良介先輩と早苗さんのお子さんということですか」
「そうよ」
祖母は優しく諭すように頷いた。その姿はまるで学生時代の教え子と先生のように。
「父と母を知っているんですか?」
「彼は良介。お前の父親の学生時代の後輩なのよ」
俺の問いに祖母が代わりに答えた。
まさか絵梨ちゃんの父親が祖母の元教え子で、なおかつ自分の父親の後輩だったとは……世間の狭さに驚くしかない。
「キミがまだ小さかった頃に一度だけあったことがある」
「そうなんですか?」
「キミは覚えていないだろうけど……あの小さかった男の子がこんなに大きく」
そう言って微笑む絵梨ちゃんの父親からは、ずっと感じていた敵意のようなものを感じられなくなっていた。
「どう? これで弘樹がどこの馬の骨か分かったでしょ」
「そうですね。分かりました。であれば絵梨は変わらずあの寮に住まわせることにします」
「え?そんな簡単に決めていいんですか?」
思わず俺が聞き返してしまう。絵梨ちゃんが寮に住むことを許してくれたのはうれしいけど……今まで頑なに許さなかったはずなのに……素性が分かっただけでこんなにも簡単に。
「代理の管理人であるキミは先輩達の子供だからさ。お二人は私の理想だったから……ただ二人のようには私にはできなかったけど……」
そう言って何かを懐かしむ様子の表情は、娘を思うただの親父の顔にしか見えなった。
人々が慌しく行きかう空港のロビー、俺は一人ソファーに座っている。今日はアメリカに帰る絵梨ちゃんの父親を見送りに来ていた。もちろん俺はただの付き添い、主役はきっと今頃、渋々ながら父親を見送っているはずだ。しばらくすると待ち人である絵梨ちゃんがやってきた。
「ちゃんと話して、見送れた?」
「……たぶん」
少し照れくさそうに絵梨ちゃんは言う。
完全にとはいえなくてもいい。お互いが相手を思い合えているのなら、少しずつでもこの親子はお互いに分かりあえていけるのかもしれない。
「でもよかった。寮を離れずにすんで」
「……うん」
病室でのことを俺から絵梨ちゃんに話してはいないけど、お父さんから聞いたのか、次の日には寮に残れることを、みんなが知っていた。
「帰ろうか? みんなの寮に」
「……うん」
空港から帰るバスの中、貸切にしたかのように他の乗客の姿はない。
「ねぇ」
ふいに絵梨ちゃんが珍しく話しかけてきた。
「どうしたの?」
予想してなかったことに、少し動揺した心を落ち着かせるように聞き返した。
「……ありがとう」
「え?」
落ち着かせた心が、再び早く鼓動を繰り返す。
「今……なんて言った?」
「だから……ありがとうって言ったの」
そう言って照れる絵梨ちゃんの顔と同じくらい、俺の顔も見れたものではない気がした。




